春夏秋冬、四季折々

敷島 朝日

4月は嫌い。これは嘘ではない。

第1話

 4月になると大勢の人達が喜ぶらしいが僕にとってはそんな事はありえないと考えている。実際に騒いでいる連中は花見だとかなんだとかで、五月蝿く騒いでいるだけで、そのような催しモノに一切の縁がない僕からしたら煩わしいだけである。


 先ほども書いたが4月と言えば花見だ。これは何年も前、僕らのご先祖が一揆を起こしている時期や、よくわからない偉い人が古事記だとか万葉集だとか、これまた古い書き物をしている時代から言われているのだ。実際桜は綺麗だと思うし日本人としてその心は昔から存在しているわびとさびの文化として大事にしていきたい。ただ近年は地球温暖化とかなんとかの影響で、3月の末辺りで桜は咲いているし、どうにも場所を選ばないとチンドン屋とそう変わらない人達が日ごろの鬱憤を晴らすかのごとく暴れまわっている。これでは風情の欠片もない。その一方で、このような晴れやかな場所で騒げる人格というものに少しだけ羨ましさもあったりする。僕は小心者なので、人数が多い宴会などではあまり人前で我先にと言葉を発することが苦手だ。

 

 全て桜せいにできたらどれほど楽だろうと何度か思った事がある。花を愛でる文化は日本以外にも存在しているのは周知であるが、欧州では昔から、薔薇がその代わりとなっているらしい。代わりというのは桜の代わりだ。人間として、花を愛でるのはかまわないが、僕のような精神的に自堕落な人間にとってはそもそもが毒である。桜の花言葉である「精神美」なんてものは僕には全く持って関係のない言葉に違いない。奇しくも桜もバラ科の植物であるらしい。棘で刺し殺してほしいくらいだ。別に死にたいわけではないが、いっそ桜に殺されましたなら人生に箔が付いて幾分かマシな人間として、全うできたのだろうかとも考えられる。


 前置きが長くなっているようだがここまでは大体僕が暇を潰す為に近所の公園で適当に夢想する日常の一編でしかない。普段からこのような事ばかり考えているから、人間関係がうまく構築できないのだ。当てはまる人間がいたら申し訳ない。少しだけ嫌な気分になったら僕以外の人間に八つ当たりをしてくれ。僕には誰かの感情を受け止める程の器量はない。あったためしがないが試した事もない。


 僕が公園のベンチに座って、このように悪態をついている理由としては、友人を待っているのだ。僕がいくら人間としての感性が死んでいようとも友人くらいはいるが、友人が僕の事を友人だと思っている保障はない。既に30分ほど空から降ってくる桜の花びらを観察して、塵が積る様子を見届ける作業をしているのだ。見つめていればいくら綺麗でも何も思わなくなってしまう。文字通りの死んだ感性だ。

 

 それにしても遅いと手持ちの現代的連絡ガジェットスマートもしもしで友人に急かす連絡を入れたのだが、おそらく連絡を見てはないだろう。それなりの経験から、友人はスマモシ(スマートもしもし)を頻繁に見る性格ではない。よく集合時間に遅れる事を知っているので、僕だって14時集合を確認して、15分送れて集合している。

人様を呼んでおいて、自分が時間に遅れるとは何様だと思うかもしれないが、無駄にする時間は少ないほうがいいに決まっている。当たり前で当然だが、家にいたところで時間は無駄になるのだ。僕は少なくとも時間を有効活用する事はできない。おそらくこれからも有効活用などできるはずもないであろう。


 どうでもいい時間がさらに過ぎ時刻は15時にになろうとしていた。普段であれば、適当に理由でもつけて帰路についていたであろう僕だが、桜の花びらを見ることである程度の時間は浪費する事に成功したようだ。


「悪い、今来た」


 そして悪友のお出ましだ。悪いなどと言っているが、実際は絶対に思ってもいない。その気があれば、連絡して謝れ。頭を垂れろと思うがそこそこ寛大な僕はそれでその一言で許してやることにした。

 

 ついでにこいつの紹介をすると、僕の悪友であり、現在は大学院へ進学した立派な学徒である。しかしながら、大学へ入ったものの2年ほど追加で刑期を受け、学部だけで、6年間も浪費した浪費家としてプロ級の逸材である。学費がもったいない等はこの際考えない。理由はいろいろと有るらしいが、万年低空飛行をしていた成績を持ってして、大学院なんてものに入れるのかと思っていたのだが、実際に院生として生活をしているので、問題はなさそうだ。名前は下海うみしたでいい。僕はゲカイと呼んでいる。このようなズボラで尊敬する部分は神経の図太さしかない人間なのだから、ゲカイで十分だ。天上人なんかになってみろ。僕は刺し違えても責務は果たす。


