第7話 犬の散歩
みんなにとって犬の散歩はどういうものだろうか?
愛犬と触れ合える貴重な時間?
いつものルーティン?
運動不足解消の時間?
人によって見方や考え方は違うだろう。
ちなみに俺にとっては前まで愛犬と触れ合える貴重な時間だったんだけど、今は好きな人と出会える絶対に手放したくない時間となっている。
「あははは! コタロウ君、可愛いなぁ」
俺の足元には愛犬のコタロウと、しゃがんでコタロウの頭を撫でている永吉さんがいる。
永吉さんの隣ではマロンちゃんが舌を出して、尻尾をフリフリしていた。
「写真で見せてもらってたけど、本物もすっごく可愛いね」
「だろ?」
俺もしゃがみ込んでコタロウの頭を優しく撫でる。 コタロウは目を細めて気持ちよさそうにしていた。
「マロンちゃん。 こんにちは。 今日はよろしくな」
俺は永吉さんの隣にいるマロンちゃんに声をかけてから、優しく頭を撫でる。
うちのコタロウとは違う毛並みで、触っていて気持ちが良かった。
「それじゃあ、一緒に散歩始めようか」
「おう」
俺達は立ち上がって公園内を歩き始める。
今日は休日の昼間ということもあって、結構な人で賑わっていた。
親子で遊んでいる人やランニングをしている人、犬の散歩をしている人などが各々楽しそうにしている。
「ここの公園って結構大きくて景色が良いから、重宝してるんだよね」
「1周1キロ以上あるし、景色も綺麗だから犬も人も歩いていて楽しいところだよな」
俺たちはそんなことを話しながら園内を散歩する。 コタロウとマロンちゃんは気が合うようで、仲良く散歩していた。
「あ、マロン。 テンション上がってるね」
散歩を始めて数分が経つと、マロンちゃんが永吉さんの足回りでクルクル回り始めた。
永吉さんの足首にリールが少し巻かれる。
あはは。 散歩あるあるだよな。
「もう! マロンったら」
永吉さんはジーンズに包まれた長い足を伸ばし、手でリールを外す。
その時、片足をあげた状態でマロンちゃんが少し動いたこともあり、永吉さんは少しバランスを崩してしまった。
「きゃっ—————!」
「おっと。 大丈夫?」
永吉さんが前のめりで倒れそうになったので、俺はさっと永吉さんの体を支えた。
俺の胸の位置に永吉さんの頭が当たる。 視線を下に向けると、永吉さんの綺麗な黒髪が目に入った。
「いてて……ごめんね高山君。 でも、助かったよ」
「どういたしまして」
俺は永吉さんの体の柔らかさに驚きつつも、紳士的な対応を心掛けた。
……やべぇぇぇ! 無茶苦茶柔らかくて良い匂いしたぁぁぁぁ!
しかも、お腹の方に一瞬丸くて柔らかい感触がしたけど、あれって絶対永吉さんのお、おぱぱぱぱ。
「?? 高山君どうしたの? やっぱり痛かった……?」
「痛くなかったよ」
むしろ最高の感触だった。 ありがとう永吉さん。
「なら、いいんだけど。 もう! マロン気をつけてよね!」
永吉さんがマロンちゃんに注意をすると、マロンちゃんは元気よくワンッと言って返事をした。
「それじゃあ、散歩再開しよっか」
「おう」
俺たちはまた歩き始める。 話している内容はたわいもないことだ。
「普段高山君ってなにしてるの?」
「本読んだり、動画を見たりかな。 永吉さんは?」
「私はドラマやテレビ見たりしてるなー。 後はSNSを見てるかな」
「なら、あのドラマも見てる?」
「あのドラマリアルタイムでいつも見てるよ! 主演の俳優さんが好きなんだよね」
「俺もいつもリアルタイムで見てるんだよ。 物語が面白いのは勿論だけど、ヒロイン役の女優さんの演技が上手なんだよね」
「それ分かるー!!」
俺たちは共通の話題を見つけて盛り上がる。
休日に散歩を一緒にして、共通の話題で楽しく会話をする。 これは結構永吉さんとの距離縮まったんじゃないか?
「すいませんー! ボール取ってくださいー!」
「ん? はーい! いきますよー!」
歩いていると、永吉さんの足元に1つのボールが転がってきた。 遠くを見ると中年男性と、小さな男の子がいる。 手にはグローブをはめていた。
親子でキャッチボールか。 憧れるなぁ。
「ダメだよマロン。 このボールはあの人達のだからね」
永吉さんはボールをジッと見ているマロンちゃんに声を掛ける。
そして、山なりで男性へとボールを返した。
その時、マロンちゃんがボールの方にダッシュをした。
永吉さんはマロンちゃんに引っ張られる形でまた前のめりになり、転けそうになる。
俺はさっと永吉さんの方に手を伸ばして、また体を支えようとした。
むにゅ。
「あ"っ!」
「え"っ!」
俺は腕を持とうとしたが、なぜか俺の手に収まっているのは永吉さんの大きな大きな胸。
温かく、むにゅっとした気持ち良い感覚が俺の手いっぱいに広がっていた。
「ご、ごめん! ワザとじゃないんだ!」
「う、うん! それは分かってるよ! 助けてくれてありがとね!」
永吉さんの胸からパッと手を離して謝る。
永吉さんは手で胸を押さえながら、顔を真っ赤にして涙目で俺のことを見た。
「…………」
「…………」
俺たちの間に静寂が訪れる。 マロンちゃんもコタロウも、飼い主達の雰囲気を感じ取ったのか、静かにしていた。
「……ご、ごめんね。 お粗末な物を触らせてしまい……」
「い、いや。 結構なお出前でしたよ……?」
違うだろ俺! 言葉も違えば対応も違うだろ!! なぁに言ってんだ俺はぁ!!
「あ、あははは……」
「う、うふふふ……」
俺たちはぎこちなく笑う。 とりあえず、散歩を再開しよう。
きっとマロンちゃんとコタロウが、この雰囲気打破を手伝ってくれるはずだ。
俺たちは口数少ない状態で散歩を始める。 少し経つと口数は戻ってきて、帰る頃にはいつもの感じになっていた。
しかし、胸を触ってしまった件はお互い出さないようにした。
きっと、あれは俺たちの中では触れてはいけないことになったのだろう。
俺は元々誰にも言うつもりはない。
でも、あの感触を時々思い出すぐらいはしてもいいのではないだろうか?
俺はそんなことを思いながら、永吉さんとマロンちゃんと別れたのだった。
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