第3話 他愛ない話 -高村光太郎さん ごめんなさいー

ビルの谷間の小さなアパート

君は

洗濯物を取り込む手を止め

「東京には空が無い」とポツリ。


「智恵子抄?」

僕の問いには上の空。

電線に留まった雀達のさえずりに

楽しそうに耳を傾けている。


君の心の中には

想像という名の『聞き耳頭巾』がある。

今日は何が聞こえているのだろう。


ご近所のうわさ話?

仲間の悪口?

いや 

君は、その手の話には興味なかったね。

きっと、他愛ない優しい話。


僕にも『聞き耳頭巾』があればいいのに…。

そうすれば

君の心の声が聴けるのに…。


君と僕のつながりは

記憶の中の故郷の青空。

共に過ごした子供時代

ただ、それだけ。


でも…

それすらも

時とともに 薄らいできて…。


黄昏が作り出す君の影が

そのまま、闇にとけてしまいそうで…。

僕は、少し不安になって

背中からそっと抱きしめる。


我に返って振り向いた君は

あどけない微笑みをうかべ

真っ直ぐなまなざしで僕を見つめた。


何もかも、あの頃のまま。

大丈夫…。

僕の小さな不安はかき消され

日常が戻ってきた。



洗濯物を取り込みながら

「ところで、さっきの塩コショウって何?」と

尋ねる君が可愛くて…。


「塩コショウじゃなくて、智恵子抄」

僕は、笑いながら、

もう一度、そっと抱きしめる。

君の存在を確かめるように…。


ー完ー



お題は『記憶・悪口・電線・ビル・つなぐ』















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