「それでどうして」


 理由もなく僕を呼びつけたんだから、何か理由があるのだろう。僕だって忙しいのだ。適当な理由だとしたら、直ぐに帰ってやる。


「お前はどうせ暇だろうからちょっと手伝って貰いたい事があるんだよ。無職ってお前くらいしかいないし、呼べば大体来るだろう。友達いなさそうだし」


 好き勝手にいってくれるのはいいが、僕は断じて無職ではない。呼べば来るのは時間が余っているからだ。お前も研究をしろと思うが口にはしない。


「何もわからん」


 理由が知りたいのだが、理由が知れない。もどかしいと言うより、何もわからない事が問題だ。このような人間が研究機関などに在籍している事が由々しき問題である。僕もこれで論文の一つや二つ書けそうである。


「ちょっと困った事があってな。知り合いで、お前なら口も堅そうなんで丁度よかったと思ったんだよ。結構難しい問題で、俺の後輩に当たる人なんだけど、本当に困った事になったんだよ」


「だからいい加減中身を話てくれ」


問答になりそうな意味のない返答はやめて欲しい。僕にだって、時間は存在している。


「妖怪だよ」


「妖怪?」


「お前の得意分野だろうに。妖怪退治」


######


 僕は何故か妖怪を専門に退治していることになっている。どうしてこのような奇妙奇天烈摩訶不思議な職業を生業にしているのかと言われると長くなりそうなので割愛させていただきたい。しかしながら、現実として僕は妖怪を退治する人間らしいのだ。

 

「そんな妖怪って信じ難いモノを持ってくるな」


 面倒なことになるのは確定なので、できるだけ関わらない方針で僕は話を進めようと考えているのだが、そうはいかないらしい。聞くところによると、ゲカイの後輩に当たる女学生が毎晩謎の熱病にも似た症状を発祥するので後輩思いのゲカイが助け舟を出そうとしているのだ。助け舟の癖に助けるのは僕になりそうなので、穏やかではないが致し方ない。これでしばらくは飯の種ができたと心を躍らせたのは口が裂けても言えない。もう白米と味噌汁だけの生活は飽きてしまった。


「やるかやらないかは別として熱病?遅くからきたインフルエンザだとか風邪の可能性はないのか?僕としてはその筋を考えたいのだけれど」


 この言葉が無意味な事は知っている。なぜなら、病院には既に言っているはずなのである。彼は妙なところで現代的だ。体に不調が現れれば、直ぐに医者に掛かるし虫歯でもないのに定期健診だとか言って3ヶ月に1回は歯を見てもらっている。体に対してはまめな男であることは間違いないのだ。石橋を無意味に叩いて渡ろうとする男の事だ。できる限りは尽くしたのであろう。


「意味のない質問はよしてくれ。時間がもったいないのが本音だ。最近だと40度近い熱に魘されているんだよ。彼女」


 全く持ってそのとおりなら、時間は厳守していただきたい。


「わかったよ。けれど僕は安くないぞ」


「大丈夫、金はないけど何とかする」


 絶対にわかっていないし、僕は無償で人助けができるような人間でもない。できれば穏便に済ませて楽な稼ぎをしたいが、おそらくこの問題は結構複雑な気がする。感でしかないが、悪い予感は大体当たるのが世の理だ。


######


 場所が変わって、噂の彼女の家に来てしまった。彼女は一人暮らしをしているらしい。それなりの家賃だろうと勘ぐり、オートロックをくぐり抜け向かう先は401号室である。ここに熱病に魘される薄倖の女学生がいると考えると現代はちょっぴりリアルすぎる。


「おじゃまします」


 玄関に鍵は掛かっておらず、簡単に扉は開いてしまった。オートロックを過信しているのかもしれないが、少しばかり無用心だと考える。


「なるほど」


部屋に入ると異様な空気が漂っている。重い。カーテンは締め切られ、10畳ほどの部屋の中は年頃の女の子が住んでいるとは思えないほど散らかっているが、おそらく僕の部屋のほうが散らかっているので、汚さは気にしない。奇妙なところで、変な話を出して申し訳ないが、これでも気を使っているのだ。相手は謎の女学生である事を考えると一生もののトラウマになってしまう可能性がある。それは避けてあげたいが、金額と相談だ。


「はじめまして。私は朝倉 文世あさくら ふみよです。彼方が先輩の言っていた先生ですか?」


 朝倉さんね。覚えた。しかし先生は止めていただきたい。それはもっと専門的な分野で功績を残した人か、もう少し人徳のある人間に用いるべき言葉だ。


「朝倉さんですね。ゲカイから色々とお話は聞きました。僕に頼るのはいいですけれど、本当に妖怪が原因なのか少しだけ話を聞かせて欲しい」

 

