第62話 現実:技術-衣−靴
◎靴の起源:くるぶしが見える程度の丈のものを短靴(シューズ・shoes) といい、それよりも丈の長いものを長靴(ブーツ ・boots)という。
序章 - 人と靴の歴史:
猿人の出現=人類の誕生、約700〜500万年も前から二足歩行をしていた人類。
人は猿から進化しました。
いや、未だ猿のままな連中も多いが。
とは言え、3万年前の『新人』の時代には既に『現代人』とほぼ同じ骨格になります。
つまり、その骨格は現在もほとんど変わっていなく、さらに言えば足の基本的な構造もこの頃からほとんど変化していません。
やがて人類は、より苛酷な生活環境の地域にも移動を始めますが、このとき新たな地域に侵入する際には、長い時間をかけて身体を順応変化させるのではなく、短期的には過酷な生活環境を擬似的に自分たちが生存しやすい生活環境に近似させるように、様々な道具を発明・使用するよう努めました。
それは、暑さや寒さから身体を保護する『衣類』、或いは先鋭な岩石、灼熱の砂や極寒の霜から足を保護する『サンダル』『靴』『下駄』などが『それまでの環境』と『現在の環境』のギャップを埋める道具として発明されました。
それらは移住して言った先の環境に合わせ改良され、現在も使用され続けられたと言われています。
▼先史時代:それは文字が発明される前の時代! 歴史時代(有史時代)以前の歴史区分
人類がいつから被服を着用したかははっきりとしていません。
なぜなら誰も記録を残してくれなかったから……(なお、聖書によればアダムとイヴが知恵の実を食してから)
とは言え、およそ7万年前の気候の寒冷化(トバ・カタストロフ:火山の大噴火により地球の気温は平均5℃も低下し、この劇的な寒冷化はおよそ6000年間続いたとされ、ヴュルム氷期へと突入する)の際に、ヒトが衣服を着るようになったのではないかと一部の学者は推定しているそうです。(なお、初期のヒト属による火の利用は少なくとも約12万5千年前と推定)
これは『ヒト族は14~20万年前のアフリカに共通の祖先を持ち、新人は遅くとも7万から5万年前には最終そのアフリカの地から他の地域へ移住し始めた(出アフリカ説)』ということになっていますから、それがこの時期とほぼ重なるようです。
そもそもアフリカから人類は陸伝いに(或いは当時浅く狭かった紅海を越え)どんどんと住む範囲を広げていったそうですが、山あり谷ありで、かつての住居である密林(エデン)と違い、より過酷な環境下では、その頃まだ野生動物であったご先祖様である先史人でも、雪や氷の上を裸足で歩くのは辛く限界がありした。
特に熱帯のアフリカから出て来た身では、寒冷地で裸足の移動するのはかなり難しかったでしょう。
なので、動物の皮で足を保護するようになったようです。(かつてインディアンは素足を保護する為に、一枚の革で足を包み込み紐で縛った、これがモカシンの原型である)
故にこのような物が、後に現在の靴の原型になったのではないかと言われています。
▼古代:靴(くつ)とは、足を包む形の履物の一種。
人類がちゃんとした靴を履いた起源は諸説ありますが、古代ギリシアから古代ローマへと受け継がれたサンダルのような履き物(注:サンダルはギリシア語で「板」を表す言葉で、サンダル自身の発祥は古代オリエント文明)が起源と言う説もありましたが、近年有力視されているのが中世では欧州北方に住んでいたゲルマン人が狩りに使用していたブーツの方だそうです。
理由としては、古代ギリシア・ローマのサンダルはその見た目とおり、サンダルの役目が大きく、足をすっぽりと包み込む所謂"靴"とは少し違う印象がありますが、他方狩猟民族であった中世のゲルマン人が履いていたものは足全体を覆う事で狩猟に必要な保温性・耐水・耐塵性といった機能性に優れたものだったそうです。
これは獲物を追って森林や沼地といった未開の地を歩く、つまりは長距離移動をするのに相応しい履物を必要としたからだ、といわれています。
また、狩猟民族であったゲルマン民族は一定の土地に住み着かず、獲物を追って、さまざまな地域を行き来する特性があり(遊牧民であるアーリア人末裔の一派であるからか?)、温暖地域に至ることもあるので、その際には機能性や歩行・靴の脱ぎ履きをスムーズにするために、ブーツの膝からスネの部分を切り落としたものがあり、これが現代の"靴"の原型だともいわれています。
当時の材料も狩猟で狩った獲物の毛皮を使用しており、現代でもファッションアイテムの一つであるブーツとも、材料・機能性ともに共通しています。
