第7話
起きろ、と声が聞こえたような気がしたのだが、声だけで起きられるのならば苦労はしない。声を発したのはそれをよく理解している輩だったようで、元から物理的な手段に出ることを決断していたらしい。間髪入れずに冷たいものが浴びせかけられて、俺は半ばパニック状態になりつつ覚醒した。
「よお、バイト君。おはようと言うにはほど遅い時間だが、よく眠れたか?」
目の前が暗い。しかし、暗いのは部屋ではなく自分の視界だけだと気付いた途端、カーテンを開くようにクリアになった。
「災難だったな、聖なる夜に。こんなバイトをやるからだ。まぁ、あんたの災難はこれからがピークなんだけどな」
恰幅の良い男が一人、脂ぎった頬をてらてらと光らせながら、熱に浮かされたように喋っていた。あぁこいつは悪サンタだと瞬時に断じることが出来たのは、今日一日でだいぶ見慣れたおかげかも知れない。
それより俺はどこだろう。間違えた。ここは誰だろう。あれ? 何かおかしいな。
ゆっくりと頭を巡らすと、高い天井に豪華なシャンデリアが幾つもぶら下がっていて、周囲はだだっ広い何かの大催事場のような空間で、正面の壁は一面ガラス張り、他三方の壁際にはサンタ(悪)たちがずらりと雁首を揃えていた。
そうか、ここはサンタ(悪)たちの巣窟なのか、と俺は認識して次の瞬間、一緒に来ているはずの人物のことを思いだした。
「と……」
上手く声を出せずに唾を飲む。
「トラヤ、さんは……」
「ここだよ。大丈夫かい?」
俺は振り返った。トラヤさんは背中を向けて座っていたのだが首だけで振り返り、床に付している俺を弱々しい光で見下ろした。
「トラヤさん……」
「こいつに関わったのが運の尽きだぜ、あんた。何だっけ……タカトシ君?」
「いえ、タカナシです」
「そーか、僕はユキシロだ」
一体どういう字を書くのだろう、何にせよ悪サンタには似つかわしくない名前だなと俺は思った。ユキシロと名乗ったサンタ(悪)は俺の目の前にしゃがみ込み、厭味ったらしい微笑みを浮かべた。
「本当に災難だなぁ、あんた。なぁ、トラヤがどうして骸骨なのか知っているか?」
トラヤさんが骸骨な理由? 俺が眉を顰めていると、そこから何も知らないことを察したのだろう、「なんだ、聞いてないのか」と愉快気な声音で言った。それで、とっておきの秘密を暴露する子どものように目を輝かせて、とんでもない情報を囁いたのだった。
「こいつはな、サンタのくせに妻子を捨てた最低最悪な男なんだよ」
「……え?」
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