第33話 ズババ☆斬り捨て御免の魔法少女
「おはようございまー……?」
S.A.M.T.事務所の扉を開けて、固まる。
朝から変なものを食べてテンション低めだった私の気分が、さらに落ち込んでいく。
「え、えーっと……何してるんですか、クロマさん?」
事務所の真ん中で、プリン何某の着ぐるみを着て、仁王立ちしているクロマさん(?)に話しかける。が、無言。
心なしか、私のほうをちらりと見たような気がするけど、なんで無視するんだろ。
「あの、なんでずっと黙ってるんですか……?」
私がそう尋ねてみるものの、クロマさんは返事すらしてくれない。
──あ、もしかして、飾ってあるだけなのかな。いちおう昨日も使ってたし、着用しないときはここに飾ってあるだけなのかもしれない。
私は無理やり納得すると、ゆっくり着ぐるみに近づいていった。
『──あ、あな、あなあな、たが、新しい、まほ……少女ですかぁ?』
着ぐるみからくぐもった声が聞こえてきた。
私は進めていた歩を止め、着ぐるみから距離をとる。
一瞬、あらかじめ録音してある音声かとも思ったが、声に合わせて着ぐるみも小刻みに動いていた。
という事は、この声は、着ぐるみの中の人の肉声。
ただ問題なのは、この声の主が明らかにクロマさんではないという事。そもそも性別からして違っていた。この声は明らかに女の子の声だった。
クロマさん以外で、この着ぐるみを着るような女の子といえば……ダメだ、思い当たるとかいう以前に、ここの人たちの事を知らなさすぎる。この職場で知ってる人といえば、あとはツカサくらいだけど、ツカサがこんな事するはずないだろうし……。
「えっと……」
考える。さきほどの着ぐるみの質問を。
ここで馬鹿正直に、自分が魔法少女である事を告げるのか、否か。
仮に興味本位か、悪戯でこの事務所に入った一般人だったら、絶対に名前は明かしてはいけないし、私自身、死んでも『私がキューティブロッサムです』なんて言わないけど、たぶん、それは無いと思う。
実際、ここのセキュリティはかなり厳重で、この雑居ビル内に入るだけでも、網膜認証と指紋認証と職員用のIDカードを持っていなければ、入ることすら出来ないのだ。
さすがは
とにかく、そういった理由から、一般人がここまで入り込むことはかなり難しい。
つまり、目の前の着ぐるみの人は、おそらくS.A.M.T.と何かしらの関わり合いがある人。だったら、べつに嘘をつく必要もない。
「は、はい……私が魔法少女ですけど……」
『じ、じゃあ、あな、あなたが、あた、新しい、まほ……少女の方、な、なんですね……』
途切れ途切れ。特徴的な話し方をしているけど、おちょくっている感じや、敵意は感じられない。内容もギリギリわかる。気にする必要はない。
『し、しかし、しょ、少女、には……デュフフ、み、見えませんな……ww』
前言撤回。
おちょくっている感じも敵意も感じられる。
「よ、余計なお世話です。私だってべつに、魔法少女になりたくてなったわけじゃ……!」
『き、昨日のあれ、みみみ、見ました、よ。き、キューティブロッサム……』
「昨日のって……」
『みみ、ミスターキャンサーとの戦いにて候。あれは……ひどかった……ww』
「う……、あ、あれは……私もつい熱くなったっていうか……」
『デュフフ……レポーターの人とか、普通に吐いてたし……でも、いい気味……w あ、あの人、じじじ、自分が売れるために、い、いろんな男に股……ひひ、開いてたんすよ……w』
「はぁ……あの、失礼ですけど、あなたは?」
『す、すみませぬw 自己紹介が遅れ申したw せせせ、拙者、性を田中、名を太郎と申す流れ者にござる。……フォカヌポウw』
「絶対偽名ですよね……」
『だ、大草原不可避。人の名をコピペ呼ばわりとは。そそ、そんなわけ、なかろうもん』
この人はまだ軽口を続けるつもりなのか。
これ以上話していても無駄だと思った私は、田中太郎(仮)に近づいていくと、着ぐるみの頭部をガバッと取り上げた。
『ひ、ひィ!? 悪霊退散! 悪霊退散!』
「だれが悪霊だ……って」
中から出てきたのは、嘘みたいに厚い、まるで牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた、三つ編み頭の女の子だった。
