現実世界に魔物が現れたのでブラック会社を辞めて魔法少女になりました~PCをカタカタするよりも魔物をボコボコにするほうが性に合っていた私、今更戻れと言われてももう遅い。今の仕事にやり甲斐を感じているので

水無土豆

はじまりの魔法少女

第0話 ブチギレ☆魔法少女


 大きな影。小さな人影。

 平日昼間、小学校のグラウンド。

 本来ならこの時間帯、休み時間を謳歌する学童が、各々、自分たちの好きな遊具、遊戯で、思い思いの時間を過ごしている時間帯……のはずなのだが、そこにはフリフリでヒラヒラでピンキーで、いわゆるロリータファッションに身を包んだ、桃色ツインテール頭の、と、アフリカゾウ程はある巨大なカニ・・が対峙していた。



「──カニカニカニ……! 我々の幹部であらせられるミス・ストレンジ・シィムレス様は忙しいお方なんだカニ!」


「か、カニが……しゃべった?!」



 おもわず芝居がかった、セリフ染みた・・・・・・言葉を発してしまう私。目の前の巨大なカニが、突然、流ちょうな日本語を話してきたのだ。そりゃビックリもします。テンパっちゃいます。だけど、今の目的は〝ミス・ストレンジ・シィムレス〟の後を追う事。こんな、ただの大きなカニに時間をとられている暇なんてないのだ。



「〝ミスターキャンサー〟さん、そこをどいてください。いますぐミス・ストレンジ・シィムレスの後を追わないと……!」



 巨大なカニの名前は〝ミスターキャンサー〟

 人づてに聞いた、このカニの名称。これがこの個体の固有名なのか、その種族を表す学名なのか、私にはまだわからない。わかりたくは……ない。



「ククク……いや、カニカニカニ……ここはミスターキャンサー様が死んでも通さないカニよー!」


「よりにもよって口癖が〝カニ〟って……玄間クロマさんといい、あんたら皆、そんな雑なキャラ付けばっかりですか!」



〝玄間さん〟

 本名、玄間邦彦クロマクニヒコ。現在の私の上司であり、マスカットであり、変人である。今はどこかでこの戦いを見ているはずだ。たぶん。



「もっと設定練り直してこい!」


「カニカニ……何を言っているかわからんが、ここを通りたくばワシ……いや、オレ? ボク? を倒してからにするんだゼ……いや、カニな!」


「いや、キャラもぶれぶれじゃないですか。せめて一人称はしっかり決めて来てくださいよ……」


「う、うるさい! おまえだって、いい歳して変な服着て、恥ずかしくないんカニ?」



 私の口から「うぐぅっ」という残念なダメージボイス・・・・・・・がにゅるにゅると漏れ出る。鈴木桜スズキサクラ、27歳。このカニが言うように、もうこんなフリフリヒラヒラを着て、バトッている場合じゃないのだ。それは私が一番よくわかっている。



「人間の事にはあまり詳しくないカニが、おまえ、どう見たって少女って歳じゃないカニ! 身の程をわきまえるカニよ! この、ババ──」



 ──ブチ。

 その時、私の中で何かが切れた。

 私は無言のままミスターキャンサーの前に、すばやく躍り出ると、たくさんある脚のうちの一本を、羽交い絞めをするように持ち、そのまま体ごと半回転して、バキッと折った。



「あ、あんぎゃあああああああああああああ!? い、いきなり! なにをするんカニ!?」


「いや、ちょっと折ってみようかなって」


「あんたサイコパス!?」


「ええ~? なにそれ~、きも~い。私横文字わかんないんですケド~」


「や、ヤロウ! ぶぶぶ、ぶっ殺してやるッ!!」



 怒り狂ったミスターキャンサーは、その凹凸のある凶悪なハサミを振りかざし、私を捕えようとしてきた。


 ──速い。それもかなり。

 その体の大きさから、もっと動きは緩慢ノロマかと思っていたけど、ピッチャーがボールを投げる時の、腕の振りくらいの速度はある。

 しかも、ハサミはガッツリと開いているから、範囲がかなり広い。広範囲かつ高速。横に避けようにも、上へジャンプして避けようにも、もはや時間的余裕はない。



「だったら──」



 私は腰を低く落として左足を軽く後ろへ引くと、そのハサミを真正面から受け止めようとした。

 ──ガツン!!

 腕から全身にかけて、物凄い衝撃がビリビリ走る。


 ──止まれ! ──止まれ! ──止まれ!


 脚でふんばり、腰で固定し、腹筋に力を入れ、腕で押し返す。

 私は砂煙を巻き上げ、大きく後退しながらも、全身を使い、なんとかハサミの威力を減退することに成功した。



「か、カニィ!? ワシのハサミを、受け止めたじゃと!?」


「あんたの一人称は……〝ボク〟だろうが……ッ!」



 心底どうでもいい事を口に出し、ミスターキャンサーを威嚇する私。



「カニカニカニ……! ならば、このまま挟み殺してやるカニ!!」



 ミスターキャンサーは私の頑張りを鼻で笑うと、今度はそのハサミに力を込めてきた。

 ──ギリギリギリ。

 まるで万力のように、左右から私を締め付けてくる。

 まずい。

 このままだと、私の体は真っ二つになってしまう。



「ほらほらぁ、このままだと、魔法少女……いや、痛い恰好のババアの活け造りが出来上がってしまうカニよ!」


「な──ッ!?」



 ──ブチブチブチィ……ッ!!

