第60話 こんばんは。 お姉さん

「やっほー泉君。 久しぶり〜」


「あ、お久しぶりです。 陽さん」


 2学期も半分ぐらい終わり、18時ぐらいになると暗くなってくる11月上旬。


 俺は来週行われるライブに向けて、学校帰りに買い出しの為、少し遠くの街まで足を運んでいた。


 大きなショッピングモールで、カイロやモバイルバッテリーなどのあったら便利な物を買ったり、新しい服を買っていると、プラスチック容器に入ったコーヒーを飲んでいる陽さんに遭遇。


 スラッとした脚を組み、スマホを操作しながらコーヒーを飲む姿を見て、大人の女性だなと感じてしまった。


「いや〜前はごめんね」


「前?……あっ!」


 思い出されるのは夏祭りが終わった後の公園での姿。


 そういえばあの時、陽さん随分酔っ払ってたな。


「俺は大丈夫でしたけど、陽さんは大丈夫だったんですか? 結構酔っ払ってましたけど……」


「あ、あははは……大丈夫だったよ、うん。 大丈夫だったから……本当だよ?」


 陽さんは顔を暗くして顔を下に向ける。


 雰囲気は明るいものから憂鬱なものへと変わり、目には見えないけど、陽さんの周りに雨雲が集まり、そこだけ雨がザーザーに降っているように見えた。


 ……触れないでおこう。


「ま、まぁあの時は本当にごめんね! そうだ! 泉君今時間空いてる?」


「へっ? 特に問題ないですけど」


「なら、あの時のお詫びも兼ねてお姉さんがコーヒー奢ってあげるよ!! 泉君、コーヒーは嫌いな人??」


「いえ、大丈夫な人です」


「なら、奢るよ! ほらほらコーヒー店に行こっか」


「あっ! ……すんません! ゴチになります!!」


「ん」


 陽さんはそう言うと座っていたベンチから立ち上がり、ゆったりとしたスピードで俺に近づく。


 そして、一緒にコーヒー店に入って注文し、店の中で雑談をしながら飲み始めた。


「コーヒーありがとうございます。 陽さんは今日はなんでここに??」


「私? 大学終わって暇だったからショッピングに来たの。 私、○○大の生徒なんだ」


 まじか。 あそこの大学って結構頭よくなかったか?


 ……陽さんって、勉強できるんだな。


「泉君はなんでここにきたの? ここ、地元からちょっと離れてるけど」


「欲しいものがあったんですけど、どうせなら近場じゃなくて、ちょっと遠くで買い物してみようかなーって思いまして」


「そうなんだ」


 陽さんはニコニコと笑いながらコーヒーを飲む。


 そういえば……


「陽さんってコーヒー好きなんですか?」


 これで2杯目だけど。


「んーけっこう好きだよ。 でも、コーヒーを飲むのにはちょっと理由があるんだ」


「理由?」


「恥ずかしい話だけどさ、前公園で酔っ払った私に会ったでしょ? で、あれからお母さんに大怒られ、灯には呆れられて数日話をしてもらえなかったの。 私もあの失態で自分がちょっと情けなくなっちゃって、お酒を我慢するようになったんだ」


「そうなんですね」


「でも、お酒を呑みたい欲求は消えないからさ、その代わりにコーヒーを飲むようになったの。 元々コーヒー好きだったしね」


 陽さんはカップに口をつけてコーヒーを飲む。


 目尻を下げてホッと一息ついている姿を見ると、カフェイン効果で心を落ち着かせているように見えた。


「ま、コーヒーの飲み過ぎも身体にはあんまり良くないから、セーブはしてるんだけどね」


「でも、色々考えて実行できるのは凄いと思います」


「お、そう言ってもらえると嬉しいし助かるねー」


 陽さんはカップを片手に持ってプラプラ揺らす。


 人差し指を俺に向けながらニヒルに笑う姿は、なんだか映画の登場キャラクターみたいだった。


「そういえばさ」


俺たちは雑談をしながらゆったりとした時間を過ごす。


すると、陽さんはなにか気になったのか、俺の顔を見ながら話題を変えてきた。


「?? なんです??」


「灯とはどこまでやったの??」


「!? ゴホッゴホッ!! な、何言うんですか急に!!」


「え〜だって気になるじゃない」


 この人! 急に死角から豪速球投げてきたんだけど!!


「妹のことが色々気になるのよ。 キスぐらいはした??」


「し、してないですよ! 俺達は''まだ"付き合ってないです!」


「へー……"まだ"なんだ」


「ぐぅ……!!」


 くそっ! 墓穴を掘った。 さっきまではニヒルに笑う姿似合うなって思ってたけど、今はムカつくぞ!


「墓穴を掘ったねぇ少年」


「……な、なにが目的なんですか?」


「べっつにー! 目的なんてないよぉ??」


「ならそのニヤケ顔やめてくださいよ」


「?????」


「すっとぼけ始めた!?」


 もうやだこの人。


 ってか、俺の気持ちバレすぎじゃね?


 俺は頭を抱えながら悶える。


 すると、俺の頭に陽さんの手が乗り、優しく撫で始めた。


「は、恥ずかしいんですけど!!」


「いやー私よりも身長は高いけど、やっぱり歳下で可愛いねぇ」


「…………」


 そんなことを言われると、なんて答えれば良いのか分からなくて反応できなかった。


「ふふっ……」


 陽さんは優しく頭を撫でながら顔を俺に近づける。


 灯と姉妹なんだと分かる綺麗な顔が、俺の耳元まで来た。


 灯とは違う、甘くて大人っぽい香りが俺の鼻腔をくすぐる。


「ま、なにか困ったことがあったら陽お姉ちゃんに言ってね。 未来の義弟候補君♪」


「な、何言ってーーーーーーーー!!??」


 俺は陽さんの爆弾発言を聞いて、顔を真っ赤にして顔を上げた。


 すると、そのタイミングでなにかが落ちる音が俺の耳に届いた。


 俺と陽さんは同じタイミングで音がした方を見る。


 そこには両手に持っていたであろう荷物を床に落とし、呆然とした表情で俺たちを見ている灯の姿があった。

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