第18話 幼なじみの王子さま 3
「メアリ嬢!!」
「あら、予想よりも早かったわね。ようこそ、メアリの宿へ」
黒曜の大木が開けた先。
立派な柵に囲まれた空間に、心から願い続けた笑みが華やいでいた。
その笑みを見ているだけで、ホッとした感情が、ラテスの中に流れ込んでくる。
「無事でよかった」
気が付くと、喉の奥から、そんな声が漏れていた。
何度も夢に見て、何度も最悪を予想して、何度も首を横に振り、待ち望んだ笑み。
ずっと胸の中にあった不安も、どうやら杞憂たったらしい。
「お久しぶり、かしら? ラテス殿下と最後に挨拶をしたのは、周辺伯領のパーティーだったわよね?」
「そうだね。俺もそう記憶してるよ」
廊下ですれ違うことは何度もあったけど、こうして言葉を交わすのは2ヶ月ぶりだと思う。
国のために
ハッキリと口にしてはいないが、死ねと言われたようなものだ。
そんな神すら呪いたくなるような仕打ちを受けたはずなのに、彼女は相変わらず綺麗だった。
王都にいた頃よりも魅力的に見えるのは、気のせいだろうか?
ーーでも今は、そんな事よりも、
「えーっと、……なぜ、ハンモックに揺られているのかな?」
メアリの現状が、気になって仕方がない!
ひときわ大きな木に吊されたハンモックに揺れながら、メアリが幼女のように笑って見せる。
「子供の頃から憧れてたの。それで作ってみたら、意外と寝やすかったのよ」
「そっ、そうなんだ……」
それ以外の言葉が、見つからなかった。
次に見るべきは、彼女の視線先。
ハンモックの傍らに置かれた金網だろう。
先ほどからずっと、パチパチと爆ぜる、炭の音が聞こえている。
「なぜ、炭火?」
「魔の森の木って、中まで黒いのよ。黒い木と言えば、炭よね? せっかくだから備長炭にしてみたわ」
「あ、うん。そうなんだ」
いまいち意味が分からないが、メアリ嬢が言うのなら、そう言うものなのだろう。
たぶん。
そんな思いを胸に、ラテスが1歩だけ前に出る。
「せっかくだから、まとめて聞いて良いかい? なぜ、ハンモックに寝転びながら、炭の準備をしているのかな?」
「あら、素敵でしょ?」
ハンモックの上に、素敵な笑みが華やいでいた。
いや、まぁ、その意見に異論はない。
ハンモックで寝ながら、炭火のバーベキューが出来れば、確かに楽しいと思う。
だがここは、死の森と恐れられた処刑場だ。
やりたくなったのよ、で、出来る物ではない。
やっはり彼女は、自分にないものを持っている。
そんな思いを胸に抱いて、ラテスは懐から1枚の紙を取り出した。
掲げて見せたのは、この数週間を使って勝ち取った物。
「キミの無実が証明されたよ。キミはもう罪人じゃない。僕と一緒に帰ろう」
踏み固められた地面に片膝を付いて、微笑みと共に右手を伸ばす。
見上げた先では、メアリが驚いたように目を見開いていた。
そんな2人の姿を、キラキラと降り注ぐ太陽が照らし、輝かせる。
「え? 普通にイヤだけど? 私はここで暮らすわよ?」
心底 不思議そうな顔をしたメアリ嬢が、ハンモックの上で小首を傾げて見せる。
その手には、火起こし用のトングがぎゅっと握られていて、絶え間なく、炭の位置を整えていた。
王子様の手を取るような暇はない。
炭の燃える音に、黒い葉が揺れる音。
ラテスは差し出した手に視線を落として、ゆっくりと閉じていった。
「そうか。そうだね……」
手を開いて、閉じて、また開いて。
降り注ぐ太陽を見上げながら、ラテスが小さく肩をすくめる。
村にあった看板を見た時から、そんな気はしていた。
権力に興味はないけど、手は抜かない。
その上で、自分の趣味に没頭していく。
彼女は、昔からずっとそうだった。
そんな彼女だから……。
「1つ聞いても良いかい?」
「ええ、何かしら?」
「ここでの生活は楽しいのかな?」
「そうね。王都の10倍は楽しいわ」
浮かんでいたのは、子供の頃と同じような、無邪気な笑顔。
吸い込まれそうなその瞳は、片時も離れずに、光輝く炭の火を見下ろしている。
「そっか。……それは良かった」
そんな彼女の横顔は、着飾ったパーティーの時よりも、何倍にも輝いて見えた。
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