第58話 決心☆ひろみの覚悟


「ひろみ、私とレンジの話、ずっとそのテーブルの下で聞いてたんでしょ?」



 私がひろみにそう尋ねると、ひろみは何も言わず、俯いてしまった。私はため息をひとつつくと、ひろみに向き直った。



「ほら、ここ座って」



 私は今座っているソファの隣をポンポンと叩く。しかし、ひろみは一向に座ろうとしない。それにすこしイラついた私は強引にひろみの手首を掴むと、無理やり隣に座らせた。たしかにひろみがこうなってしまうのもわかる。今まで信じていたものが無くなったんだから、心に受ける傷もそれなり深いだろうし、何より、トップが敵だと知ってしまったのだから、それこそショックは計り知れないだろう。

 でも、それでも、口を開こうとしないひろみ対して、私はあえて正面に回り込み、ひろみの顔をじっと見つめる。



「ねえ、ひとつだけ訊かせて、ひろみ」


「…………」


「あんた、どうやって〝力〟を手に入れたの? あの心臓破坂の子たちみたいに、インベーダーから貰ったの? それとも──」


「死んだんだよ」



 ひろみが口を尖らせて、ぶっきらぼうに言う。



「どうやって?」


「……それ、訊くか? フツー」


「訊くよ。お姉ちゃんなんだし。フツーじゃない」


「言いたくない」


「わかった。じゃあ訊かない」


「はあ? なんだよそれ」


「言いたくないなら訊かないよ。……とにかく、私はひろみがなんで力を持ってるか・・・・・・・・・・が知りたかっただけだし、今はその力が誰かから貰ったものじゃなくてホッとしてる」


「ホッとしてるって……貰ってたとしても、普通に80年くらい生きられるなら別に大丈夫だろ」


「そういう事じゃないって。インベーダーなんかに譲渡されなくてよかったねって意味だよ」


「……いや、純粋な能力持ちも、インベーダーから能力を貰ってたとしても、結局変わらねえだろ」


「いーや、違うね」


「なにがだよ、言ってみろよ」


「感覚的に、なんか違う」


「ほら、姉ちゃんも説明できないんじゃん」


「あのね。説明出来ないからって、それが正しくないとは……まあいいや。理由の言語化でしょ? むぅ、改めて言葉で説明するとなると……まあ、誰みたい、とは言わないけど、こんな所に貰いに来るくらい、追いつめられてなくてよかったって事じゃない?」


「誰の事だよ」


「秘密」


「ふん、ま、追いつめられるも何も、俺、一回死んでるけどな」


「いやいや、もちろん、ひろみが一回死んじゃったのは悲しいよ。けどね、なんて言うか、こうやってまだ生きてるじゃん? そういうのも含めたうえで、よかったねって」


「意味わかんねえよ……」


「ごめん。私だって自分で何言ってるか分かんないや。自分でもまだ色々と整理できてないところがいっぱいあるし……何より、色々ありすぎた! にしし!」


「……っち」


「とにかく! もう昔みたいに変に意地悪したりしないからさ、帰ろうよひろみ。ね? もう魔遣社も無くなったんだし、S.A.M.T.うちに来なって」


「いや、意地悪とかそういうのはどうでもいいけど……」


「あー……ツカサの事、気にしてるの? 大丈夫、大丈夫。あの子、怪我はしてるみたいだけど、そんなにひどくはなさそうだからさ」


「あのなぁ……」


「うんうん。なんなら、お姉ちゃんも一緒に謝ってあげるから」


「いや、だから……」


「あ、もしかして、馴染めるかどうか心配してるの? 大丈夫、お姉ちゃんもまだ入って二日目だけど、今のところ皆よくしてくれてて──」


「──そう言うのが要らねえって言ってんだよ!」


「え?」



 ひろみの凄味を帯びた剣幕に、私はおもわずたじろいでしまう。

 何この子、なんでこんなにキレてんの? 私、何かしました?



