掌編小説・『ネッシー』

夢美瑠瑠

掌編小説・『ネッシー』


                           掌編小説・『ネッシー』


           1 ネッシー探査計画

 何とかネス湖に棲息していると噂されている、謎の首長竜「ネッシー」の、消息を追った気宇壮大な記録映画を作りたい、過去の様々なネッシーにまつわる伝説を映像と音で再構成して、現代へつなげてきて、人々にネッシーの実在を確信させた挙句に、ネッシーが出現した決定的な瞬間を実際に撮影し、出来ることなら、捕獲でもしたい、そういう野心的な目的の大がかりな国家的なプロジェクトを、某国が計画して、そのために百億弗単位の予算が投入された。


 某国の大統領には一種の「山師」的な面があって、ギャンブル好きだった。

 つまり、もしネッシーの捕獲に成功した場合には計り知れないリターンがあるからという、これは国威を賭けたギャンブルでもあったのだ・・・


 まず、湖岸に大規模な「ネッシー探索基地」が建造されて、それからネス湖を隈なく探索できる原子力潜水艦が建造された。

 潜水艦は、今日、ネッシー記念日の6月9日に進水された。

「ネスサーチ1号」と名付けられたこのサブマリンは、ネス湖全体をリアルタイムに

超音波で探査できる魚群探知ソナー「SONK・・・System Of Nessie Killer 」を装備していて、尚且つこれには探知した存在を、リアルな映像に再現するというテクノロジーも完備させていた。

 つまり、何かネス湖内のどこかに大きな生き物の存在が感知された場合には、すぐリアルにその姿が映像化されうるというわけなのだ。

 存在のスケールも自在に設定出来うるので、10センチくらいの魚でも探知可能で、そのビジュアルとロケーションが詳細に映像化できるのだ。

 ネス湖の中にゆっくりと沈んでいく「ネスサーチ1号」艦の中に、船長に指名された25歳の美貌の女性、ジェーン・ワイオミングがいた。


「この潜水艦からはネッシーも逃げられはしまい・・・」


 彼女はサングラスをした顔を、少し笑いで歪めてつぶやいた。

 某国の科学技術庁の官吏であるが、生物学博士の肩書と、南極探査船に3か月同行したという経歴があるので、抜擢されたのである・・・


             2 巨大生物との遭遇 

 ジェーンはツイッターに「現在、ネス湖に潜航成功中。これよりネッシーを探索開始します・・・」と投稿した。

 ネッシー捕獲の計画はすでに世界中に知れ渡っていて、ネッシーに興味のある多くの人々がたちまちジェーンのアカウントをフォローして、フォロワーは160万人に膨れ上がっていた。

 リアルタイムにネッシー探索の様子が窺える!

 これこそネットとSNSの真骨頂のような事件だった。

「ネスサーチ1号」は世界中の期待を背負って、少し艦体が重く感じるくらいだった。

 ネス湖全体に超音波の網の目を巡らせたが、当初巨大生物が生息しているという、

形跡は見られなかった。

 二日・・・三日・・・潜水艦は潜航と浮上を繰り返して、辛抱強く観測を続けた。

「ハロー。ネッシー探索三日目です。ソナーには何の影も浮かびません。引き続き、

探索を続けます・・・皆に朗報を届けられることを期待します。」

 ジェーンはまたツイッターにつぶやいた。膨大な数の、励ましと「いいね!」が

返信された。そうして成果のない日が24日続いた後、25日目にSONKのレーダー網に巨大な生物の影が浮かび上がった!

「ハロー。多分?ネッシーをレーダーが把捉しました!全長は30メートル超。ジュラ紀に棲息していたプラキオサウルスに酷似した姿がモニターに浮かび上がりました!その映像も投稿しておきます」

 大変だ!やはり本当にネッシーは存在した!

 ツイッターはものすごい騒ぎになった。古代の首長竜そのままの、ぬめぬめと黒光りした、巨大な恐竜の、「現実の」映像が、世界中に氾濫する、そういう前代未聞の事態が出現したのだ!映像は必ずしも鮮明ではないものの、恐竜は確かに動いていて、シロナガスクジラとか、そうした桁外れに大きい動物の映像を彷彿させる、優雅なくらいの豪奢な巨大感に満ちていた。

「スゴイ!ネッシーは実在したんだ!」

「これは今世紀最大の事件だ!」

「FANTASTIC!」

「動いてる!怪獣だ!」

「ネッシーを捕まえたらもうあなたはジャンヌダルク以来のヒロインです!」

・・・そういう天文学的な数の返信がジェーンワイオミング船長のもとに届いた。

 現実のネッシーはなんとなく動作がファンタジックで無邪気な感じで、映像を見たフォロワーからの「カワイイ♡」という感想も多かった。

 どこからともなく現れた、このネッシーの行動からすると、やはりネス湖にはどこかに抜け穴があって、海?とつながっているという、そういう説が正しいらしかった・・・


            3「ネッシー」捕獲作戦

 ネッシー捕獲という世紀のプロジェクトは話題が話題を呼んで、某国の通貨も株も高騰の一途を辿っていて、「ネッシー発見!」の報を受けて、そのバブリーな現象は頂点に達した。

