第23話 マジ☆萎えぽよピーナッツ


 守ってもらえた・・・・。気遣ってもらえた・・・・

 そんな経験、私にとって初めてだった。その時の私にとっては、それがすごく嬉しかったのだ。

 それまでの私の中での男のイメージといえば〝傲慢〟だった。

 特に理由もなく〝女だから〟と勝手に見下してきて、ボコボコにしたら今度は〝女のクセに〟と僻みを言ってくる。軟弱で軟派で、何故かいつも偉そうにしてくるヤツら。

 そんな私の価値観が、その瞬間、音をたてて崩れ去ったのだ。

 あと、単純に顔がかっこよかった。


 それからというもの、私はきっぱりと不良を辞め、ひたすらに女を磨いた。

 まず、いままで焚火の燃料にしか使用していなかった、ファッションや美容系の雑誌を、皆に隠れて読み漁った(読んだ後は燃やしたが)。

 そして、そこには『男の人は華奢で、守ってあげたくなるような女の子が好き』だと書いてあったので、私は無駄に発達していた腕や背中、脚の筋肉と、割れていた腹筋を落とす事から始めた。大好きだった白米と肉のコンボも出来るだけセーブし、炭水化物を極力控えた。運動も筋トレではなく有酸素運動のみを心掛けた。結果、筋肉は見事におちたものの、すこしだけ疲れやすくなってしまった。


 次に、『可愛い仕草や言動で男子にアピール』と書いてあったので、乱暴だった口調も普通に矯正し、テレビに出ているアイドルの仕草なんかを真似た。ついでに化粧のやり方もお母さんに習った。


 どこかで聞いた歌の歌詞に『家庭的な女がタイプ』とあったので、いままで焼き芋しか作ってこなかったけど、色々な料理に挑戦し、手芸部にも入った(手芸部の人たちは私が入部した途端、どっかいっちゃったけど)。


 最後に『賢くて、小悪魔的な女の子も人気』と書いてあったから、普通に勉強も頑張って、そこそこの大学にも入った。そして、聖書に出てくる悪魔なんかにも少しだけ詳しくなった(これは後になって意味がない事を知ったけど)。

 とにかく、私があの時出来ることは全部した。

 あとは卒業式の日に、私の思いをぶつけるだけ……だと思っていた。


 ──そして卒業式の日。

 別れを惜しみ、泣きついてくる舎弟たちをそこそこに相手して、私は初めて彼と出会った場所に向かった。今度はちゃんと公共交通機関で。

 私がそこに着いた時はすでに夜になっていた。

 奇しくもあの時と同じ時間帯。バスや電車を乗り継いで来たのに、自転車のほうが速いのかよ。……なんて事を考える余裕はなく、私は緊張を紛らわせる為に、肉まんではなく、チョコレート菓子を購入した。

 あの時と同じように光るネオンに電光掲示板、けたたましく鳴り響く街頭ビジョン広告等々が、今の私にはなぜか懐かしく、輝いて見えた。


 私は一年かけて編んだ、プレゼントのセーターを後生大事に抱え、夜の繁華街をゆっくりと、あの時、目に焼き付いた彼の姿を探しながら歩いた。名前も住所も連絡先も知らない彼。その時の私はたとえ何日かかってでも、そこを探すつもりでいた。──が、その瞬間はすぐに訪れた。



『──ねえキミキミ、ひとり? 可愛いね、どこから来たの?』



 またか。

 もはや〝ゾーン状態〟と言っていいほどに集中している私にとって、声を聞き分けるというのは、焼き芋を焼くよりも容易い。

 このチャラい声は、あの時、私に声をかけてきたあのチャラ男だ。間違いない。

 それにしても、やっている事自体は褒められた事ではないが、ここでずっと声掛けを続けているという事は、案外、この男も真面目なのかもしれない。



『はぁ……、またですか。あなたも本当に懲りませ──』



 嫌味のひとつでも言って、華麗に躱してやろう。

 あの頃の私とはひと味もふた味も違うのだ。

 私はそう自信満々に振り返ると──とんでもない光景が目に飛び込んできた。



『待った?』

『いや、今来たところ』



 そこにはあのチャラ男と、そのチャラ男に親し気に抱きつく彼の姿だった。

 それは、仲のいい男子同士がふざけ合う時のような軽いものではなく、どこからどう見ても親密な関係にある人同士が行う、親愛の証のような抱擁だった。

 ふたりはそこから何やら楽しそうに一言二言を交わすと、楽しそうに手を恋人繋ぎして、そのままいかがわしい建物の中へと消えていった。


 生まれて初めての失恋。

 私はここで初めて自分の人生に絶望した。

 相手が女性ならまだしも、彼の恋愛対象が男であることに深く絶望したのだ。いくら努力しても、いくら自分を可愛く、綺麗に装飾しても、私では、彼の恋愛対象にはなり得ないのだ。

 下品で低俗な話になるが、私が手術やらなんやらでつけても・・・・削っても・・・・、意味がないのだ。

 その事実だけが、この現実だけが、深く、重く、私の両肩にずっしりとのしかかってきた。

 もはや目に映る男全員が同性愛者に見えていた私は、失意のまま地元へと逃げ帰ると、その足でセーターを焚火の燃料にしようとした……が、生地がウールで燃えにくかったため、サラダ油を使って無理やり燃やした。


 こうして私の青春は終わりを告げた。

 以降私は大した恋愛をすることなく、かといって、やんちゃをするような体力もなく、無難な大学生活を無難に送り、そして今に至る。





 嗚呼……、嫌な事を思い出してしまった。

 すこし飲み過ぎてしまったかもしれない。顔がすこし熱い。


 とはいえ、こんな青臭くてしょーもない話を、現役の不良少女に出来る筈がない。そんな事をカミングアウトしてしまえば、まず間違いなく幻滅されるか、怒ってしまうだろう。

 少なくともあの頃の私が、年上の人からこんな話を聞かされたら、普通に引いてたと思う。何も包み隠さず、すべてをさらけ出すことが、相手の為になるわけじゃないのだ。

 うーん、深い!

 これが人間が酸化……もとい、歳を重ねるという事か。

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