13 首輪


 チリン、チリンと鈴が鳴る音が聞こえる。瞼の向こうに光源を感じ、グロッザは目を醒ました。

 酷くだるさの残る身体を無理矢理起こすと、着替えの途中のグリアスが明るい声を描けてきた。

「おはよーグロッザ。身体は大丈夫?」

 にこやかに質問されたその意味を一瞬で思い出し、なんとか「おはよう」と小さく返すことしか出来なかった。

 その反応に満足したのか、大きな瞳が優しく細められる。首回りがざっくり開いたシャツを着る小さな身体をつい見詰めて、そこに昨日まで無かった違和感に気付く。

「ベッド、狭かっただろ? 落ちてない?」

「え? 落ちてなんかないよ?」

「……そっか」

 なんとなく途中から、一緒には寝てなかったような気がする。それに――

「なんで?」

 大きな目がくりくりと揺れる。昨夜散々見せ付けられた愛らしい動きに、身体が、心が無条件に反応してしまう。

「アザがあったから……」

 どこかにぶつけたのか、彼の身体にはところどころに小さなアザが出来ていた。それは昨日までの透き通るような繊細な身体にはなかったものだ。

 すっとグリアスの表情が変わる。服をさっさと着替え終わり、甘く香る身体を覆い隠す。チリンと鈴の音が鳴った。

「ちょっとトイレにいった時にぶつけちゃったの。痛くもないから気にしないで」

 またニコニコとした表情に戻ったグリアスの首元で、黒い鈴がついたチョーカーが揺れている。あ、この音で目が醒めたんだ。

「それは?」

 首のそれを指差され、グリアスの笑みの種類が変わる。なんだか、あんまり子供には浮かべて欲しくないと思う笑みだった。

「首輪だよ。ゼトアさんがつけてくれたの」

 頬を膨らませ「ボクのこと見張るためのものなんだって! 居場所と魔力の溜まり具合をわかるようになんて言っているけど、こんなのサイテーだよね? 犬や猫じゃないんだから」とプンプンと怒っている表情は子供のそれで。

 愛くるしい彼がつけられたその“首輪”は、文字通りの制御であり、そして少年の言うように支配という言葉に形を与えたものだった。

 グリアスがこちらに近付いてきて、グロッザの膝の上に座る。甘えたようにキスを迫られ――昨晩のせいでか自然と受け入れている自分がいた――柔らかい感触を楽しみながら、少年の首元で揺れる存在に手を伸ばす。

 チリンと音が鳴るたびに、小さな器から少年の魔力が溢れ落ちるような気がした。

 快感に思わず目を閉じると、その流れが更に強まる。大地のように落ち着いた、それでいて激しい気配を感じさせる器から、まるでこちらをからかうように悪戯に流れ落ちる水流。

 二人の……ゼトアとグリアスの魔力が混ざり合い、この鈴を形成している。唐突にそう気付いた。

 少年の身体を腕で強引に突き放す。グリアスも悟ったのか「食堂でご飯が出来てるってルツィアさんが廊下から呼んでたよ。ボクは先にいくからね」と言ってそのまま部屋を出ていった。

――二人だけで、ズルい。

 何故か頭に浮かんだその言葉が、グロッザの心をかきむしった。


 





「天使の降臨には何が必要なんだ?」

 ゼトアは朝食を摂りながら、息子達のためのおかずを用意しているルツィアに質問する。

 陽が出てしばらくは経っているがまだ朝早い。こんな時間に色々とお疲れの息子達は起きてはこないだろうことはわかっていたので、敢えてこの時間に起きてきた。

 ルツィアは――基本的にエルフ達は朝に強い。睡眠時間の極端に少ない自分とはまた違う。

 育ち盛りの息子達のために軽く肉料理の用意をしながら、ルツィアはゼトアに優しい笑顔を返してくれる。先程温めたスープが冷めるので、一応廊下に向かって声は掛けていた。

「貴方に手伝って貰えるならそんなに問題はないわ。天使を具現するための贄と、この街の長の許可くらいね」

「生け贄、か? 天界風情がえらく物騒だな」

「人とかではないのよ、今はもう。羽を奉るの」

 昔は人間の代償があったらしいけど、と続けながら、ルツィアは自室から持ち出してきていた街周辺の地図を指差す。

「街を出てすぐの街道に、白い鳥の姿をしたモンスターが出るんだけれど、それを一羽捕まえて来て欲しいの」

「生け捕りか?」

「ええ。天界の教えでは天使を降臨させるには、同じ一つの命との交換が必要なのよ」

「それが昔は人間だったわけだな。天界の質が下がるのも頷ける」

「……教えに従う私には、教え以上のことは出来ないわ」

「お前はそれでいい。荒事や、教え以上のことは俺の仕事だ」

 既に食べ終わった食器を流しに片付け、隣に立っているルツィアを後ろから優しく抱き締める。

「……キッチンに立っている時はやめてって、いつも言ってるじゃない」

「嫌ならもう少し嫌がれ……ご馳走さま」

 甘い時間をもう少し楽しもうかとも考えたが、廊下に気配を感じたのですぐに離れる。名残惜しそうな溜め息が聞こえたが、特に表情には出さずに廊下への扉を開ける。

 小さな頭がひとつ。

「……おはよう、ゼトアさん」

 昨夜の威勢はどこへやら。やや目を逸らしながら挨拶をするグリアスの頭を撫でてやり、びくりとしながらこちらに向いた少年に優しく微笑む。そうして大きな瞳に浮かんだ揺らぎを楽しみつつ、首元で愛らしく存在をアピールする首輪を指先で弄ぶ。我ながら上出来だ。

「似合っているな」

「……ふん、だ」

 むすっと顔を背けた少年の頬に紅が差すのを見届けると、ゼトアは朝の訓練のために外へと向かった。昨夜は予定外のことが多かったので、いつも行っている訓練は今朝にまわした。その甲斐は充分にあったので善しとする。

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