 大統領のギャンブルは莫大なリターンを得て成功を収めた、とそういう格好だった。  

・・・ ・・・

 「ネスサーチ1号」は、強力な麻酔弾と50メートル超の巨躯にも対応できる強靭な材質の捕獲網を、ネッシーの生け捕りのために、準備していた。

 ネッシーの映像が出現した地点までには、全速力でおよそ16分かかり、ネッシーは多分おとなしい?草食恐竜だろうから危険は少なくて、コンピューターの計算では捕獲の成功可能性は86%と算出された。

「ハロー。ネスサーチ号はネッシーという「龍」をほぼ「掌中の珠」としました。

まもなくネッシーを確保する瞬間という素晴らしい映像を皆さんにお届けできると思います・・・」とジェニーはつぶやきを送った。

 ツイッターの熱狂は沸騰点に達して、ツイッター社のホストコンピューターがシステムダウンしてしまった。

・・・ ・・・

 最も人口に膾炙しているUMA・ネッシーとの第三種接近遭遇・・・その人類の夢が実現する寸前だった。・・・

 かっきり16分ののちに、潜水艦の全面のモニターに、巨大な古代の恐竜の系譜を継ぐ、伝説の怪獣の壮大なシャドーが、出現した!

 浮かび上がったネッシーの巨躯にはすさまじい迫力と底知れない膂力が感じられたが、それでもその姿には草食獣らしい、どことなく穏やかで、優しいニュアンスが漂っているのだった。

「見て、本物のネッシーよ!スゴイ!海草を食べている。だいたい13メートルくらい離れている。麻酔弾発射可能。確保も可能な距離です。発射!」ジェニーは命令を下した。

 ギュルギュルギュルーと麻酔弾が5発ネッシーに向かって撃ち込まれた・・・

 シャチやトド等で実験済みで、多分ネッシーは程なくぐったりするはずだった・・・

「?」

「おかしいわね?全然効果がない。平然と泳いでいる。やっぱり怪物ね。もっと撃って!」ジェーンの命令で、ありったけの麻酔弾が盛大に発射され、もしかしたらネッシーの命も危惧されるくらいだった。・・・しかしやはりネッシーは平然と海草を食べていた・・・

 

               4 幻影肢

 ネスサーチ号はネッシーを目前にして、小一時間あまり、悪戦苦闘して、何度か捕獲網をキャストしたりもしたが、ネッシーには一指も触れることができず、空しい努力となった。

 ナッシーは海草を食べ終えると、巨大な尻尾を翻しつつ、悠然と泳ぎ去り、やがてレーダーからもそのシャドウは杳として消え去った。

「ガッデム!なんてこと?あと少しだったのに…あの怪物は実体がないの?」

 ジェーンは歯噛みして悔しがったが、もう後の祭りだった・・・

・・・ ・・・

 その夜、疲れ果ててベースメントで眠っているジェーンの夢枕に、「叡智」を具現化している、いわゆる「老賢者」のアーキタイプが現れた。老賢者はジェーンに切々と説き始めた・・・

「ジェーンよ・・・教えてやろうか?ネッシーというのはな、滅亡した古代の恐竜のいわば、幻影肢、ファントムなのじゃ。不意に突発的な隕石の落下で滅亡した恐竜族には、地球自体が厖大なる記憶と一種の哀悼の念を有している。

 それで現れる亡霊・・・それがネッシーなのだ。

 だからネッシーを捕まえようとしても無駄なのだ。幻影の腕のようなものなのだから・・・

 哀切な存在であるネッシーには、だから我々は地球にかつて最も栄えた恐竜という種族へのオマージュとして敬意を捧げて、静かに見守る態度を持つべきなのじゃ。

 乱暴なことはやめておくのだな。もうネッシーの恩恵をそなたらの国は享けている・・・」

・・・ ・・・

「はっ」とジェーンは目覚めた。生々しい夢だった。

 そうだったのか・・・

 ネッシー捕獲のほうが愚かな夢で、今の夢は真実なのだろう・・・

 

 しかし夢のことを言っても、誰も信じないかもしれず、相変わらず人々は「現実の」ネッシーを追い求めるだろう。

 ジェニーはとにかくもう「ネスサーチ1号」の船長の座のほうは辞するという、そういう決意を固めていた。



<了>



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掌編小説・『ネッシー』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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