一方の古代エジプト文明などの温暖な地域では古代からサンダルタイプが愛用されていたようです。(注:ピラミッドでは数多くの砂漠の熱から足を守るために草や動物の皮を編んだ履物が発見されています。(例:紀元前14世紀のツタンカーメンの棺の中からも黄金のサンダル等)
さて、古代ローマの履き物はサンダルと言いましたが、厳密には「サンダルっぽい形状の靴」であり、また「サンダル状のブーツ」ですが、これまたやっぱり種類や身分の違いというのがあったりします。
比較的知名度あるのは、ローマ軍団兵が履いていた軍用ブーツのCaliga(注:カリグラ帝の呼び名の元になった履物)で、大抵は素足に直接履きましたが、寒い時期はウールの靴下を履いてその上に更に履きました。
一方ローマ市民が一般的に使用した靴はCarbatinaと言い、牛の皮製が一番多くそれなりに発掘されてます。
また、富裕層や身分が高めの人々が履く靴はCalceiと言いましたが、後にローマが世界帝国になっていくと、冬や気候が厳しい地域では一般市民も履く様になっていき、一部の地域ではこのCalceiが欧州中世期の靴の元になったりしました。
とは言え貧者や下層市民だと裸足も珍しくなく、奴隷はCalceiを履くことは認められなかったので奴隷の履き物はまさにサンダルっぽい履き物でした。
ただ、屋外用の明確にサンダルといわれるのもあり、それがSoleaで先ほどの奴隷のものと似てます。
こちらはローマ人に普遍的なもので男女ともに履いており、ギリシャ人も履いてました。
▼中世:ゲルマン人起源のブーツ
さて話は戻って、現代でも冬になると寒さを防げると必需品で今では一枚の革で作られることが多いブーツですが、狩猟民族だったゲルマン人は前記の通り保温性と耐水・耐塵性に優れ沼地や森林を踏破するのに適した靴を欲しがった為、やがてブーツが誕生したのですが、この際にはその重さよりも寒さ対策を重視した為、当時は革を何枚も重ねるのが良いブーツとされていてました。
そう、中世のゲルマン人は革を何枚も重ねたブーツがお気に入りなのでした。
これは重たそうなイメージですが、それでも寒さが防げると大変重宝したようです。
また、移動民族であったゲルマン人が沼沢の少ない地中海沿岸地方で生活する際に、歩行や着脱に不便をきたしたのでブーツの筒部分を切り落としたことがきっかけで現在の靴の原型が出来たとも言われていますが、その後にゲルマン人が中世ヨーロッパ世界を征服したことで、結果ヨーロッパに靴を広める事になり、やがてヨーロッパ全土に靴の文化が定着していきました。
こうしてゲルマン人が履いたことがきっかけで起源となったブーツは、今では冬に欠かせないアイテムとなりました。
そして同時に靴も衣装と同様に、身分と地位が明確だった時代にはそれを表現する代表的な手段でした。
中世には、身分によって靴の先の長さを制限する法があり、例を上げれば「上品に細くとがった足は、労働をしない階級の証し」と、裕福な階級の中で細くとがった靴先がブームが馬鹿げた事にエスカレートしていった事もあるそうです。
また、ルネサンスの貴族たちは汚物や泥から靴を保護するために、靴の上に靴をはいてすらいたのです。
▼現代風の靴:
さて、一般的な現代風の靴の話をしましょう。
実は靴というのは西洋では古くから履かれているイメージがあるが、
実際に現代的な靴が普及しだしたのは、19世紀の終わりごろからだそうです。
また驚愕の事実ですが、この時代まで、靴には左右という概念がありませんでした。
これは履き心地など当然良いはずもなく、まるで箱を履いているようだったらしいです。(注:一方日本の下駄や草履は左右の別が無くてもまるで困らなかったそうな)
ちなみに旧日本軍では、兵士に支給された靴は身体に合わないものが多かったが「靴にお前の身体を合わせるのだ!」と怒鳴られたとのこと。
だから滅びた……。
そんな靴の概念を打ち壊したのが、20世紀イタリアンブランドで有名なサルヴァトーレ・フェラガモ氏であり、彼は解剖学を学び履きやすい構造の靴を初めて作ったのだそうです。
これが現代で我々が履いている靴の原型になるそうです。(注:靴を作ってきた歴史が違うのだから日本の靴は良くない、と言う人もいるがそもそも本場であるヨーロッパでも20世紀に入ってから作られたのであった。)
つまり一応それ以前から靴を作っていたという歴史もあるのでしょうが、現代的な靴を作るという点では、実は日本もヨーロッパも歴史としては、さして変わらないのですね。
◎総括:世界最古の靴-履物の誕生
そもそも人間はいつから靴を履きだしたと言う証拠があるのでしょうか?
