第57話 ぬるぬる☆気遣いインベーダー


「──今更驚かないけど、世界を滅ぼす……て、具体的にはどんな感じで?」


「簡単です。まずは邪魔な魔法少女たちが所属する、S.A.M.T.という組織を社会的に抹殺し、行き場を失くします。その為の装置・・が、ここ、魔法少女派遣会社です」


「つまり、魔法少女と魔法少女をぶつけて、対消滅させようとした、と?」


「概ねその通りですわね。こちらでも魔法少女を雇い、人気を得、世論を味方につけてから、あなた方を叩くつもりでした。あたくしに白羽の矢が立ったのも、その延長戦ですわ。……その後、行き場を失い、バラバラになった魔法少女たちを各個撃破、順次殺害していき、最後に残ったあなた──キューティブロッサムを、あたくしたちの魔法少女派遣会社の総力を以て叩く。これが、ジャンニィ秋山さん……もとい、〝いんべえだあ〟の企み、ですわね。最も、それも失敗に終わってしまいましたが」


「え、えげつないな……」


「ええ。本当に。……あまり言いたくはありませんが、今回の出来事、最初からあたくしも本気でこの作戦に加担していたら、マジで人類滅んでいましたわよ」


「ゲ、マジで?」


「マジです。……考えてもみなさいな。一階のロビーであたくしとあなたが戦っていたら、間違いなく次々に加勢が出て、まずはさっきそこにいた魔法少女さんが、そしてあなたが死んでいましたわよ。それも、二回」


「な、なんかすんません……」


「まったく、自覚を持ちなさいな、キューティブロッサム。なにも腕っぷしが強いだけが、〝強さ〟ではありませんのよ」


「め、面目ない……でも、なんでわざわざ人類を助けるような事を?」


「この様なしょうもない作戦が気に食わなかったから、ですわ」


「き、気に食わない……」


「言ったでしょう? あなたは絶対にあたくしが、直々・・にぶっ潰す、と」


「おっしゃっておられました……」


「だから、他の誰かにあなたを殺されるのは、あたくしとしても不本意でしたの。……ですが、もっとも、この程度でやられてしまうのなら、それまでの魔法少女。と、割り切っていましたが」


「そ、そうなんですね……」


「とにかく、ギリギリ合格。といったところですわね」


「や、やったー……合格だー……」



 いちおう、表面上だけは喜んでみる。



「はぁ……まったく、先が思いやられますわね……」


「あと、もうひとつだけ訊いておきたいことがあるんですけど……」


「……その気持ち悪い言葉遣いを止めたら聞いてあげます」


「さっきの子、霧須手さん……の事なんだけど、覚えてる?」


「ええ。たしか、頭の悪そうな言葉遣いで、日本刀を振り回す子でしたわよね。名前は憶えていませんわ」


「いや、覚え方! ……まあ、だいたいあってるけど」


「しょうがありませんの。だってあたくし、今はあなた以外の魔法少女など、アウトオブ眼中。興味すら湧きませんので……」



 レンジはそう言うと、意味ありげな視線を私に投げかけてきた。私はこれを無視すると続けた。



「それで、その子の元メンバーについてなんだけどさ、ちょっと変な事言ってて、自分たちの力は先天的ではない……つまり、私みたいにロストワールド由来の力じゃなくて、ジャンニィ秋山から授かったって聞いたんだけど」


「あら、ベラベラとおしゃべりですのね、あの子たち」



 レンジの言葉の端に、殺気にも似た不快感を感じ取る。



「……ちょっと、変なことしないでよ?」


「おほほ、それは、どういう意味かしら?」


「手を出すなって言ってんの」


「あら、その様な野蛮な事なんて……ただ」


「ただ?」


本来なら持ち得なかっ・・・・・・・・・・・〝力〟を得る、という行為は、並大抵の事象ではございません。それを無理に自然の摂理に反して得ようとすれば、それなりの代償を払わなければなりません」


