第8話
「自分の家庭の幸せより、他人の家庭の幸せを願った、とんでもなく不合理で、非道な奴なんだ。だから、サンタでありながらサンタでない、良きサンタにも悪きサンタにもなれない、中途半端な存在になっちまったんだよ」
だからなぁ、とユキシロは拳銃を見せびらかしながら続けた。
「こいつにはこの悪サンタにする弾丸が効かないんだ。効かないってことは……分かるよな?」
そんな小さなヒントだけで一体何を察しろと言うのだろう。答えないでいると、ユキシロはまるで生徒から思ったような反応をもらえないで残念がっている大学教授のような表情を浮かべた。
「鈍いなぁあんた。どれだけ撃たれても悪サンタにはならない。万が一のことがあっても、元から良きサンタじゃないから惜しくない。そうしたら――」
そこまで言われたらどんなに鈍い俺でも流石にピンと来た。
「――捨て駒にされるに決まってるだろう? あんたは、それに、巻き込まれたんだ」
ところが俺は気付くと同時、理解すると同時、思ったのだ。おそらく、このユキシロとかいうサンタ(悪)が想定しているものとは正反対のことを感じていたのだ。俺は鈍痛に苛まれている頭に気を遣いつつゆっくり上体を起こすと、トラヤさんと背中合わせになった。
「なぁトラヤぁ。お前さ、いつまで防衛軍でちんたらやってんだよ。何の報酬も無いんだろう? サンタとして認められてすらいないんだろう? だったら、こっちに付けよ。俺たちにはきちんと報酬が出るんだぜ。
ほら、バイト。てめぇからも言ってやれよ」
話を振られても俺に言えることは何も無かった。とりあえず、トラヤさんを仲間――正確に言うと、盾――にするべく、弱点となり得そうな俺ごと誘拐した、という情勢だということは分かったが、俺がどうしてトラヤさんに、自らを悪に染めろと言えるのだろう。
ユキシロは大した間も置かずに話を続けた。別段俺の言には期待していなかったようだ。
「俺たちは悪なるサンタ達だが、同時に正義でもあるんだ。必要悪なんだよ、分かるか? 夢、と一括りに言ったって、その内容は多岐に亘る。当然、その中には到底叶えられない無茶苦茶な夢だってあるよな。キリンになりたい、スーパーマンになりたい、魔法少女になりたい、とかっていう、物理的に無理な夢。高所恐怖症のくせにとび職になりたい、とか、一足す一も出来ないくせに数学者になりたいだとか、そういう能力的に無理な夢。そういった夢を、子どもの心にダメージを与えることなく、ごくごく自然に意識から外してやる。それが俺たちの役目なんだ。これこそ必要悪、これこそ正義なんだよ!
こいつだって、俺たちに出会ってさえいたら、妻子を持ちながらサンタになりたいだなんて無謀な夢を抱いて、苦しむことも無かっただろうになぁ。……なぁ、何黙ってんだよトラヤ」
「……たとえ叶わず潰える夢であっても、夢を持つことが無意味だと私は思わない。夢を持つのは個人の自由であり、捨てるのもその人の自由だ。それを他人が奪うのは単なる横暴であり、傲慢な行為だ。私は、無謀だろうが何だろうが、夢のために行動することに何の疑問も後悔も持っていない。捨て駒にされることも、承知の上でクリスマス防衛軍にいるのだ。……ヨリシロにとやかく言われる筋合いはない」
「僕はユキシロなんだけど」
「む、失礼」
「なぁなぁ、トラヤ? 別にお前がどういう生き方しようが、僕には何の意見も文句も批判も無いけどね」
ユキシロは唐突にスライドを動かし、弾丸を薬室に送り込んで後は引き鉄を引くだけという状態にすると、俺の額に突き付けた。
「お前が俺たちの仲間になんのと、こいつがお前の所為で俺たちの仲間入りすんのと、お前の生き方にはどっちの方が則してるんだ?」
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