王立魔法学園の最下生 ~ 貧困街(スラム)上がりの最強魔法師、貴族だらけの学園で無双する ~
柑橘ゆすら
闇の魔法師としての日常
夢だ。随分と懐かしい夢を見ていた。
俺、アルス・ウィルザードが、裏の世界で魔法師を始めてから10年の月日が流れていた。
あの日、親父に拾われていなかったら、俺はあの寒空の下で、間違いなく息絶えていただろう。
「ひぃっ! 来るな! 来ないでくれえええ!」
時間や、場所は問わない。
煙と血の臭いで汚された場所が、俺の仕事場だ。
機械のように、銃のトリガーを引き、敵魔法師の体に弾丸を打ち込み続ける。
「おい! コイツ、誰か止めろ!」
「冗談だろ……? なんて動きしてやがる!」
顔も名前も知らない人間を命じられるままに殺していくのが、親父に与えられた俺の新しい生き方である。
ここは暗黒都市、《パラケノス》。
人間たちの負の欲望が渦巻くこの街の治安を守ることが、魔法師ギルド《ネームレス》に課された使命であった。
「ふんっ。まさか、こんなに早く追い詰められることになるとはな」
警備の人間たちを蹴散らして、敵アジトの最深部に到着すると、今回のターゲットである男がそこにいた。
グレゴリー・スキャナー。38歳。男。
|二つ星(ダブル)の貴族であり、違法な人身売買に手を染めている。
過去に4度の逮捕歴があるが、いずれも多額の裏金を積むことで免責されている。
法で裁くことのできない悪人。
俺たち組織に狙われるには、十分過ぎる理由を持った人物だ。
「知っているぞ。お前、噂の|死運鳥(ナイトホーク)だろう?」
ソファに腰を下ろして、咥えたタバコに火を灯しながらも男は言った。
「立つ鳥跡を濁さず。恐ろしく迅く、誰よりも静かに、仕事をこなすことからそう呼ばれるようになった。王室御用達(ロイヤルワレント)の殺し屋だ」
ペラペラとよく喋る男である。
死運鳥(ナイトホーク)と呼ばれるのは、あまり好きではない。
別に意識をして静かに殺しているわけではないのだけどな。
ただ、その時、その時で最適な仕事をしているうちにそう呼ぶ人間が現れるようになったというだけである。
更に言うなら、真に優れた暗殺者は、誰に認知されることもなく、仕事を遂行するものなのだ。
通り名がついて、有名になってしまった時点で、俺の暗殺者としての技量は、まだまだ未熟ということだろう。
「死運鳥(ナイトホーク)が現れたとあっちゃ、オレの悪運も此処までだな。どれ。その技で以て、一思いに殺してくれよ」
とんだ役者だな。この男。
この部屋に入った時から、ずっと違和感があった。
組織に追われている貴族にしては、周辺の警備が手薄過ぎる。
まるで最初から、この部屋の中に誘い出すことを目的としていたかのようであった。
「クカカカ! とでも言うと思ったか! くたばれ! クソ野郎があああああああああああああああああああああ!」
やはり護衛の人間が潜んでいたか。
上手く気配を断っているようだが、滲み出ている殺気までは隠し切ることができなかったようだな。
付与魔法発動――《耐性強化》。
俺は身に纏うコートに魔力を流すことによって、簡易的な盾として使用することにした。
組織から与えられたコートは特別製だ。
希少生物のグリフォンの羽をふんだんに編み込んだ黒色のコートは、魔力をよく通して、強度についても申し分ない。
「蜂の巣にしてくれる!!」
四方から、銃弾の嵐が降り注ぎ、俺の体に向かって飛来する。
身に着けていた仮面ごと、素早くコートを脱いだ俺は、無造作に弾丸を受け流していくことにした。
「ガハハハ! やったぜ! 伝説の暗殺者(アサシン)を殺ったとあれば、この世界におけるオレの名も上がるってもんよ」
なるほど。
やけに簡単に通してくれると思っていたら、そういう理由があったのか。
だが、残念だったな。
この程度の罠に引っかかるようでは、10年も裏の世界で生きていられないだろう。
「あぎゃっ!」「ふぐっ!」「ぐはっ!」
敵の攻撃を防いだ俺は、手にした銃で反撃を開始する。
人間を殺すのに、派手な魔法は必要ない。
9ミリの鉛玉を顔面に当てれば、大抵の人間はそこで息絶えるのである。
「ハハッ……。ウソだろ……。どうして……」
白煙が引いて、視界が開けたものになっていくと、男の顔が絶望に歪んでいくのが分かった。
追い詰められた男は、机の下に隠しておいた銃で最後の抵抗を始めたようだ。
だが、ここまで追い込めば、それも無駄なあがきというものだ。
「クソッ! クソおおおおおおおおおおおおおお!」
闇雲に放たれた弾丸は、一度も俺の体に当たることなく、壁の中に吸い込まれていく。
これで終わりだな。
接近して男の武器を蹴り飛ばした俺は、男の額に向かって銃口を突き付ける。
「お前、まだガキだったのか……!?」
間近で俺の顔を目にした男は、最後にそんな言葉を漏らしていた。
悪かったな。まだガキで。
こちとら五歳の時から、この仕事をしているんだ。
実年齢と想像年齢が乖離してしまうのは、仕方のないことだろう。
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