新しい日常



 俺こと、アルス・ウィルザードは幼い頃より、闇の世界に身を置いている魔法師である。

色々と訳あって、魔法学園に通い始めてからというもの俺は、慌ただしい日常を過ごしていた。


「ひぃっ! 来るな! 来ないでくれえええ!」


 時間や、場所は問わない。

 煙と血の臭いで汚された場所が、俺の仕事場だ。

 感情を無にした俺は、銃のトリガーを引き、護衛の魔法師の体に弾丸を打ち込み続ける。


「な、なんだんだよ! コイツ!」

「どうして攻撃が当たらないんだ!」


 今日の仕事は、武器商人のアジトの襲撃である。

 トルネオ・サリバン。

 法律で許可されていない武器を暗黒都市に横流しする重罪人だ。

 違法な武器が街に広がれば、治安は悪化して、それだけ多くの罪なき人間の命が失われることになる。

彼らは『死の商人』と呼ばれ、この国では、殺人より重い罪を課されることなるのだ。


「そ、そうか……。お前、死運鳥(ナイトホーク)だな。伝説と呼ばれた王室御用達(ロイヤルワレント)の暗殺者!」


 俺の名前を呼んだ、ターゲットの男は武器を捨てて大きく尻餅を突く。


「お、お願いだ! 命だけは助けてくれ!」


 護衛の男たちを蹴散らされて、戦意を失ったのだろうか。

両膝を突いたトルネオは、命乞いを始めたようであった。


「故郷には女房と娘を残している! 来週には娘の結婚式に出る予定になっているんだ! オレは、ここで死ぬわけにはいかねえんだよ! 頼む。オレを殺すのなら、せめて一週間……」

「そうか」

 

短く呟いた俺は、躊躇なく男の頭に銃弾を撃ちつける。

 ターゲットに対して、不要の情けをかけるのは、禁忌(タブー)中の禁忌(タブー)だ。

 俺はこの十年の間に『禁忌を犯して死んでいった人間』を数えきれないくらい見てきたのである。


「あぎゃっ!」


 頭を撃ち抜かれた男は、カエルが潰れたような断末魔を上げる。

 シュルシュルシュルシュル。

その時、勢い良く反り返った男の服の袖から、隠されていた暗器が滑り出してくることになった。

 ふむ。

 やはり武器を隠していたのか。

 流石は武器商人。

 変わった形状の武器を持っていたのだな。

 来世は役者にでもなった方が、良い人生を送ることができるのではないだろうか。


「ぬおおおおお! 猪突猛進!」


 ターゲットを仕留めてから暫くすると、馴染みのある声が聞こえてきた。


「うおっ! もう終わっていたんスね! 流石はアニキ! 仕事が早いッス!」


 分厚い石壁を突き破り、俺の前に現れたのはトサカ頭をした強面の男である。

 男の名前はサッジと言う。

俺と同じ裏の世界に生きる魔法師であり、魔法師ギルド《ネームレス》に所属する後輩である。

 何かにつけて力任せの仕事振りを見せることから、組織から猛牛(バッファロー)の通り名を与えられた男であった。


「そっちの様子はどうだった?」 

「へいっ! アニキに言われたところを探していたら、例の顧客リストを発見しました! これで一網打尽にできますね!」


 そう言ってサッジが取り出したのは、トルネオの書斎に隠されていた一枚の紙切れであった。


「どれ。少し見せてみろ」

「へいっ! ただいまっ!」


 サッジから受け取った紙にザッと身を通す。

 うーむ。

思っていた以上に小者ばかりだな。このリスト。

 本音を言うと、《逆さの王冠(リバース・クラウン)》のような大組織に繋がる情報を得られればと思っていたのだが、そう上手くはいかないか。

完全にアテが外れたようである。


「この程度の相手なアニキの出る幕はないッスね。騎士団の連中に通報して、対処してもらいましょう!」


 今回ばかりは、サッジの意見に同感である。

 この程度の小悪党が相手であれば、俺たち《ネームレス》が出向くまでもないだろう。


「……いや。待てよ」


その時、俺の脳裏には、一つのアイデアが閃くことになる。


「なあ。サッジ。ここに書かれている連中、俺一人で捕まえに行っても良いか?」

「えっ? ど、どうしてッスか!? こんな雑魚相手にアニキが行くのは、勿体ないッスよ!」


 サッジの言葉には一理ある。

 少数精鋭の色が強い《ネームレス》は、常に人的リソースが限られているのだ。

脅威レベルの低い犯罪者を相手にする場合は、親父を通して、王都の騎士部隊に任せるのが一つのパターンとなっていた。


「なんてことはない。学園の教材として使えると思ってな」

「???」


 ウチの学園の進級システムを知らない人間にとっては、ピンと来ないものがあるのだろう。

 俺の言葉を聞いたサッジは、小首を傾げるのであった。







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