きっと30秒後は違う世界

明通 蛍雪

第1話 きっと30秒後は違う世界


 人知れぬ森の中、わずか十畳程度の小屋がぽつりと建っている。その中からドンガンドンガンと何かが暴れるような物音と、断続的に笑い声が上がってくる。

「ひひひ、完成した。完成したぞ!」

 白衣を翻す少年は、自身の前に鎮座する巨大な機械を撫で回しながら不気味な笑みを浮かべた。ひっそりとした小屋の中は雑多に物が散らかっており、近くのテーブルには飲み干された何本ものエナジードリンク。機械が動く電子的な音以外に感じ取れるものはない。

 天井に設置された蛍光灯は点けられておらず、暗がりに光るパソコンの明かりだけが目立っている。

「時間転送装置、早送り君一号の完成だ!」

 少年は目の前の機械にマジックで『早送り君一号(タイムマシン)』と名前を付けると、満足そうに頷いた。早速タイムマシンを起動しようとスイッチを入れる。電力がタイムマシンへと注がれ、それまで沈黙していた早送り君一号が産声を上げる。

「モニター正常に起動。パネルの動作も問題なし。転送装置のバッテリー充填済み。よし、いつでもいける!」

 少年は隈のできた目を擦りながら、転送装置に入れる段ボールに手をかけた。

「面白そうなことやってんね!」

「──誰だ!?」

 段ボールを取りこぼした少年は慌てて声のした方を振り向く。それは小屋に一つだけの入り口から。暗い小屋の中に外の明かりが少しだけ入り込み、眩しさに目を細める少年は、逆光を浴びる少女を見据える。

「私だよ」

「その声は、夏目氏か」

 夏目が扉を閉めると小屋の中に再び薄闇がもたらされる。しかし、夏目の参入によって静寂は失われた。

「夏休みにこんな森に籠りっきりで、何してるのかと思ったら。面白そうなもの作ってるじゃん!」

「な、夏目氏には関係ないだろう。出てってくれ!」

「そんな固いこと言うなよ〜。私たちの仲だろう?」

 少年の肩に手を回した夏目は悪戯小僧のような笑みを浮かべている。ヤンキーに恫喝されるガリ勉の如く身を縮める少年は、必死の抵抗を見せる。

「これは誰にも見せられない発明なんだ。知ってしまえば、き、君の命も危ないかもしれない」

「脅してるの〜? 大丈夫! 私空手の黒帯だから!」

 少年から離れシャドウを始める夏目は自身の強さを示すように拳を放ってみせる。

 少年はこの夏目という少女が苦手だ。何かとつけて絡んでくるし、妙に人懐っこい。それでいて悪戯好きでよく人を揶揄う。少年は何度も痛い目を見てきた。夏目に関わると碌なことがない。

「まあまあ。見つかってしまったんだし、諦めなよ」

「なぜ夏目氏が得意げなのだ。まぁ、後は実際に使ってみるだけだし、いいだろう」

 夏目の説得を諦めた少年は、取りこぼした段ボールを持ち直し転送装置へと置く。

「いいか。これから見せるのは神の御業に等しき事象。死人を生き返らせるに等しい禁忌。人類が足を踏み入れていい領域から外れた──」

「ちょ、長い長い。早くやっちゃってよ」

「あ、ごめん」

 夏目のツッコミによって無駄にカッコつけようとしていた少年は、出鼻を挫かれ悄々とパソコンを操作する。

「じゃあ、夏目氏。見ていてくれよ」

 落ち込んでいた少年だったが、いざ機械を動かそうとすると興奮を隠せずウキウキと目を輝かせる。

「早送り君一号、起動!」

 まるで戦闘ロボに乗るパイロット、いや、科学者のように声を上げた少年によって早送り君一号は起動した。モーターの駆動音と光を放ちながら、実験用の段ボールは姿を消す。転送装置から未来へと送られた段ボールを見て少年は満足そうに拳を握る。

「どこにいったの!?」

「三十秒後の未来だ」

 光と共に段ボールの姿を見失った夏目は驚愕の声を漏らす。それに淡々と返す少年はアナログ式の腕時計に視線を落とす。転送装置を起動してから秒針が半周するのを見届け、同時に転送装置に視線を戻す。

「戻ってきたぞ」

 シュンッ! と音を立てそうなビジュアルで再び姿を現した段ボール。形を崩すことなく元通りになっている。

「さあ、シュレディンガーの猫だ」

「シュレ、何?」

「箱の中にいる猫は生きているかどうか。観測するまではわからない状態。この中には生きていると死んでいるという二重の結果が存在している」

「猫!? 猫入れたの!? 命に対する冒涜だよ! もし死んでたらどうするのさ!」

「や、やめろ。猫は生きている! 掴むなぁ!」

 少年の胸ぐらを掴み上げる夏目は怒りの形相で問い詰める。猫派の夏目にとっては大事な問題であった。

「早く開けて!」

 転送装置から段ボールを取り出した少年は中を確認する。そこには生きた子猫が純粋な瞳で二人を見上げていた。

「か、可愛い!」

「やはり、僕の理論に間違いはなかったようだ」

 猫を抱き上げた夏目の横で少年はしたり顔をする。そしてすぐに科学者の面を被り直すと意気揚々と転送装置に足を踏み入れる。

「ちょ、何やってんの!?」

「生物での実験は成功した。ならば、時間移動中の世界がどうなっているかを観測したくなるのも道理であろう」

「な、なら私も行く!」

「本気で言っているのか? 安全は保証しないぞ?」

「大丈夫。この猫ちゃんが一緒なら! 一度生きて帰ってきたなら、きっと大丈夫」

「さっきまで非人道的だと僕に怒鳴り散らしていたくせに、道連れにするとは……」

 夏目の手のひら返しに戦慄する少年だがそれ以上止めるような真似はしない。

「さぁ、行こうではないか。我々がまだ観ぬ未知の世界へ」

 悪の科学者風のセリフを吐く少年は夏目へと手を差し述べる。その手を取った夏目は抱えた子猫と共に境界を超えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きっと30秒後は違う世界 明通 蛍雪 @azukimochi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る