ルウの秘密
でだ。付与魔法の訓練を続けて、一週間が経った日のことであった。
放課後。
レナに呼び出された俺は、すっかりと人気(ひとけ)のなくなった教室を訪れていた。
夕暮れの茜色に染まったカーテンを背にしたレナは、俺の到着を今か今かと待ち詫びていた
「遅いです……。約束の時間は、二分ほど過ぎていますよ」
やれやれ。
まさかルウよりも早く、レナが課題を達成するとは予想外だったな。
今日呼び出された理由は他でもない。
ルウより先に課題をクリアーした報酬として、丸一日好きな指導を受けられるという権利を使うつもりでいたのだろう。
「あの、前にした約束を覚えているでしょうか?」
「ああ。覚えているぞ」
「そうですか。なら話は早いです。それでワタシからお願いしたい訓練の内容なのですけど……」
言葉にしなくても、何を要求されるのかは理解できていた。
以前の訓練の時からレナは執拗に『魔力移し』を求めていたからな。
「アルスくんから貰ったキャンディ、何時も同じ味だから、食べ飽きてしまったのです。ですから――」
まったくもって、下らない。
どうして今まで俺がレナに対する魔力移しを躊躇していたのか?
その理由がようやく分かった気がする。
コイツは、口付けを交わすことを人一倍『特別な意味』に感じているようだ。
だが、俺にとっては、単に鍛錬を効率化かせる手段に過ぎないのである。
「~~~~ッ!」
レナの言葉を遮るようにして、口を塞いでやることにした。
他人にかけて余計な『情』をかけるのは、戦場では決して許されない。
だからこそ俺は、何処の馬の骨とも分からない俺に対して、無条件の好意を寄せてくるレナに、苛立ちを覚えてしまったのだろう。
『ふーん。キミが噂のジェノスの秘蔵っ子ね』
その時、俺の脳裏に過ったのは、マリアナに初めて『魔力移し』された夜のことであった。
『結構タイプかも。おいで。お姉さんがたっぷりと可愛がってあげるから』
生き残るために、強くなるために、必要な当然の手段だった。
当時八歳だった俺は、マリアナから『玩具』のように扱われることによって、生きるために必要な糧を得ていたのだった。
「ふあっ……! す、凄いです……! これがアルスくんの魔力なのですね……!」
やれやれ。
人の気も知らないで呑気なやつである。
俺の魔力を受けたレナは、ペタンと尻餅を突いて完全に脱力しているようであった。
「――――!?」
異変が起きたのは、その直後のことであった。
俺たちのいる1Eの教室から三十メートルほど離れた地点に何者かの気配を感じた。
足音は徐々に俺たちの方に向かってきているようであった。
「まずい。誰かが来たみたいだ。隠れるぞ」
「えっ――!?」
第三者にこの光景を目撃されると、余計な誤解を与えることになるだろう。
そう判断した俺はレナの体を抱きかかえて、咄嗟に教壇の下に退避することにした。
幻惑魔法発動――《視覚誤認》。
そこで俺が使用したのは、《視覚誤認》の魔法であった。
所謂『人払い』のために用いられることの多いこの魔法は、周囲の人間に錯覚を与えることのできるものである。
だが、この魔法は本来、周到な下準備を行って初めて最大限の効果を発揮するものである。
教壇の下に隠れたのは、即興で作った《視覚誤認》の効果を少しでも底上げしようと考えたからだ。
「まったく。つれないじゃないか。ボクはキミの将来のためを思って、親切でアドバイスをしているというのに」
やがて、聞こえてきたのは、どことなく鼻につく男の声であった。
ん?
この男の声、どこかで聞いたことがあるな。
疑問に思った俺は、教壇の隙間から声の主を確認してみる。
「……私が誰といようが、私の勝手です。学校では、極力、お互いに干渉しないようにと約束をしていたはずです」
ジブールか。
それに一緒にいるのはルウのようだ。
なんだか、意外な組み合わせである。
学校ではほとんど喋っている様子がなかった二人が、どうして一緒にいるのだろうか。
「おいおい。キミがボクに指図できる立場なのかい? とにかく、付き合う友達というのは選んだほうが良い。特に『あの男』には要注意だ。キミに色目を使ってくるかもしれない」
「あの男って……。アルスくんのこと?」
「…………」
俺の思い過ごしだろうか?
ルウが俺の名前を呼んだ途端、ジブールの表情が一段と険しいものになった。
「馴れ馴れしく、その名前を口にするんじゃない!」
「――――ッ!」
次に視界に入った光景は、俺にとっても少し予想外のものであった。
何を思ったのかジブールは、ルウの頬を勢い良く叩いたのである。
「いいか。キミはボクの許嫁! つまりは、所有物なんだ! 好き勝手な真似は許さないぞ!」
好き勝手な言葉を吐いたジブールは、足音を大きくして教室を後にする。
許嫁? 初めて聞く情報である。
どうしてルウは、今まで俺に婚約者がいることを明かさなかったのだろうか?
二人の会話を耳にした俺は、そんな疑問を抱くのだった。
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