女の子は着ぐるみの頭がとれているのに気づいてないのか、パタパタと両手で十字を切るような真似をしている。
「……誰?」
「あ、あわ……あわわわ……あわわわっ……!」
ようやく気が付いたのか、女の子は私の顔を見るなり、そのままぺたんと尻もちをついて転んでしまった。
失礼なやつだ。
「あの、大丈夫?」
「せ、拙僧の、け、ケツが……」
「お尻が……?」
「ふたつに割れたかも」
「……それで、本当の名前は?」
私はそのボケに一切ツッコまず、女の子に手を差し出した。
女の子はそのモフモフの手で、何度も眼鏡をカチャカチャと上下させると、やがて諦めたのか、眼鏡がずれたまま私の手を取った。
グイ。
私は腕に力を込めて、女の子を助け起こした。
「デュフフフ、見事なまでのスルースキル……。そこに痺れるかもしれないし、憧れるかもしれませんなぁ……」
「はいはい。そうですか」
「せせ、拙者の真名は
「魔法少女……あなたが……?」
「わ、わかります。その顔、わた……拙者のような、いい、陰の者が、ままま、魔法少女なる陽の者に、な、なれるわけないって、思ってるんでしょう?」
「いや、そんなの思ってないけど……」
「……き、気を遣ってくれてるのでござる?」
「ううん、そもそも、べつに魔法少女に陰も陽もないでしょ」
「マジにござるの助?!」
「ま、マジに……なにそれ? というか、魔法少女ってべつに条件とかないでしょ。あの時に、死にかけたら半インベーダー化するってだけで──」
「──なるほど、芝桑さんからお聞きになられましたか」
急に、私の背後から声が聞こえてくる。
振り返ると、相変わらず無表情なクロマさんが立っていた。
一日経って、風呂入って、飯食って、布団で寝たら、無表情もなくなるかな。と思っていたけど、クロマさんは相変わらず、眉毛一本すら動かす気はないようだ。
「……おはようございます」
「はい。おはようございます、鈴木さん、霧須手さん」
「おお、おはお……おっはー、でござる。クロマ殿」
霧須手さんがフランクに挨拶を返した。
「……鈴木さん」
「あ、はい。なんですか」
「昨日は芝桑さんから、どれくらい魔法少女についてお聞きになられましたか?」
「──どええ!? ももも、もう、あの、ヤン……しし、芝桑さんと、なか、仲良くなってるです……? 尋常ならざるコミュ力……拙者もあやかりたい侍……」
「いや、いきなり仲良くなったわけじゃなくて、ツカサとは昔馴染みで……まあ、今はこの話は置いといて……。どのくらい魔法少女について聞いたか、ですよね。基本的に、私が訊いておきたい情報は全部話してもらったんですけど、……なんでクロマさんが教えてくれなかったんですか?」
「訊かれなかったからです」
「いや、そんな小学生みたいな言い訳を……意図的に隠してるような節もありましたし……」
「……というのは冗談ですが」
「じじ、冗談なら、せせ、せめて笑おうずw クロマ氏w コミュ障の拙者でもそれくらいは心得ておるゾw」
「霧須手さんの言う通りですよ。『語尾にダブリューをつけろ』までは言わないですけど、冗談を言うのなら、せめて『デュフフ』くらい、わかりやすくわらってください」
「デュフフ、申し訳ありません。言わなかった……というより、言う時間がなかった、と申し上げたほうがよかったですね。デュフフ」
「キモ。……まあ、たしかに、反省会を早めに切り上げて、ツカサと一緒に帰ったのは私だから、あんまりクロマさんの事を責めることは出来ないんですけど、言おうと思えばいつでも……」
うーん、ここで不毛な言い合いをしててもしょうがないか。訊きたいことは聞けたんだし、この件に関しては、私の中でクロマさんに対しての心証が下がっただけだ。
「まあ、もういいです。それで、クロマさん……」
私は霧須手さんを一瞥すると、クロマさんに向き直った。
「この子は一体……? 魔法少女というのは本人から聞いたんですけど……」
「はい。霧須手さんはS.A.M.T.所属の魔法少女で、今日から前線に復帰します」
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