私の人間観察

富本アキユ(元Akiyu)

第1話 準備運動

子供のおこづかいなんて少ないものだ。欲しい物は色々あるけど、あまり買えない。だから何かお金のかからない遊びをしようと思って、小学校三年生の時から人間観察を始めた。この四月から中学生になる。小学生の時と違ってまた新しいクラスメイトや先生になるから、人間観察の腕が訛らないように訓練しておきたい。そう思って春休み最後の日である今日、駅にやってきた。

駅は、多くの人で賑わっている。


「さてと……」


早速始めようか。

私は、噴水のところにある近くのベンチに座った。


ベンチに座りながら辺りをぐるりと見渡す。

スーツ姿でビジネス鞄を持って、くたびれた顔をして、頭が禿げあがった冴えないおっさん。今から仕事で取引先に向かう途中ってところだろう。人生負け組のサラリーマンに違いない。年下の上司に頭をぺこぺこ下げているのが安易に想像がつく。こんなのを追いかけていっても何の面白味もない。これはパス。次に目に入ったのは、買い物袋を持ったおばちゃん。スーパーで買ったであろう長ネギが袋からはみ出して見えている。買い物を済ませたし、このまま家に帰るってところだろう。これも追いかけたところで面白いとは思えない。これもパス。次に目に入ったのは、金髪で耳に丸いシルバーリングのピアスを付けたウルフヘアーで、服装も今時のチャラそうな男。あれはヘアーセットするのに時間がかかっていそうだな。まあホストか美容師ってところかな。今からパチンコ屋でも行くのかな。これも大体想像がつくし、追いかけても面白いと思わない。


「ふぅ。ダメね……。どうせならもっと面白そうなのいないの?」


誰にも聞こえないように小さな声で独り言を呟く。

またしばらく周囲を見渡す。

ベンチの前を多くの人が通り過ぎていく中、一人の女が目に入った。

黒髪でセミロング。童顔で清楚系の服を着て、手鏡で何度も自分の髪型をチェックして、手で髪を触って直して立っている。私よりも少し年上の若い女。

女子大生くらいか。待ち合わせかな。


「みーつけた」


私はまた独り言を呟いた。私の直感が言ってる。彼女についていくのが面白そうな気がする。待ってる相手は、きっと男。これはおそらくデートの待ち合わせね。何度も手鏡で自分の髪型を気にしているところからして、あの女は、あまりデート慣れしていないってところかな。これで待ち合わせの相手の男が変であればある程、今日の人間観察は面白くなるんだけど……。

そう、例えば……

さっきの金髪のホストみたいなのとか物凄く年上のおっさんが来るみたいな不釣り合いな男ね。


女は何度も時計を見ている。これは相手が待ち合わせの時間に遅れているのか、女が今日のデートを楽しみにして心待ちにして早く来ているのか。どっちにしてもどんな男が来るのか楽しみだ。

十分ほどそのまま待っていると、黒髪で地味な男がやってきて女に声をかけた。

ほら、やっぱり男だ。でも……


「なーんだ、普通の男じゃん。つまらないな」


この距離では会話を聞き取る事が出来ないが…


「ごめん。お待たせ。待った?……ううん、今来たとこってところかな。これからどこへ行くのか。さてついていきますか」


私は、また小さく独り言を呟いた。

私は、二人の後を気づかれない程度の距離を保ちながら尾行した。

すると二人は、カフェの中に入っていった。

続いて私もカフェの中に入る。


二人は、カウンター席の近くにあるテーブル席に座った。好都合だ。

私は、二人の会話が聞こえそうな位置にある近くのカウンター席に座った。

二人のテーブル席に店員がやってきて……


「ご注文は?」

「パンケーキと珈琲セットを二つ。珈琲はホットで」


男が二人分の注文をする。

続いてカウンター席にいる私にも別の店員がやってくる。


「ご注文は?」

「ミルクティー」


そう、ここが私の少ないおこづかいの使いどころだ。

ミルクティーが五百円。

せっかく五百円もかけるんだから、何か面白い事起こってくれよ。


「それでね、さっきの話の続きなんだけどさー。矢島先輩とね、ガットの張替えに間口スポーツ店に行ったんだよ。そしたら犬がいてさー、矢島先輩って犬だめでしょ?でも犬がえらく矢島先輩を気に入って懐いてきてさ、足元に引っ付いてくるわけ。それで……」

「うんうん。あははー!そうなんだ!矢島君、それは災難だったね」


なるほど。会話の内容からしてやっぱり大学生か。

この男は大学生で、テニスサークルに入っている。

この女も同じ大学の学生で、矢島先輩というのは二人の間では共通の知人。

じゃあこの女もテニスサークルに入ってるのかな。

この女は、矢島君って言ってるな。って事は、矢島って人と同級生か年上。

女の方が先輩で、この男は後輩な可能性が高そうね。


結局この女の正体は、年下の気になる男の子とデートしてたって事だった。

まあ童顔に見えたから男と同い年か年下の女だと思ったけど、年下なのは男だったってことか。


まあまあ面白かったし、もういいかな。

ミルクティーも美味しかったし。ごちそうさま。


私は、カフェを出て家へと帰った。

明日は中学の入学式だ。

まあ良い準備運動にはなったかな。




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