第66話 現実:医学-医療-感染症 「埼玉病」

★「埼玉病」:「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」

 無論「埼玉病」とは、サイタマラリアの事ではない。(なおマラリアは、マラリア原虫という寄生虫によって引き起こされる疾患であり、マラリア原虫をもった蚊に刺されることで感染し、まず肝臓で2週間くらい発育・増殖し、その後マラリア原虫が赤血球に寄生する事で、周期的な発熱、貧血、脾腫(ひしゅ)を起こします。)



▼「埼玉病」とは:だいたい東京のせい

 それはズバリ寄生虫病の一種で、いわゆる鉤虫症(こうちゅうしょう)(十二指腸虫)の事である。

ヒト-ヒト感染はない。


 鉤虫は約1cmの白い小さな虫であり、頭部に鋭い歯をもっているのが特徴で、糞便とともに排出された虫卵が適切な条件の土壌中で孵化し幼虫となる。


 人はこの汚染された人糞肥料を使用した生野菜・浅漬けから野菜についている幼虫を食べる事で経口感染したり、その畑の土の上を裸足で歩く事でその皮膚から浸入し、肺・気管支・喉頭を経て消化管に入って、小腸粘膜で成虫となり排卵を開始する。


 特にたくさんの幼虫が皮膚から入った場合に、その部分に点状の皮膚炎が起こります。

また、たくさんの幼虫がついている若菜の浅漬けを食べたあとでは吐き気を起こし、のどのかゆみやせきが続くことがあります。


 さらに成虫になると、鉤虫は鋭い歯を小腸の粘膜に潜り込ませて寄生し、1日に0.1~0.4mLの血液を吸って栄養にしていまい、そのため寄生された人は貧血になり、スプーンのように反りかえった白い爪になります。



▼治療と予防:

 便の検査で虫卵が見つかったときは駆虫します。

治療にはメベンダゾール、アルベンダゾール、レバミゾール、ピランテル・パモエイトなどを服用するが、治療には駆虫とともに貧血の治療が必要なこともあり、鉄欠乏性貧血の治療も並行して行い、2週間の間隔を置いて検便して完治を確認する。


 予防だが、幼虫は野菜の葉に多くついている為、野菜・特に葉野菜によって感染するケースが多く、よって葉野菜は特に流水で丁寧に洗うことが大切で、綺麗に洗ってあるもの以外は口にしないこと、また皮膚からも感染するので皮膚からの侵入を防ぐために、畑などでは裸足は禁物である。

何故か異世界ではチートの対象になることはまずない。



▼その原因:

 鉤虫症(十二指腸虫)は、戦前までは日本中で症例が多数みられたのだが、大正期に罹病率の高かったのが水田の多い北葛飾郡・南埼玉郡・北埼玉郡の三郡地域であったとされ、ゆえに埼玉県の「埼玉病」と呼ばれていた。

謂わば埼玉県人にそのへんの草を食べさせた結果である。


 これは近世中期以降、この地域が江戸からの下肥需要圏であり、河川を利用した肥船による下肥移入が特に多かったためとされる。


 かつて県下の農家ではその肥料に、大量に安易に放出する糞袋東京からのふん尿を他県以上に大量に使用していたため、蛔虫や鈎虫(十二指腸虫)卵の保有率が全国を上回り、このため赤痢と並んで「埼玉病」と悪評されていたのだ。


 彩の国埼玉は、江戸時代まで河川交通や物資流通の大動脈であった。

その時代の荒川やその支流・新河岸川の河岸場の地図を眺めると、その数の多さに驚く。

この世の賽の河原である。


 河岸場は、単に船が発着するだけではなく、河岸問屋があって、交易の拠点で、利根川中流の中瀬河岸(現・深谷市)は、秩父方面からの荷も寄居を経て運ばれてきて、この付近最大の中継河岸だったという。

江戸へ特産の藍玉や蚕種、米、麦、上りは塩、醤油、酒、海産物、肥料用の干鰯などが主要な荷だったそうで、江戸時代の深谷のにぎわいの理由がこれで初めて分かったと言うものだろう。


 と、同時に県の南部では肥船も重要な比重を占めていた。

バキュームカーすら知らない若い人など見たことも聞いたこともないに違いないが肥船と言うのは、売買されていた人糞を運搬する船の事だ。

特に大名屋敷から出る人糞は食べるものが滋養に富むので値が高く貴重な肥料となった。

当然発酵させてから肥料にするのだが。


 こうして大正半ばになってもまだ県内には、人糞を肥料に使っていたことによる「十二指腸病」・「埼玉病」が残っており死亡率は他の県より高く、また県民の体格も劣っていたという。

水田の多い地方に多かったのだが、それが駆虫剤の投与などで減ってきたのは大正10年(1921年)以降になってからだとか。


 故に、そこらへんの草などをうかつに食べると大変危険なのである。

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