フットサル――夢向川ハーフタイム

「おつかれさま笑舞えまちゃんお友だちのみんなもなぁお疲れさまぁ。ほれ、遠慮せんとしっかりドリンク飲みや?」

 ベンチに戻ると渡利の爺さんがイソイソとボックスからドリンクをひとりひとりに手渡し強面な顔をニカリと笑わせる。


「ありがとうございます」とチームメイトからのお礼を満足気に受け取ると渡利の爺さんは頷きながら最愛の孫、笑舞にもドリンクを手渡す。


「ありがとうお爺ちゃん」と、渡利も笑顔で受け取る。更に満足に嬉しそうに頷きながら爺さんはボックスをポンポンと叩きながら孫達の邪魔にならないように下がって行った。

 その背を優しい笑顔で見送りながらドリンクを一口含み飲むと渡利はチームメイト達へと顔を向けた。


「うー、まだ両腕がジンジンですね。凄いパワーシュートだったなぁ」

 チーム内では大人しい性格のキーパーを務めた徳重がボールの当たった腕をドリンクで冷やしながら鮫倉のシュートをパンチングセーブした感想を漏らした。

「ハハハ、でもうまく止めてくれたじゃん。追い打ちのカバーもうまかったし」

 竜田が笑いながらゴールディフェンスの上手さを素直に褒める。

「あれは咄嗟に出た足で偶然カバーリングできただけて感じですからね。二度目は無いと思います」

 褒められるのは少し苦手な徳重はドリンクボトルを手の中で揉むように回しながら照れくささを表し、自身のキーパー能力の不足も反省する。


「まぁでも身体が反射的に動けるてのはいい事だよ。でも徳重はボールを両手で弾きすぎだね、クセになってるから次は対策されちゃうかもね」

「うーん、でも他にキーパーできるのはあたしらの中じゃいないもんなぁ。なるべくゴール前までには来させないようにしたいけど、前半を見るとそれも難しそうだな」

 舘と神田も冷静に前半戦を判断する。今回は渡利のお爺さんの頼みから集められた練習前の遊びに近い即席チームだ。仲の良い同じサッカー部の同級生で組んでいるだけで、ポジション指定は渡利が決めたものであり、実は徳重はキーパー志望ではない。

「いえ、大丈夫。絶対にゴールは護りますから、それにゴール前には渡利さんという心強い壁がそびえてますから、そう簡単にはゴールには向こうだってゴールには来れませんよ」

 だが、徳重は文句ひとつ言わずにGreiroのポジションを引き受けた。これも同級生ながら尊敬し信頼している渡利が任せてくれたからだ、ゴール前に渡利がいる事は彼女にとっての経験不足からの不安を払拭する安定剤ともなっている。

「心強い壁かぁ、そこまで言われちゃうと信頼に応えないといけないな。よし、任せて徳重さん。一緒にゴールを守って、みんなで勝とう」

 信頼を向けられた渡利も笑顔で拳を徳重の前に突き出すと、徳重も頷いて拳を合わせた。


「でも勝つためにはまず一点取らないとね」

「そうだけど、あのキーパーから一点はなかなか厳しそうだよ」

 舘の発言に竜田が素直に感想を漏らす。事実キーパー多来沢の守るゴールは中々に強固だ。ボールを見極めて足を使うカバーリングの上手さは厄介と言える。


「だけど、足を使いすぎてるからこそ、シュートチャンスはあるかも知れないよ?」

 ドリンクを口に含み飲んだ渡利の声に全員の顔が渡利に向けられる。人差し指を立てた渡利は舘の足を指す。


「単純に言えば、あの人はあまり腕を使ったディフェンスをやってこない。足を使ったカバーディフェンスが多いんだ。普段はキーパーとは違うポジションにいるおかげで、瞬時に手が出ないはずだよ?」

「確かに、ヘディングにも足で対応してたような」

「そう、フットサルの人数、ゴールの狭さから対応はできてるけど、サッカーなら恐らく点を取れてたと思う」

「じゃあ後半は?」

「うん、バランスを崩して上めにシュートを狙っていけばゴールの道筋はより深く見えてくる。そのためのアシストは必ず繋げてみせるから、舘さんと竜田さんは強気に攻めていこう」

「ようし、勝ち筋がかなり見えてきた。後半もやる気でてきたッ」


 渡利の言う多来沢の弱点に勝利の希望が湧いてきた夢向川チーム一同は頷き笑顔を見せた。


(しかし、その前に雨宮さんのディフェンスを一枚剥がさないといけない)


 渡利は不安材料として雨宮リアという選手の存在をいま一度大きく考える。雨宮は誰よりも冷静に選手の動きを見極めてくる。隙間を疲れるとすぐにボールを持っていかれてしまう。ディフェンス能力の高さもあるがアシストも攻撃に転じる度胸と判断力もあるどのポジションでも適応し収まっていくオールラウンダータイプだ。対処法としてはディフェンスから引き剥がし、攻撃に転じた後のカウンターが好ましいがすぐに対応して動くだろう。渡りは弱点らしい弱点は今のところ見あたらないとかんじたが、しいて上げるならば


(名前どおりな後ろリアのテクを用いる癖っぽいものがちょっと見えたかな?)

 前半最後の後ろに下がりながらヒールパスを味方に送り味方のシュートチャンスに繋げたプレイングから渡利はそう分析してみた。

(そうなると、ここはもう一度アタシが雨宮さんの相手をして――いや、あまり彼女に気を回しすぎてると危険だな)

 同じくゴール前を守るポジションだ。勝負を仕掛けに行くという事はどちらかがディフェンスを一旦捨てて攻撃を仕掛けるということ。もし、一対一に敗北する事になればカウンターアタックを食らうのはこちらだ、あの三人も油断をしてよい相手ではないはずだ。特に、ボールへの執着心が強くシュートチャンスのスペースへと向かってゆく鮫倉を侮ってはいけないだろう。


(そう、アタシの予測通り鮫倉さんが――)

「――あんたらは何をしてるのかなあ?」


 急に耳に絡みつくようにハッキリと聞こえる怒気の強い声が夢向川ベンチの後ろから聞こえてきて、全員が背筋を伸ばし、振り返る。


「せ、先輩……?」


 そこには白と黒のスポーツジャージを着た女子が歩いて来るのが見えた。ラバーテンプルのスポーツ用メガネの奥から覗く鋭い眼光の瞳はまるで獲物を見つけた猛禽の獣のように、彼女達へと圧をかけ続けながら近づいてくる。 


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