第47話 すってんころりん
新学期。
それは新しい幕開けである。
新しい幕開けだからか、壊れていた冷水機が新しくなっていたり、逆にあった物がなくなっていることを見つけたことがある人は多い筈だ。
教室に入れば、ワックスが新しくかけられていて、ツルツルのピカピカになっているのを発見したことは人生で1度はある筈。
そして、新学期の今日。
廊下を見てみると、黒ずんでいて傷が目立っていた床はだいぶ綺麗になり、ちょっとスケートの要領で滑ってみたら、結構つるんと滑った。
そんな廊下で走るとどうなるかはみんな分かると思う。
そう、滑って転けてしまう可能性が高くなるのだ。
元々、廊下は走っちゃいけないと小学生の頃から言われているが、理由があって走ってしまうことは多々あると思う。
理由は様々だ。 トイレに行きたい、友達と追いかけっこをしていた、学食に急いでいたetc……。
とりかく理由があって走ってしまうことがある。
しかし、ピカピカな新しいワックスが床にかかっているのを見ると、みんな少しは『滑るかもしれない……ちょっとゆっくり歩こう……』と考える筈だ。
きっとそれはさっきまで隣で楽しそうに話していた灯も、想定していたに違いない。
しかし、ゆっくり歩こうと意識していても転けることはごく稀にある。
そんなごく稀な機会を、灯は何故か引き起こしてしまった。
「きゃっ!」
灯と俺は廊下の端まで行き、右に曲がって階段を降りようとした。
その時、灯の脚はツルッと滑ってしまい、右足が浮いて、身体が後ろの方に傾く。
隣にいる俺はそれに気づき、なんとか左手で灯の身体を支えようとした。
しかし、俺の左手は宙を切り、灯が俺の視界から消える。
少しすると小さなズッテンという音と、お尻が床にぶつかる音が下から聞こえてきた。
「いった〜い! もう、最悪!」
「大丈夫、灯?」
俺は灯の前に来て、手を引っ張って起き上がらせようとする。
周りにいた生徒たちも少し心配そうだ。
あ、さっきまで走ってた奴らが歩きになってる。
「う〜……注意してたのに転けるとかまじ最悪……ってぇ!?」
「ちょっ!!」
灯は起き上がって両手でお尻の埃を落とす。
そして、愚痴を言いながら歩き出そうとした瞬間、今度は靴が突っかかって前に倒れそうになった。
後ろには少し距離があるとはいえ、階段がある。
転落する可能性は少ないだろうけど、受け止めなきゃ!!
俺は腰を落として脚を踏ん張り、灯を受け止める体勢をとる。
しかし、灯は何を思ったのか、前屈みになった体勢から斜め前へとジャンプした。
そうなると膝蹴りの要領で、灯の膝は突き出される。
その膝は悲しいことに、俺の股間にクリーンヒットした。
「あっ……」
「オゴォ!?」
俺の股間に大きな痛みが走る。
俺はその痛みに耐えられなくて、その場に崩れ落ちてしまった。
「ご、ごめん! 泉大丈夫!?」
灯が慌てながらしゃがみこんで、声を掛けてくる。
今の光景を見た周りの生徒達は、ザワザワと騒ぎ出した。
男子生徒は痛みが理解できるからか、青ざめた顔をしていて、女子生徒はなんとか笑わないように顔を逸らしたり、上を向いていた。
い、痛い……!!
「ほ、本当に大丈夫!? 保健室行く!?」
灯が涙目になりながら話しかけてくる。
しゃがみこんだことにより、スカートの中の素晴らしい景色が丸見えだったが、俺はそれどころではなかった。
「い、行く……!! 保健室、行く……!!」
「わ、分かった! 私の肩に捕まって!!」
俺は片手で股間を押さえ、もう片方を灯の肩に回し、灯に支えられる形でゆっくりと保健室に向かった。
その姿を見た周りの生徒達が、灯に『男殺し』というあだ名をつけたことを知ったのは、次の日になってからだった。
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