 私の堪忍袋の緒が、物凄い音をたてながらぶっ千切れた。たぶん、怒りのあまり、こめかみから出血していると思う。


 もう限界だった。

 私だって、こんな格好をしたいわけじゃないのに、このカニは、いつまでもネチネチと、それを……!



「どぅおりゃああああああああああああああああああああ!!」



 私は奥歯が擦り切れるほど歯を強く食いしばると、ハサミの力に対して、真正面からぶつかった。

 力と力、意地と意地の激突。やがて──

 ……メキ、メキメキメキメキ……メリィ……! バキィ!!

 甲羅の割れる音。

 私の渾身の力により、ミスターキャンサーのハサミが、だらんと力なく開いた。



「か、カニァ……!? ぼ、ボクの、私のハサミが……ハサミがぁぁぁあぁあ!?」



 自慢のハサミをお釈迦にされたのがショックだったのか、ミスターキャンサーは、力を失ってしまった自分のハサミを見て、叫び声をあげた。

 ──けど、そんなもんじゃ終わらない。



「まだまだァ!!」



 私は右手で固く握りこぶしを作ると、「フン!」という掛け声とともに、ミスターキャンサーのどてっぱら。カニの一番柔らかい部分に、拳を叩き込んだ。

 ──ズボッ!

 勢いよく突き出した私の拳が、ミスターキャンサーのどてっぱらに突き刺さる。



「か、カニ!? な、何を……なに……をおおおおおおおおおお!?」



 私は一旦、固く握りしめていた拳を開くと、ぶにょぶにょとしたカニみそを掴み、勢いよく引っこ抜いた。

 ──ズル、ズルルルルルルルルルゥゥゥ!

 鼠色のカニみそが、まるで間欠泉のようにミスターキャンサーの腹から噴き出る。



「ぐ、ぎゃあああああああああああああああああああす!!」



 ミスターキャンサーが、カニとは思えない流ちょうな叫び声を上げながら、のたうち回る。



「ハァ……ハァ……ハァ……!」



 私は引き抜いたカニみそを手に、息を切らしながらミスターキャンサーを睨みつけた。



「お、鬼……! お、おお……おまえは、魔法少女でも、ババアでもなく、ただの鬼ババアカニ!」


「ンだとォ!?」



 消えかかっていた怒りの炎が再燃する。



「ひ、ひぃ!?」


「さっきから人が傷つくことを、ネチネチと……覚悟は出来てるんだろうな!」


「な、何のことカニ!? もしかして、ババアって言ってることを怒ってるカニか?!」


「それ以外ねえよなァ……!」


「でも、おまえ、間違いなく少女には分類されないカニ! だから、ババアをババアって呼んで何が悪いんカニか!」


「おまえが侵攻しているこの国にはな、〝建前〟と〝本音〟っていう素晴らしい文化があるんだよ! せめて敵対するなら、敵の文化について調べてこいやァ!」


「こんな、こんなの、横暴カニよ!!」


「うるせえええええええええええええええええええええ!!」


「どひゃあ!?」


「おう……いいか、それにな、私はな……いや、二十七歳はな、まだまだ若い世代なんだよ。ぴちぴちなんだよ。人生百年時代と言われるこの時代で、まだその五分の一をちょっと過ぎたくらいだぞ?」


「……どちらかというと、四分の一じゃ……」


「黙れッ!」


「ひひぃ!?」


「そんな私がババアだったらよ、この世界の人間のほとんどがババアじゃねえか……! どうすんだ、これ! 手に負えねえだろ!」


「いや、手に負えないのはおまえカニが……」


「うるせえ! そして訂正しろ! 二十七歳はババアじゃなく、お姉さんだと言え!」


「つ、付き合いきれんカニ! こここ、このババア……、か、完全に目がイッちゃってるカニ!」



 ミスターキャンサーが、使い物にならなくなった脚を自分からちぎって、一目散に逃げだした。

 聞いたことがある。

 カニの中には、天敵と遭遇した時、自分の脚や腕を身代わりとして差し出す習性があるカニもいると。

 だけど──



「──だれが逃がすかァ! ボケェ!!」



 私は必死に逃げるミスターキャンサーに追いつくと「ふんぬぬぬぬぬぬォ……!!」という可憐な声と共に、その巨躯を持ち上げ──大きく上空へ跳んだ。そして──



「──必殺! パゥワーボォォォォォォオオオム!!」



 相手の体を持ち上げ、背中から地面に叩きつけるプロレスの大技。

 対象を持ち上げ、落とす際の重力と、術者の背筋と腹筋が織り成す、ハーモニー。

 私は、私の最大火力を以て、ミスターキャンサーを小学校のグラウンドの中央に叩きつけた。


 ──ズガァァァアァァアアアアン……!!


 地面はまるで月面のクレーターの如く大きく凹み、対象であるミスターキャンサーの甲羅はヒビ割れ、叩きつけられた際に発生した熱によって、茹で上がったカニのように、赤く変化してしまった。

 もはやピクリとも動かない。


 ──カンカンカンカンカーン!

 鳴る筈のないゴングが脳内に響き渡る。

 勝った。

 私は勝ったのだ。

『誰に?』とか、そんな無粋な事は聞くな。

 私は右手拳を振り上げると、無言で、高らかに勝利を宣言した。……が、それと同時に何か・・が頬を伝った。雨だろうか。……うん、これは雨だ。

 その刹那、数か月前の出来事が、記憶が、鮮明に蘇る。

 それは、あまりにも遅い走馬灯だった。

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