クリームシチューにご飯は許せる?

赤佐田奈破魔矢

クリームシチューにご飯は許せる?

「ん? 三上......お前何してるんだ?」

「何してるって......ご飯にクリームシチューかけてんだけど」


 クリームシチューの入った皿を傾けたまま、三上が答える。

 白いドロドロした液体が、白の皿にドーム状に盛られた白米に覆いかぶさっていく。

 フォークにナポリタンを巻きつけながら、神野は目を細めた。


「こういう事言いたくねえけどよ。目の前でそういう気持ち悪い食い方しないでくれるか?」

「別に気持ち悪くねえだろ。俺はいつもこうして食ってんだよ」


 眉間にしわを寄せ、三上は向かい側に座っている神野を見やる。


「そりゃ家でやるのは勝手だけどよ。外でやるなって話だよ。大体シチューはパンだろう。米は合わねえよ」

「いや、合うだろ。そもそもシチューに米が駄目ならドリアはどうなるんだよ?」

「ドリアはバターライスだろうが」

「バターライスが有りなら、ライスだって有りだろう」

「無えよ。お前は寿司が上手いからって、刺身で白米食うのかよ」


 テーブルを挟んで、2人はバチバチと火花を鳴らす。


「なあ、吉野。お前もクリームシチューにご飯は無いって思うだろ?」


 神野は不意に視線を外して、三上の右に目を向けた。


「え?」


 急に話を振られて吉野は、思わず声を上げた。

 ハンバーグを切り分ける手を止める。

 神野と三上が些細なことでケンカを始めるのは、大学時代の頃からのことなので、放っておいたのだが、こちらに飛び火してくるとは、思わなかった。

 たまに会った時くらい喧嘩するなよと思いつつ、とりあえず、頭に浮かんだことをそのまま口にする。


「いや、僕はパンも米もどっちも美味しいと思うけどな。うん、ご飯はご飯で美味しいよ」

「ほらみろ」


 隣に座っている三上が、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 神野は不満げに、眉を八の字に曲げた。

 ハンバーグを切り分けるのを再開しつつ、吉野は言葉を継ぐ。


「まあ、でも外でやろうとは思わないけど」

「ほらみろ」


 神野が、得意げに三上を見る。

 先ほどの神野と同じように三上も眉を八の字にした。

 ハンバーグを一口食べてから、吉野は再び口を開いた。


「まあ、ぶっちゃけ、おいどん式ラーメンライスみたいなものだよね。合うといえば合うけど、正道な食べ方とは言い難いし、外でやるのは少し抵抗があるよ。あ、すいません。唐揚げ追加でお願いします」


 喋るついでに、近くを通りかかった店員に、追加注文をする。


「え? おいどん式ってラーメンの残り汁にご飯ぶち込む奴だろ? 俺、普通に外でもやるけど?」


 吉野の言葉が予想外だったのか、神野が声を高くして言う。


「マジかお前......」


 信じられないといった表情で、三上が呟いた。

 吉野も目を丸くして、神野の方を向いている。


「え? あれ、ダメなのか? 普通の食い方だと思ってたんだけど......」

「うーん。正直、店の雰囲気にもよるよね。家系ならいいけど、今風のこじゃれたラーメン屋でやると、ちょっと浮くかもね」

「あー、もう珍しくもねえなあ。カフェみたいに気取った感じの内装のラーメン屋。ラーメンは庶民の食い物だろうに、ああいうお高くまとまったのはいけ好かないな」

「なんだ、お前中華そば原理主義者か。遅れてるな。どうせベジポタとかトマトラーメンなんて存在すら知らねえんだろう」

「うるせえな。知らねえよ。俺はラーメンは、醤油しか食べない会の会長なんだよ」


 言って、神野はナポリタンをすすり始めた。

 しばらくして、店員が小皿に盛られた唐揚げを持ってくる。


「こちら、ご注文の唐揚げになります」


 吉野は、店員から皿を受け取る。

 店員は唐揚げの代わりに、空になった皿を重ねて抱えると、厨房へと戻っていった。 

 3人とも先に出された料理は全て完食しており、テーブルには、メニュー表と卓上調味料と斜筒に入った伝票。そして、唐揚げの入った皿だけが残されていた。


「というか、ご飯とシチューにしろ、ラーメンライスにしろ、結局、周りの目を許容できるかだよね。実際に合う、合わない関係なく、そういうのを見て育ちが悪いって、思う人は絶対いるだろうし。それを分かってなお、自分の好きな食べ方を通して、十分に満足できるんなら好きにすればいいんじゃないかな。月並みな結論だけどさ」


 そう言って、吉野はテーブルの端にある調味料を手に取った。

 赤いキャップを外し、中身を絞り出す。

 その調味料は、元々テーブルに用意されていたものではなかったが、ハンバーグを食べる際に必要だったので、店員に頼み特別に厨房から持ってきてもらったものだった。

 慣れた手つきで、吉野はその調味料を唐揚げに回しかける。

 そして、食べようと箸を持とうとしたところで、視線を感じ、ふと顔を上げた。

 神野と三上がこちらを見つめている。

 2人とも何か言いたげな、複雑な表情だった。


「ん? どうかした? あ、いる? 唐揚げ」


 吉野は、皿をテーブルの真ん中に差し出そうとする。

 しかし、その前に神野が答えた。


「いや、いらん」

「俺もいい」


 三上も首を振って言った。

 2人の視線は、吉野の胸の前の皿に注がれている。

 皿に盛られた小ぶりの唐揚げ。その上にモンブランのごとく大量のマヨネーズがとぐろを巻いて、かけられていた。

 神野は、上半身をテーブルに乗り出し、小声で、三上に囁いた。


「あれは、周りの目を気にしていないのか......?」

「いや、自分がマイノリティだってことに気付いてないだけだろう」


 そんな2人のやりとりに気付くことなく、吉野は唐揚げを口に運ぶ。


「うん! 美味しい!」


 カリッと衣をかみ砕く音が鳴り、吉野は、笑みを浮かべ、ご機嫌な声を上げた。

 唐揚げを頬張るその表情はとても満足そうなものだった。

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