人類が何時頃から靴を履き始めたのか定かでありませんが、ワシントン大学の人類学者、エリック博士の研究によると、なんと人類は4万年前から靴を履いていたのではないかというようです。
これは4万年前の靴の化石が残っているわけではないのですが、足の骨から推定すると、靴を履いていたという説であります。
現存する最古の靴はと言うと、世界最古の靴は2008年にアルメニアの洞窟で発見された紀元前3500年ごろの革の紐靴とされています。
上記の靴の発見が画期的だったのは、これまで世界最古とされていたエジプトのピラミッドから発掘された靴よりもずっと古いものだったからです。(なお、モカシン型であったが、このモカシンとは足全体を覆うタイプの靴であり、実は相当古くから世界中に存在していた)
またエジプトのピラミッドからは、紀元前2500年ごろの鼻緒の付いた形態の物が発掘され、ツタンカーメン王(紀元前1350 年頃) の墓からは黄金で出来た『サンダル』が出土しています。
そしてイメルダ・マルコスの如く多数の物が確認できる古い履物では、BC.2000頃のエジプトで貴族がシュロの葉や動物の革でできたサンダルを履いていました。
しかし、一般庶民は裸足……そう、ここまでの数百万年は裸足でした。
つまりは靴とは富の、権威の象徴なのです。
そこんとこ注意しておいてください!
ですから貴方も異世界転移にあっても安易に喜んでいないで、高級ホテルのホテルマンのように周囲の人間の靴に注目しておかないと、もしも相手が靴を気軽に履いていたら、それはその世界の文明レベルの高さや、そもそも本当に異世界かなのかを疑わないといけないかもしれません。
-閑話休題-
ですがやがて時代は下り、BC.100年頃のローマになると街に靴屋があり、靴屋の組合まであったらしいです。
革製のサンダル・スリッパ・足首まである靴等の履物の原型はこの頃に完成していたようです。
また、その頃のローマには現代のスパみたいな公衆浴場もあり、文明が進んでいたことがわかります。
だがその高度なはずの文明もやがて……。
★日本の履物(古代)
▼アイヌ:
いまではもう作れる人はいませんが、サケの皮はアイヌが冬にはく靴(ケリ)の材料として重要でした。男性用の長靴・女性用の短靴があり、はく時には内部に枯草などを入れて保温性をよくします。
大人用の靴を1足作るのに、サケ4本分の皮が必要です。卵を産む前のサケの皮よりも、卵を産んだ後のサケの皮の方が厚く、とても丈夫で長持ちしやすいといわれています。
すべらない工夫として、ギザギザとした背びれ部分が靴底になるようにして作りました。火にとても弱く、ときには犬などに食べられてしまうこともありました。
またアイヌの人たちは、「チェプケリ」と呼ばれる鮭皮でできた靴の他に、冬場や山で狩りをする時には「ユクケリ」と呼ばれる鹿皮をはいていきました。これも 靴のなかには「ケロムン」と呼ぶ乾燥した草をしきつめてはき、軽くて、雪をはじき、はき心地の良いものだったようです。
江戸時代の末期頃、北海道のアイヌ人が鮭革で作った靴を履いているの見た和人が
「アイヌは大切な命の糧を材料に靴を作って足蹴にするとは恥知らずだな。」
と蔑んだので対するアイヌ人は
「お前の履いている草鞋は何からできているのか、藁を足蹴にするとは野蛮人だな」
と言い返した話しがあるそうな。
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