第43話 婚約のはじまり 3

「……竜?」


「竜だと!?」


 一瞬の静寂をおいて、教会内が怒号に包まれる。


「セイバスをここに! 情報の出所は確かなのか!?」


「退け! 邪魔だ!!」


「イヤ! 死にたくない!」


 真実を確かめようと動くもの。


 我先にと逃げるもの。


 耳を押さえてうずくまるもの。


 煌びやかな部屋に似合わない声が、教会の中を埋め尽くしていた。


 そんな中で、リアムが大きく手を叩く。


「静粛に! その方は、栄えある王国の貴族であるぞ! うろたえてどうする!」


 そして紡がれたのは、クズ王子と影でささやかれる彼に、似つかわしくない言葉。


 誰しもが竜の騒ぎを忘れて、自分の耳を疑った。


 これは本当に第1王子の言葉なのか、と。


 訪れた静寂の中で、リアムが言葉を紡いでいく。


「今日は、光の天使であるマリリンの晴れ舞台だ。神の使いである竜が、婚約式を見に来ても不思議ではあるまい! そうであろう?」


 堂々と胸を張り、リアムがニヤリと笑う。


 その姿を見て、周囲の心が1つになった。


 やはりクズ王子は、クズ王子なのだな、と。


 だが、リアムのおかげで、一時のパニックが収まったのも確かだった。


「竜……」


 そんな中で、グッと拳を握り締めたマリリンが動き出す。


「白竜様! 絶対に、白竜様だ!!」


 やっぱり私に会いに来てくれたのね!!

 などと声に出して、ウキウキと頬を上気させる。


 誰しもが呆気にとられる中で、リアムが持っていた誓いの花束をマリリンが乱暴にむしり取った。


「マリリン……?」


 不思議そうに顔をあげたリアムに背を向けて、


「邪魔」


 花束を地面に叩きつけた。


 クルリと振り向いたマリリンが、幸せそうな笑みを浮かべて見せる。





「私、マリリンは、リアムとの婚約を破棄します!!」







「……は?」



 そんな音が、リアムの口から漏れていた。



 婚約式の最中に、婚約を破棄する。



 権力などないに等しい男爵令嬢が、次期国王との婚約を一方的に破棄する。


 意味のわからない状況に、誰しもが言葉の意味を理解しようと、頭をひねっていた。


 もはや、竜の騒ぎどころじゃない。


「マリリン……?」


 感情の抜け落ちた瞳が、無残にバラけた花束を見下ろす。


 リアムの口が、ただ呆然と、想い人の名前を呼んでいた。


 だがその声も、マリリンには届かない。


「白竜様!!」


 愛を誓い合う花束を踏みつけながら、教会の外へと走って行った。




 邪魔なドレスの裾を両手で持ち上げて、全力で駆け抜ける。


 後ろが引き摺られて汚れるけど、知ったことじゃない。


「白竜様が! 本物の白竜様が!!」


 光魔法の強化も結局は面倒でやめたけど、白竜様はやっぱり会いに来てくれた!


 画面越しじゃない、本物にあえる!!


 そんな思いを胸に、全力で駆け抜ける。


「いま、あなたの愛を! 私に!!」


 気合いの声と共に、教会の扉を押し破った。


ーーそんな時、


 不意に背後から声がする。


「その方、余の天使であるマリリンをどこへやった! マリリンがこのような仕打ちをするはずがない!!」


 本物のマリリンを返せ!


 なんて言いながら、リアムが背後から追いかけてくる。


 どうやら、意味のわからない結論に至ったみたい。


 そんなめんどくさいヤツは放置して、教会の外へと飛び出した。



 はやる気持ちと共に見上げた空は、相変わらずの快晴で、米粒のように小さな何かが、大空を舞っている。


「白竜、さま……」


 今は黒い点にしか見えないけど、見間違えたりなんてしない。


 どう見ても、白竜様だ。


 教会の前にある広場を中央に向けて走って行って、両手を大きく振り上げる。


「ここです! 私はここです!」


 大きく手を振ってアピールすると、最初は遠かった逆光のシルエットも、大きな円を描きながらゆっくりと下りて来てくれる。


 間違いない。


 あの円は、私を中心に描いている。


 やっぱり白竜様は、私のことを……。


「白竜様……」


「マリリン! おい! マリリン!」


「何よ、ノーマルエンドのくせに! 邪魔!!」


 近付いて肩を揺するリアムを、力の限りに押し飛ばした。


 今はまだハーレムルート中じゃないのだから、白竜様が変な勘違いをしたら本当に困る。


 人の恋路を邪魔するヤツは、死ねば良い。


「……くっ! 神殿長! 彼女は悪い精霊に操られている! マリリンに取り憑く悪霊を消滅させろ!」


 リアムがそう言葉にしているけど、近くに神殿長の姿はない。


 でっぷりとした体を揺らしながら逃げる神殿長ガマガエルの姿が、マリリンの視界の端にも映り込んでいた。


「まさか竜ごときに逃げたのか!? 護衛の兵たちよ! すぐに神殿長を連れ戻せ! 1秒でも早く、余の前に連れてこい!」


「……かしこまりました!」


 空の竜と、リアムの表情、それから必死に逃げる神殿長の姿を流し見た兵士たちが、ガチャガチャと音を立てながら走り去る。


「白竜様!!」


 そんな中でも、マリリンはずっと、空に向かって手を振り続けていた。

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