起死回生のオーバードーズ

出雲 大志

第1話 一人目のターゲット "早川 深夜"

 「・・・・・・うぐっ、はぁっ・・・はぁ・・・」


 何故今こんなにも必死になって走っているのだろう・・・


 心臓が肺に酸素を送りながら鼓動を大きく起てて鼓膜に限界だと伝えてくる。


 「今はあいつから逃げないと・・・」


 一度この足を止めたらもう今の速度で走れないことが自分の潜在意識的な何かが理解して体に休憩を取らせることを許さない。


 鼓動の音で周りの音が聞こえない、それどころか何か考える意識も無くなってきた。


 「このまま家に辿り着けば助かるのだろうか・・・」


 助かるはずなんてないと心の何処かで気づいていたがほんの少しだけの希望がそれを事実だと認めさせることをよしとしなかった。


 住宅街に囲まれた、いつもは十分ほどで辿り着く帰り道が今は何倍にも長く感じる。


 誰かに今の自分の状況を訴えたかったが目の前にある家にインターホンをかけ、背負っているリュックサックから携帯を取り出せば奴に追いつかれてしまうことは容易にわかる


 「いつまで、走れば・・・」


 もう背後まで迫っているのかもしれないしまだ追いつかれないかもしれない、だが撒けたと思える自信は全く無かった。


 「あのマントをかぶった奴は一体・・・」


 


 周りから見れば自分はあまり恵まれている方とは言えなかった。


 父親は物心つく前からいなかったし、毎日優しい笑顔で育ててくれていた母親も自分をおいて何処かに行ってしまった。


 高校生まで親戚が引き取って自分を我が子のように育ててくれたことに満足していた。

 

 学校の友達が話す家族への不満話が逆に自分には楽しそうに聞こえてならなかった、でも今のこの生活は両親を失った自分にとっては幸せだった。


 それに自分を引き取ってくれた今の両親には今の家賃や生活費等を出してもらったりと感謝してもし足りないくらいだ。


 だから大学生になった後も勉強を怠らずバイトを続けてなるべく生活費を貰わないようにしているし、良い会社に就職して必ず親孝行しようと思った。


 もっと自分にも楽しい人生があったんじゃないかと考えた日もあったが周りへの感謝という気持ちがそんな考えをすぐに消してくれた、今生きてるだけで奇跡だと思った。


 だから毎日神社に行ってはその日起こった嬉しかった出来事一つ一つに感謝し礼をした。


 


 授業が終わって大学で復習を済ませた後に午後九時までデパートでの本屋のバイトをして外に出ると、外の寒さと自分に目掛けて吹く風に思わず鳥肌を立てて秋から冬に季節が移ったことを認識させされてしまう。


 すっかり空は暗くなり町の道路を歩いているのも仕事帰りに買い物に寄ったと思われる人たちばかりだった。


 今日も神社に行って参拝するとしますか・・・


 そんなことを考えながら体を伸ばしていると後ろから声をかけられる。


 「今から神社行くの怖くないっすか、先輩。私も行っていいですか」


 声をかけてきたのは本屋のバイト先の”倉持 果南(くらもち かなん)”という、夏休み頃に入った後輩だ。


 左右に編み込みの入ったショートカットの髪型と眼鏡という男心をくすぐるファッションもあるが彼女持ち前の顔の良さと制服越しに伝わるほっそりしたスタイルの良さがより彼女のルックスを引き立て男性客ならず女性客までもが彼女に目線を向けているのをよく目にする。


 彼女は自分の家とは逆方向にあるためついて行けないせいか夜神社に行く僕を心配してくれる優しい子だ。


 「君が最初に入った頃思い出すなぁ、君が初レジの時隣で僕もレジでお会計に来る人待ってるのにお客さんが皆そっちのレジに並んじゃって君があたふたして放心寸前だったこと」


 「昔の話をされても困りますっ・・・それに私は今先輩についていっていいですかと聞いているのです!」


 最初はこちらの目をはっきり見て勢いよく否定していた彼女の顔はだんだん下へと向いていき、いつもの冷静さを取り戻したのかもう一度こちらを伺うようにちらっと目を向けてくる。


 彼女の捨てられた子猫がこちらに訴えてくるような眼差しに少し意地悪なことを言ってしまった罪悪感に駆られてしまった。


 彼女が僕の参拝に着いてくるのは嬉しいしむしろ少しドキッとした、しかし夜の神社に男一人とカヨワイ女の子が一緒に行くのは警察に職質されかねないしなにより彼女の両親が遅くに帰ると心配するだろう。

 

 それに彼女は一度バイト明けを待ち伏せされ襲われそうになったことがある。


 男としては非常にドキドキしてしまう提案を前に受け入れたかったが彼女という後輩を持つ先輩としての責任感がそれをよしとしなかった。


 「ごめん君が着いてきてくれるのは嬉しいのだけど、君を夜遅くに連れ回すのは世の中的にはあまりいい目では見られないんだ。だから今日もいつも通り君を家まで送るよ、そうだ今日は金曜日だから何かごちそうしようか」