「そ、それって……」


「遠くないうちに、あの子たちのところに永遠という名のお迎えが来るでしょうね」


「そ、そんな……っ! せっかく霧須手さんと仲直りしたのに……! どうにかならないの!?」


「〝どうにか〟とは? ……もしかしてあなた、よもやこの状況で、あの子たちの事を気に掛けているのかしら?」


「いや、そりゃまあ……霧須手さんの友達だし……」


「あなたに──あなた如き・・に、そんな余裕があると思いまして?」


「はあ? どういう意味──」


「──あんまり舐めてるとぶち殺しますわよ」



 部屋中の空気が一気にピンと張りつめる。

 弛緩していた筋肉が極限まで硬直する。

 レンジの言葉が質量を孕み、重力を授かる。

 これは脅しじゃない。

 逸らせない目が──

 動かせない指が──

 言葉よりも雄弁に、私に語り掛けてくる。

『お前の目の前にいるのは敵だぞ』

『お前の目の前にいるのは、人が如何なる兵器を用いても倒せなかった敵だぞ』

 ──と。



「──さすが、あたくしの眼力に億すことなく睨み返してくるなんて、さすがあたくしのライヴァルですわ」


「いや、そういうのいいから。普通にビビるから止めて」


「とまあ、突き放してはみましたが、もうあの子たちの運命は、あなたの手の届かないところにあります。有体に言うと、〝もうどうにもなりません〟」


「そう……かぁ……まじかぁ……。せっかく霧須手さん仲良くなれたのに、せっかく霧須手さんの笑顔を見れたのに……」



 霧須手さんがこれを知ったら悲しむだろうな。



「……ねえ、これ、あんまり聞きたくないんだけど、あの子たち、あと、どのくらいしか生きられないの?」


「それ訊いてどうしようと?」


「いや、その、せめて心構えというか、それを知る事で、霧須手さんに伝えるか伝えないかって、選択も出来るし……」


「そう、ですわね……。こちらの感覚で言うと、あと80年くらいで死にますわね、あの子たち」


「……十分じゃん! それもう、天寿全うしてるよ!」


「80年程度で天寿とは……〝人〟の〝命〟と書いて、〝儚〟と読むとは、昔のニンゲンはよく言ったものです」


「……ねえ、もうちょっと勉強しない?」


「あら、あたくし間違えてしまったかしら?」


「何もかも間違ってるよ。……じゃあさ、これと少し似た質問なんだけど、人に力を与えることが出来るって事は、逆に〝力を失くす〟って事も出来るの?」


「ええ、もちろん出来ますわよ」



 その言葉を聞いて、昨日の出来事が思い浮かぶ。



「ねえ……もしかしてだけど、昨日レンジが普通に外出してたのに、空の色が変わらなかったのって……」


「はい。あたくしに敵意がなかったから、ですわ」


「敵意?」


「敵意とは呼んで字の如く、敵に発する意という意味。つまり、あたくしからあなたたちへの害意です」


「ていうことは、インベーダーが害意を持って人の前に現れると、空が紅くなって、コーヒーを飲もうと人の前に現れても、空の色は変わらないって事?」


「理解が早いですわね」


「……やっぱりそういう事なんだよね。ちなみに、それってレンジだけなの? それとも、インベーダー全員がこういう事出来るの?」


「全員です。あたくしたちもなぜ空が紅くなるのかはわかりませんが……それと、さきほどあたくしがあなたを威嚇した時、空の色は変わっていたと思いますわ」


「なるほどねえ。……あれ? それってつまり──」



 つまり、空が紅くなったって事は、ここら辺の人たちはもう避難を開始してて、もうすぐここに色々な人たちが押し寄せてくるって事か。



「おほほほほほ! あたくしがただ、なんの脈絡もなくキレる、情緒不安定なナマモノだと思いまして?」


「あ、うん」


「ひでえですわね!?」


「どの口で言ってんだか」


「……さて、お話も済んだようですし、あたくしはもう帰ります」


「帰るって、あのアパートに?」


「ええ。もちろん。……他にどこへ?」


「いや、マジであそこに住んでるんだなって……」


「マジに住んでいますわ。すこし、いえ、かなり狭いですが、なんとなく落ち着きますのよね」


「まあ、私も住んでたから、何となくその気持ちわかるよ……」


「はい。では、あたくしはこれにて……ごきげんよう、キューティブロッサムとひろみ・・・さん」


「……ひろみ?」



 何を言っているんだ、このインベーダーは、と私が疑問に思っていると、部屋から「ゲ」という声が聞こえてきた。

 レンジは「ふふん」と小さく、得意げに鼻を鳴らすと、床に転がっていたジャンニィ秋山を豪快に肩に乗せ、そのまま扉から出て行った。

 レンジを見送った私は、ゆっくりとした口調で、この部屋にいるであろうひろみに語り掛ける。



「ひろみ、いるの?」



 返事はない。



「……出てきなさい。さっきの聞いたでしょ? もう終わりよ、魔遣社は」



 私がそう言うと、私が居ますわっていると、レンジが座っていたソファの間──そこのテーブルの下から、ぬるっとひろみが出てきた。



「いや、なんでそこに……」

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