信じてついて行く

クロードの傷口から血が、ポタポタと階段に落ちる。

ミカは肩でクロードを支えながら、階段をあがり10階の部屋の扉までたどり着いた。

10階の扉は、とても豪華な造りで、少し開かれていた。


酷く苦しそうなクロードを座って休ませて、ミカは扉の隙間から10階の部屋の中を覗き込んだ。


部屋の中にある大きな窓が開かれており、月の光が煌々と差し込んで明るかった。

中央に机があり、青い髪の大柄な太めの男性が座って、書面に何かを書いていた。

その男性の後ろには、護衛のようなガタイの良い男性が2人弓と剣を携えて立っている。


(たぶん、机に座っている男性が海の民の族長だな。ここは、海の民の族長の部屋なのか·····。護衛の2人もとても強そうだ。手負いのクロードと、私の力では絶対に敵わないな。まずいな、ここに入るのは事態の悪化にしか繋がらない·····。)


その時、9階の方から声が聞こえた。


「やべぇ!クロード王子が逃げている!おい!お前!しっかりしろ!剣を奪われたのか?」

「どこ行きやがった!探せ!お前らは族長へ報告へ行け!俺は下に行きつつ、皆を起こす!」


(まずい!どうしよう····。いや、この状況なら階段を下りた方がいいな。この狭い階段なら1対1の戦いになる。剣もあるし、それならギリギリ勝てる気がする。手加減してる余裕はないから、殺してしまうかもしれないが·····)


「クロードはここに座って休んでいて!ちょっと行ってくる!」


剣を片手に階段を下りようとするミカの手を、クロードがハシッと掴んだ。


「行かなくていい。·····ミカに人を殺させたくない·····」


「何を悠長なこと言ってるの!このままだと、殺されるよ!」


「大丈夫だ。私を信じて、着いてきてくれ·····」


クロードはそう言うと、苦しそうにヨロヨロと立ち上がり、10階の部屋の扉を開けて中に入ってしまった。


「ク、クロード!そっちには屈強な護衛と、族長が!」


ミカは仕方なく、慌ててクロードの後を追って10階の部屋に入った。

部屋に入ると護衛が弓を構え、族長は席を立ってクロードに話しかけていた。


「これはこれは、クロード王子!首吊り自殺や服毒自殺は気に入らなかったか?ここからの飛び降り自殺の方がいいか?·····おや、そちらの少年は?何者だ名を名乗れ。サムグレース王国の意思で来た兵士なら、同盟は破棄しなくてはならないな。」


ミカは毅然として言った。


「私の名前はミカエル!クロード王子の恋人です!私が個人的に愛している人を助けに来ただけです!サムグレース王国の意思ではありません!なので、同盟を破棄する必要はありません!」


「ガハハハハ·····愛しているときたか!そうかそうか!男同士の恋愛を咎める気は無い·····!だが、死んでもらう!」


族長の合図と共に、護衛の弓から矢が放たれた。


怯むミカの前に、クロードが身を乗り出しミカを抱いて庇った。


「クロード!!!!」


クロードの肩に深々と矢が刺さり、ミカは叫んだ。


その時、海の民の兵士が2人、バタバタと10階に入ってきた。


「族長!クロード王子が逃げ出しました!·····って!ここにいた!って、誰だもう1人は?」


(詰んだ·····もう殺されるしかないのか!?どうしよう、どうしようどうしよう·····誰か助けて·····そう言えばソフィアが困った時にオリバー先生の鳩の力を使えって言ってた·····)


ミカは藁にもすがる思いで「オリバー・ダブの使獣よ我に力を」と唱えた。


途端、厩務員の少年ホセの声が、部屋中に響いた。


「お父さん!ミカエル様を絶対に怪我させたりしないでね!僕が、とってもとってもお世話になってる人なんだ!」


ホセの声を聞き、海の民の族長や兵士達に動揺が走った。

「族長の息子のホセ様の声だ!」


続いて、食堂のおばちゃんアニタの声が響き「族長の奥さんのアニタ様の声だ!」と、兵士達がざわめいた。


「アンタ!クロード君を逃がしてあげなさいよ!私だってイーサン王には、怒りを感じてるよ。でも、息子のクロード君は何も悪くないだろう!クロード君は、イーサン王に冷遇されてて、意見なんて一切通らなかったって話だよ。イーサン王の責任をクロード君にとらせるなんて、喩えるならアンタが小学校までしてた、おねしょの責任を息子のホセにとらせるくらい、オカシイ話だよ。」


(アニタさんが族長の奥さんで、ホセくんが族長の息子さんだったなんて·····ソフィアが声かけて、オリバー先生の使獣の力で2人の声を込めて置いてくれたんだな·····皆ありがとう·····)


ミカが皆に感謝していると、クロードがミカの耳元で囁いた。

「私を信じて、窓から一緒に飛び下りてくれ·····」


(え!?ここ10階だよ!?クロード自殺する気!?·····でも、でも·····クロードを信じてついていこう·····)


ミカは目を見開き驚いたが、頷いた。

クロードを肩で支えながら、皆がアニタさんの声に気を取られてる隙に窓の方へ後ずさった。


アニタさんの声はまだ、続き響いた。


「イーサン王の血筋だ、なんだって話をするならね。人は皆、祖先を辿ればどこかで血筋は繋がってんだ。皆家族みたいなもんじゃないか。殺したり、殺されたりとバカバカしいのはもう辞めにしましょうよ。アナタ。·····ミカエル君とクロード君に怪我させたら、もう一生私の作ったご飯は食べさせないからね!」


アニタさんの声を聞き、族長の厳つい顔が子犬のような顔になりオロオロしだした時、窓の縁に手を付きながらクロードが声をかけた。


「海の民の族長よ!もう私はここから飛び降りるから、今までの事を水に流して、サムグレース王国と同盟を結んでくれ。では失礼する!」


「ま、待て·····」


族長が静止をしたが、クロードは聞かなかった。

クロードは肩に矢が刺さっているとは思えない力強さで、ミカをひょいと両腕で横抱きした。

そしてそのまま、ミカを抱いたクロードは10階の窓から飛び降りたのだった。

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