第46話 神出鬼没☆ミス・ストレンジ・シィムレス


 私はあの日──私が一度死んだ日、私が記憶している事を全て、目の前にいるツカサに話した。二人組の凶悪犯に襲われた事、刺された事、死にかけた事、そして、殺したこと。ツカサは、ただ黙って、静かに私の言葉に耳を傾けてくれていた。



「──と、いうことなんだ」



 すべてを包み隠さず話した私は、なぜかツカサと目を合わせるのが怖くなり、もじもじと地面を見つめてしまう。



「ごめん、なんか……軽蔑しちゃったでしょ? 私、二人の人間の命を奪ってるんだよ。こんな人間が、ツカサに、〝アネさん〟なんて呼ばれて、慕われる資格なんてない、よね……。ごめんね、隠してたわけじゃないんだけど、いままで言う機会が無かったというか──」



 ぽろぽろと、私の口から言葉が溢れて止まらない。

 私は今、一体何を話しているのだろうか?

 私は今、一体誰に言い訳をしているのだろうか?

 脳と口との乖離かいりが、言葉が、止まらない。


 ──ギュ。

 不意に手を強く握られる。私よりもすこし大きい、女の子の手だった。

 顔を上げると、ツカサが真剣な顔で、まっすぐな目で私の事を見ていた。



「……なんつーか、ウチはべつにそんなの気にしないつーか……いや、違うな……そういう事じゃない……整理しろ、整理しろ……」


「ツカサ?」


「あー……、その、なんだ。ウチは、べつにアネさんがそこまで気に病む必要なんて、無いと思うっスよ。実際、あそこでアネさんがあいつらの事を……その、殺さなかったら、たぶんもっと、被害は増えていたと思うんス」


「だけど私、人を──」


「人が人を……ていうのは、そりゃヤバイ事だと思いますよ。けど、だからといって、そいつらに黙って殺されるのか、て話になると、それはまた違うじゃないっスか。たしかに、もっと違う道、方法があったかもしれないっスけど……相手がアネさんを殺そうとしてきた! レイプしようとしてきた! だから、アネさんは自分の身を守るために、相手を殺した! ……それでいいんじゃないっスか? もっと色々な角度で物事を見るより、もっと単純に考えたほうがいいって事も、あるかも知れないっスよ」



 ツカサはそう言うと、冗談ぽく笑ってみせた。



「しかも、その結果、世の中の人の大多数が、その人を、アネさんの事を持ち上げて、感謝してくれてるんスから。だから、誰もアネさんの事なんて責められないっスよ。そんな資格はないっス。そんなヤツがいたら、ウチがぶっ飛ばしますし。……ウチは、それでいいと思います」


「ありがとう。うん……表面上はね、そうかもしれない。ツカサの言いたい事もわかる。けど、なんというか、心の置き所っていうのかな、そういうのがたまに、あやふやになっちゃうんだよね。ぐちゃぐちゃって、世間の人が私のやった事を、〝良い事〟だと持ち上げてくれていたとしても、私がやった事は、結果だけ見たら〝ヒトゴロシ〟なんだよね。だから、なんだかなぁ……やっぱり重いや」


「なんつーんスかねェ……。やっぱアネさんには、そういうのは似合わないっつーか……」



 ──ギュ。ギュギュ。

 ツカサの、私の手を握る力が強くなる。



「結局のところ、ウチら魔法少女も一緒なんスよね。インベーダーを倒して、皆を守ってるじゃないっスか。で、インベーダーと人間にどんな違いがあるのか、て訊かれたら、外見が違うくらいしかないっスよね? 実際、あいつらの中に喋れるのも何人かいますし。……つまり、そういう事なんスよ」


「……そういうこと?」


「インベーダーは、〝人間〟に対しての脅威だから、排除する。そのアネさんが殺した殺人犯たちも、大多数の女性や子供をに対して脅威だから、排除した。それだけの事っスよ。心がどうとか、結果がどうとか、要は自分の、アネさんの心持ち次第なんスよ。そんなに悩んでるなら、そんなに苦しいのなら、それを忘れられるくらい、今を楽しめばいいんス」



 たどたどしいけど、ちぐはぐだけど、ツカサが必死に私を励まそうとしてくれている。ツカサはツカサなりに、真摯に私と、私の罪と向き合ってくれている。元気づけようとしてくれている。

 まだまだ私の中で、この問題を消化出来そうにはないけれど──これ以上、ツカサの前で、こんな私を〝アネさん〟と呼び、慕ってくれている子の前で、うだうだと悩むのは、大人として、アネさんとして、格好良くない・・・・・・



「うん!」


「……アネさん?」


「よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!!」



 私はツカサの手を振りほどくと、再びつま先立ちになり、ツカサの顔や髪をわしゃわしゃと撫でまわした。今度は変な気分にはならない。



「ちょ、わぷ!? あ、アネさん!? またっスかー?」


「ありがとね! こうやって、ツカサに話せたから、なんか元気が出てきたよ」


「いえいえ、ウチなんかでよければ、またいつでも相談してくださいっス!」


「じゃあ、そうさせてもらおっかな! ……頼りにしてるよ?」



 私が冗談ぽく言うと、ツカサはにんまりと笑ってみせてくれた。



「へへ、ドンと任せてほしいっス! ……それじゃ、今度こそ、ウチはこれで──」


「──キューブロ殿ぉ!! た、大変でござるぅ~!」



 バタバタと、事務所のエントランスから霧須手さんが走ってきた。



「どうしたの? 霧須手さん、そんなに慌てて……」


「いや、それが、魔遣社の件についてでござるが……あ、ヤンキーがいるでござるな」


「だぁれがヤンキーだ! ゴラァ!!」


「ひ、ひぃぃぃ!! 悪霊退散、悪霊退散!!」


「だぁれが悪霊だ! ゴルァ!!」



 ツカサがドガァと一喝すると、霧須手さんは頭を抱え小さくなって、ぷるぷると震えてしまった。



「もういいから。話進まないし」


「す、すんません……」


「ほら、霧須手さんも立って」



 私は縮こまっている霧須手さんに手を差し伸べると、霧須手さんはなぜか、スマホを手渡してきた。



「……なに? どうしたの?」


「速報にござる! いまニュースを見ていたのでござるが……キューブロ殿、どうぞ見てくだされ! あと、ヤンキーもついでに」


「……テメェはあとでぶん殴る……!」



 私は拳をワナワナと震わせているツカサを尻目に、霧須手さんから渡されたスマホの画面を見た。

〝速報〟という大きな見出しが、画面の上部にデカデカと映し出されており、そして画面には──



「──れ、レンジ!?」



 スマホ画面中央。

 まるで野球選手の会見みたいな、会見場。

 戸惑いながら、カメラの前ではにかんでいる女性がひとり。

 長い青髪に、青い肌。

 この姿は間違いなく、今朝見たインベーダーの姿だった。



「な、なんだよ、コレ……! なんでコイツが……テレビに……!」


「ちょ、ちょっと待ってツカサ、なんか……話してる……」


「す、すんません……」



 私はツカサを制し、スマホの音量を最大まで上げる。

 そして聞こえてきたのは記者と思しき男性の声。男性はひとまず自己紹介をすると、おもむろにマイクを握り直し、すこし緊張気味に口を開いた──



『ミス・ストレンジ・シィムレスさん。なぜ、インベーダーである貴女が、急に〝魔遣社〟……魔法少女派遣会社に所属することになったのですか?』

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