 最初は少し残念な顔をしていたがこちら側が被る問題にも納得してくれたようで少し考えながら後ろを向いて何か思いついたようにちょっと嬉しそうな顔で振り返って彼女は言う。


 「それじゃあ・・・今回はタマゴドーナツで我慢してあげます。その代わり先輩も同じものを食べてください、私一人が食べると子供っぽくなるので・・・」


 どうやらタマゴドーナツを頼むというのは彼女のような女の子にとっては子供っぽく見えるらしい、それでも本人が若干恥ずかしそうに言ってきたので少し勇気を出して提案してきたように感じた。

 

 せっかく恥じらいながらも彼女が出した提案を断る理由も無く了承すると「それじゃあ行きましょうか」自分を置いていくように歩き出した。

 

 自分には顔を向けてくれなかったが横を通り過ぎるときに少し見えた横顔はとても楽しそうだった。

 


 でも以前から気になっていたことがある・・・・・・・それは自分の顔を見ると時々彼女の左目が僅かに黄色く光っているように見えることがあった。

 

 そんな可笑しなことを彼女に聞ける訳もなく自分の見間違いかなにかだと思い聞けずにいた。



 

 ドーナツを食べた後に彼女を家まで送り先ほど来た道を戻りそれから五分ほど歩いて神社に着く。

 

 少し歩けば住宅街になりそこから十分ほどで家であるアパートに辿り着くが神社には少ししか街灯が無く薄気味が悪いので人がこんな夜十時に寄っていることは滅多にない。

 

 ちゃちゃっと済ませて帰りたいが礼を怠るのは良くないので鈴を鳴らし二礼二拍一礼して今日も平和な生活が送れたことに感謝する。

 

 礼を終えて催したのでトイレに行くと男性用のトイレが二つと個室トイレが一つあり用を足していると明らかに異質で強烈な匂いが嗅覚を襲った。

 

 男性用トイレには特に変わったところは見られないし個室トイレの天井からハエが音を立てて飛んでいたのですぐに匂いの発生源がそこだと分かった。

 

 急激に心拍音が上がり、思わず息を飲んでしまう。

 

 冷静さを取り戻す為に一端深呼吸をして個室トイレの引き戸ににノックをしたが返事はないし鍵もかかっていなかったので誰かがトイレを流し忘れたと楽観的に考えるようにした。

 

 開けるには少し思い引き戸のドアを片手でゆっくりと開けて中を覗いたが、ドアを完全に開く前に戸にかけた手が即座に吐き出しそうになった口を覆う。


 ドアの奥には目が拒否反応は起こすほどの無惨な死体が転がっていた・・・・・・


 崩れ落ちそうになる両足をなんとか抑えてその場から立ち去る。

 

 (何か、ここはやばいっ!・・・・・・)

 

 トイレを出ると先ほどまで点いていた神社の明かりは消えていて、何も見えない。

 悪寒が全身を駆け巡り鳥肌を立てる。

 

 いつも通っていたせいか出口である階段の方角がなんとなくだが体が覚えていた為すぐにそちらの方角へ走り出すが、階段につまずき思いっきり転げ落ちてしまう。

 

 凄まじいほどの痛みは恐怖で麻痺した体には届かなかったが膝を強打し一時的に立つことが出来ない。

 

 (急いで体を起こさないとっ・・・・・・・)

 

 地面についた鼻血で血だらけの顔を上げると住宅街への道路に出た。少し先には街灯があり、ようやく視覚の自由が許される・・・・・・

 

 倒れた衝撃で壊れてないか左腕につけていた腕時計を確認すると、傷一つ無かった腕時計に自分の惨めな顔が映る。

 

 (こんな顔、果音ちゃんには見せられないな・・・)

 

 そんなことを思いながら体を起こそうとすると不意にもう一度腕時計に反射した光景が目に止まった。

 

 自分の背後に音も立てず何者かが飛んで来る光景が・・・・・・・

 

 脳がそれを認識する前に反射的に体を横に回転させ、飛んできたそれを回避し仰向けの状態でその正体を確かめる。


 またもや思考が停止してしまうような光景・・・・・・・飛んできた正体は黒マントに覆われマスクを被り素顔を隠した謎の何かだった。

 

 それはスタンガンを握りしめこちらを見つめる。

 

 「運の良い・・・・・・早くやられてくれた方がこっちとしても楽なのですが・・・・・・」

 

 暗闇に少しだけ見える不気味なマスクから低い声が聞こえる。

 

 (恐らくコイツがさっきの死体の犯人ッ!・・・・・・)

 

 自分もコイツに捕まればああいう風にされると想像もしたくない未来を突きつけられ頭痛が起こる。

 

 「まだ、こっちはやり残してる事が山ほどあるんだ。訳も分からず死ぬのは御免だね・・・・・・」

 

 それから再び逃げるためにピキピキと音をたてながら膝を起こして家に向かって走り出した。

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