「い、いつまでも俺をガキ扱いしやがって……! いつまでも、俺の上にいる気になりやがって……! ただ俺よりも早く生まれたってだけのヤツが、母親みたいなツラで俺に接して来てんじゃねえよ!」


「ム」



 いきなり強い言葉を使われ、拒絶され、私もカチンと来てしまう。表情も険しくなってしまう。だってそこまで言わなくてもいいじゃん。私だってひろみの事、ちゃんと考えてあげているのに。



「あんた、誰に向かって口答えしてるの……?」


「姉ちゃんだろ」


「あんた、今お姉ちゃんに対して、そんな言葉遣いになってるの、気づいてる? ねえ?」


「ここ、怖くねえって言ってんだろ! ……も、もうその脅しは俺には通用しねえからな……! だから、やめとけ!」


「効いてるみたいだけど」


「お、表に出ろ! 俺と勝負だ!」


「はあ? あんた何言って──」


「姉ちゃ……いや、キューティブロッサム! いいかげん俺は弟として、男として、魔法少女として、あんたを超える! あんたは、昔から目の上のタンコブなんだよ! ……いいか、ここで俺はあんたを飛び越して、それで……魔法少女の高みに近づいてみせる!」


「それはそれでどうかと思うけど……」


「るせー! ついて来い! 俺は先に出てるからな! 逃げるんじゃねえぞ!」



 ひろみはそう捲し立ててくると、ガタガタと震えながら社長室を後にした。ひろみが部屋を出て行った時、「きゃっ!?」という声が聞こえてきたので、おそらく霧須手さんと会ったのだろう。

 ──ガチャ。

 そして案の定、すこし間を置いてから霧須手さんが社長室に入ってきた。



「きゅ、キューブロ殿、今、弟君とすれ違ったでござるが……」


「ビビってた?」


「いいえ。あれは……そう、覚悟を決めた、お──」


「男の目をしてた?」


「いいえ、覚悟を決めた、女子オナゴのような可愛い目をしていました」


「はあああああああ……」



 これ見よがしに両手を腰にあて、バカデカいため息を漏らしてしまう私。



「覚悟を決める……だとォ!? ももも、もしかして……今からひろみ殿、処〇を散らしに……? デュフ、デュフフフ……! 今から撮影機材一式を買いに行っていいでござる?」


「いやいや、散らすも何もひろみ、男だからね!?」


オノコにも 散らす花弁は 有りまする」


「クソみたいな川柳詠まないで?!」


「デュフフ。散りゆく花弁は拙者的に季語にござるから、これは川柳ではなく俳句にござる……」


「どうでもいいわ!」


「デュフ、デュフフフ……じゅるり」


「それで、仕事については……って、おーい、帰ってこーい」



 私は軽く霧須手さんにツッコミを入れると、無理やり現実に引き戻した。

 霧須手さんは口の端で滴っていたよだれを作業服の袖口で雑に拭うと、私に向き合った。



「仕事に万事滞りなく。……むしろ、滞りが無さ過ぎて、拍子抜けしたくらいでござる」


「どういう事?」


「それはこちらが訊きたい。メインコンピューター……つまり、重要データの保管先や社員の登記名簿、業務内容についての書類や、国に申請するべきその他諸々が、一切見当たらなかったのでござる。なんというか……ここはただの入れ物だったようで……」


「入れ物……なるほどね。それがさっきレンジの言っていた〝装置〟という意味の正体か……」



 つまりは、本当にただの装置。ただの入れ物。ただのハリボテだったわけだ。

 この会社は。

 要するに、向こうの目的は私たちを潰せばそれで終了。あとはゆっくりこの国を乗っ取ればいいんだから、細かな手続きや処理なんてせず、ただ勢いそのままこう・・すればよかったんだ。いま、全部分かった。



「あの、キューブロ殿、一体ここで、何が行われたのでござるか? 何故、社長らしき人物の姿が見えなくて、代わりにひろみ殿がいたのでござるか。そして、先刻感じた殺気は一体……?」


「うん、まあ、そうだよね。霧須手さんも気になるとこがあるよね。うん、私も私で色々と混乱してて、まずは私が理解している事だけでも共有しておくよ……」

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