 月並みな言い方になるがよく顔を見ると整った顔立ちをしている朝倉さんは、弱そうにこちらを見て言葉を発している。薄倖の美少女とはよく言ったもので、凛とした佇まいをしていながら、弱気な彼女を見るとと何か気が触れてしまうような色香を感じてしまうが、ここで言ってしまうと台無しなので、できれば感づかれないように話を進めていく。


「まず間違いを正そうかと思ってね。僕は妖怪を退治することはできない。原因を突き止めて、それに対応する事しかできない。そもそも、朝倉さんが煩っているものが、病気の可能性だって十分にある。そしてそれが妖怪の仕業だとしたら、結構高くつくよ。僕のような胡散臭い人間に頼るより、本当の専門家と呼ばれる人に着泣きついた方がいいと思う。たとえば高名なお医者様だとかね」


「病院には既に3回もいきました。それでも原因はわかりませんでした。そもそも夜にしか発症しない熱病なんてありえないといわれました。だから先生に頼るしかないんです」


「誰に聞いたかはここでは不問にするけれど、言うほど僕は万能じゃない」


 僕が万能であれば、問題は全て解決しそうな気もするが、生憎僕は万能ではない。全知全能の神であるならば、話は別であるが、もし仮に僕が全知全能であるなら、こんな怪しい商売はしていない。


「いいんです。このまま精神病院に入れられるよりはよっぽどマシです」


「精神病院?」


「はい。私が熱を出しているとき必ず目の前に大きな蛇のようなものが見えるんです。大きさはこの3メートルくらいです。必ず部屋に現れて私を見下げてくるのでそれくらいの大きさです。そして、それが現れると体が熱くなって動けなくなるんです」


 これは事実で有ればそれなりに面倒な事になる気がしてきた。


「続けて」


「この化け物みたいなものが現れるようになったのは3週間前くらいです。それから、ほぼ毎日私は熱がでて今に至ります。市販の薬を飲んでも全く駄目でした。それどころかここ最近は蛇の大きさも大きくなっているような気がして、本当に駄目なんです」


ゲカイは彼女を見てしっかりと話を聞いている。


「先生の噂は先輩から聞きました。経済学部の院生になんでも、この世の理を外れたものを専門にしている人がいると聞きました。下海先輩の事かと思ってお話を聞いてみたら、本当は先生のことらしくてそれで、助けて欲しいと下海先輩に頼りました」


 それで僕を知ったのか。別に僕は専門家として、呪いや妖怪を扱っているわけではないぞ。そもそも幽霊なんぞは見た事もないし、これから見れるかもわからない。


「大まかな流れは理解したよ。それで僕に頼ってきたんだね。ゲカイがもっと説明をしてくれればいいのに、こいつは馬鹿だからそこまで考えられないみたいだ」


「で?助けてくれるのか?」


 ゲカイがちょっとだけ高圧的なのが、気に食わない。お前は当事者ではないだろう。


「助ける助けないは僕の知るところではない。君たちができるのは信じる事だけ」


 実際にこの手の妖怪話は助かる方法などはないのだ。あったとしてもそれは助かるのではなく許してもらう行為に近い。


「結論として、朝倉さんの症状を見て判断してみるよ。大体検討は付いている。因みに抱けど、お金は払える?今回は初回特典として200万円からになりますけど」


「お前それはないだろう……」


「これが高いと思うか安いと思うかは君たち次第だよ。別に僕はこれが高いとは思っていない。安いくらいだ。自分の命に200万円の価値は不当だと思うかい?」


「私は……」


 僕は僕をいい人間だとは思っていない。慈善活動をする聖人ではないのだ。それならばこれくらいの金額で人生を元通りにできるなら安いくらいだと考えて欲しい。


「答えはでているよ。どうせ朝倉さんはこの金額で僕に依頼をする。少しばかり、優しいことを言うのであれば、料金は分割払いでいいよ。君がこれから助かる人生で僕がくたばる前に全て払い終ってくれるのであればそれでいい」


 払えないのはわかっている。ならば、一生をかけて償ってもらう。


「わかりました。それでお願いします」


「交渉成立だね。交渉ではないかな。どっちでもいいや。もうちょっと詳しい話を聞かせて欲しい。それが終われば準備して、今晩にはどうにかしようと思う」


 僕は妖怪退治をしているわけではない。原因を突き止めれば因果がわかる。それさえ知れればこの問題は解決するはずである。ならば意外と簡単な話になる。


「気にしなくても何とかはするよ。金さえ払ってくれればね」





 






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