同時刻に地球とは裏表関係にある天界では天使が地上に『原石』を落とした。『原石』というのはいわゆる預言者の基盤となるものだ。それを受け取った人間は処女だろうが男だろうが懐胎するシステムなので、最近は受け取られずに『勘弁してくれ』と断られることに定評のあるあの『原石』である。今回ももちろん断られていた。

 また同時刻に地球とは裏表の関係にある地獄では、悪魔が地上に『憂鬱』を落とした。『憂鬱』というのはいわゆる戦争の基盤となるものだ。それが蔓延するとどんな国でも争いが産まれる。ちなみにこれは受け取り拒否できないシステムになっているので、これでまた数万人が死ぬことになった。

 そして同時刻、地球にある日本という国の岡山県の北区に位置するある町の片隅にある教会では神父とその神父が保護している幼子がネズミと格闘していた。まずわたしが産まれる瞬間にとって重要になるのはこの神父と幼子だ。


 神父の名前は槙島といった。そして幼子の名前はパケロといった。

 槙島はネズミを外へ追い出してから夕食の支度を始めた。そうして芋がふかし終わったところで槙島はパケロに「いいですか、パケロ」と話し始めた。槙島はいつも穏やかな口ぶりで話す人間だ。パケロは「はい」と返事をした。パケロもまたいつも穏やかに話すように努めている人間だ。


「そろそろ『悪魔』がやってきます」


 槙島の言葉にパケロは神妙に頷く。槙島もまた神妙に頷く。


「悪魔は怒っているように見えることでしょう。しかし悪魔は怒っているように見せているだけで本心では楽しんでいるのです。だから怯える必要はありません。それに……パケロ、きみは悪魔の娘です。だからあなたは悪魔に脅かされることはありません」


 パケロは神妙に頷く。槙島はパケロの黒い髪を優しく撫でた。


「パケロ、しかしきみは自由です。怒りたくなったら怒ればいいし泣きたくなったら泣けばいいのです」

「でも、マキ……悪魔は決して赦されないものと習いました。なら、悪魔の娘たるわたくしは決して赦されないのでしょうか」

「神はすべてを赦されていますよ」


 槙島はウインクをして、パケロは困ったように眉を下げた。


「マキのいうことは聖書からは読み解けない事ばかりです……」

「聖書は言葉にしたものですから真理とはことなります。さあ夕飯にしましょう、パケロ」

「はい、マキ」


 彼らはそうしてふかした芋と炒めた豆を食べた。トマトベースの味付けはパケロの好みで、この日彼女はいつもより多くの笑顔を見せた。明日はパケロの八歳の誕生日だから『それも楽しみだ』という話をしてから、彼らはいつもより早く床に就いた。そうして彼らが夜のとばりに夢の中を探索していたとき――つまりわたしが産まれる一時間前に――教会の前にハーレーダビッドソン1942式FLが降り立った。

 もちろん宙からやってくるハーレーダビットソンは一台しかない。つまりこの教会に降り立ったのは――『悪魔』である。


「ハァ」


 『彼』はその髪をバリバリと掻きむしった後、ハーレーから降り、教会を見上げた。彼は悪魔なので可能な限り教会というものには近づきたくないと考えていた。教会に入ると全身が筋肉痛になるのだ。しかし彼はその教会に入らなくてはいけない用件があった。


「……I really don't want to do this job.マジで入りたくねえんだよなあ


 しかし彼は渋々教会の扉を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る