第4話 光芒《こうぼう》
雲の切れ間から光が漏れ、光線の柱が地上へ降り注いで見える現象のことで、
とても美しいそれを見たものは願いが叶うといわれている。
「天使の
細い指で、写真集の中の一枚を撫でながら友人Nが云った。
普段から中性的な雰囲気の男だったが、ここ数ヶ月の間にすっかり筋肉が落ち、元からの童顔のせいもあってますます性別不明な見かけになっている。
「ふうん。そりゃあまたロマンチックなネーミングだな」
彼に頼まれていた着替えを一式、ベッドの側の引き出しに入れながら俺は相槌を打った。部屋の隅にちょこんと腰掛けている
Nは祖母とふたり暮らしだったが、
窓際に座って外を眺めていたタカヒロが、その光の別名をあげた。
「ヤコブの梯子とも言うらしいぞ。英語だと『ジェイコブズ・ラダー』ってとこか」
「げ。それってホラー映画じゃね?」
ケンゴが一瞬だけ顔を上げて言った。怖がりなくせにホラー映画が大好きなこいつは、さっきからスマホのゲームに夢中だ。
ふたりとはここに来る途中で偶々出会っただけだったが、それにしても何の為について来たのかさっぱりわからない。俺はスマホの画面に夢中の能天気なケンゴに問いかけた。
「ヤコブって言ったらあれだろ? 聖書に出てくるような名前がなんでホラーなんだよ」
「その映画なら僕も知ってるよ」
俺の疑問に答えたのはベッドのNだった。
彼によるとそれはかなり古い映画で、ひとりの男が死の間際に、過去や現在や幻想の中を行ったり来たりする話のようだ。
「最後にはその男が死を受け入れ、
「病院でする話じゃないな」
俺が不満を漏らすとNは笑った。彼の
「あいつ、
見舞いを終え、Nの入院する総合病院を出たところでケンゴがしみじみ言った。
「病人がお前にみたいに元気いっぱいなわけないだろうが」
俺はそう言いながら、霊感ゼロな
暫く黙っていたタカヒロが不意に静かな声で、Nの病状伺いとは全く関係のないことを俺に問いかけた。
「
静かだが、その色素の薄い瞳が
さすがにタカヒロも他人の死を望んでいる訳ではないだろうが、薄っすらと口元に笑みを浮かべ『死神は居たか』と問うこいつのほうが死神のようだ。
この鬼畜な幼馴染みはオカルトに魅せられてはいるが、未だに本物の怪異に遭遇した事がない。タカヒロが街中で偶然出会った俺についてきたのは、病院という、ある種『定番』な場所で
タカヒロは相変わらず、視える俺のことをオカルト探知機扱いしているのだ。むかつくがもう慣れた。Nの病室内で自重していた事だけは褒めてやる。
「
タカヒロの言う『死神』とは病院に居る黒い影のようなものの事だ。それは死者とは違い形がはっきりしないので、俺にもその正体は分からない。
そもそも俺はあれが死神だなどとは思っていない。
その黒い影は人に直接何かするわけではないのだ。病院内のあちこちに現れ、何かの折に「りん」と鈴のような音を立てて『鳴く』だけなのだ。だがその影が鳴いた時、病院のどこかで誰かが『最期の息を
一度その話をタカヒロにしたところ、
「おい見ろよ!」
ケンゴが急に大声を出した。ケンゴの視線の先、空を見上げると雲の隙間からいく筋もの光が地上に降り注いでいる。
「天使の梯子、だな」
タカヒロが空を見上げそう言った。
「どう見ても梯子には見えねえよ。むしろエスカレータみたいじゃね?」
凄えな、と子供のようにはしゃぐケンゴの声を聴きながら、俺は後にした総合病院を振り返った。
タカヒロはあの黒い影を死神だというが、俺にはあれが人の生命を奪うような禍々しいものには感じられなかった。
だがそれでもあの影は、死の予感をさせつつまた
Nを心配して
りん、と澄んだ鈴の鳴き声と共にNがその最期の息を吐いた後、彼が美しいと言っていたあの光の梯子を、彼女も一緒に登ってくれればいいが。
俺は空を見上げその自然現象に願った。
───
一般的な用法では、細長く伸びる一筋の光を意味する。
薄明光線または反薄明光線のこと。天使の梯子、レンブラント光線などの別名もある。
太陽柱(サンピラー)のこと
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