第20話

「行ってきます」

 茂利はシートから立ち上がると、そそくさと外へと降り立った。霹靂のハッチが静かにしまる。霹靂は名残惜しそうにゆっくり上昇すると、一瞬にして彼の視界から消えた。

 茂利は地面を何度も踏みしめた。砂漠の砂の割には固く締まっており、踏み込み時の力が分散する恐れは無さそうだった。

(キルンはもう来ているのか? )

 茂利は周囲を見渡した。光源は不明だが頭上には青空が広がり、地表を覆う砂漠には、影を落とすものは何もない。

(何故、宇宙船の中にこんなもの作ったんだろう)

 食料を自給自足するために植物を植えるのならまだ分かる。

 何も無いのだ。何も無いだけに、例え何者かが侵入しても分かりやすいかもしれないが、地球を遥かに凌ぐ科学力がある訳だから、こんなものこしらえなくても他に手立てがあったのではと思う。

(球体型の監視UFOがきっとその辺で俺の様子を伺ってんだろうな)

 茂利はぼんやりと周囲を見回した。彼の目には何も見えないが、間違いなく球体の小型偵察機が徘徊しているはずだ。ここなら障害物も何もないから、戦闘の巻き添えを食らって壊れる心配はないし、確実に映像を追えるだろう。

(そうか、そういうことか・・・)

 茂利はあることに気付いた。

 障害物も何も無い――つまり、戦っても壊れるものが無いし、カメラには戦いの全てがおさめられる。

 それってのは、恐らくこのエリア全体が競技場みたいな感じなのだろう。

 キルンが以前こう語っていた。エイリアン達は戦いの様子を娯楽として観戦していると。それを肯定する証拠ともいうべきステージがここなのだ。しかも、奴らの母船で繰り広げられるわけだから、臨場感も半端ない訳で大いに盛り上がるに違いない。  

 だがそれは母船の乗組員達の安全性が確保されてのことだ。

 超人化したキルンと茂利の破壊力を想定済だとすれば、相当の強度を誇る構造になっているのだろう。

 自分達の星の命運を掛けて命がけで激戦する彼らを、エイリアン達は安全なエリアでくつろぎながら観戦しているのだ。

(それが事実としたら、ふざけ過ぎている)

 茂利の中で、抑えようのない憤怒の情が、めらめらと紅蓮の炎となって彼の身を焦がしていく。

 不意に、透明な球体に包まれたキルンが砂表から現れる。袖をぶった切ったピンク色の着物のような上着に黒いハーフパンツ、そして膝までの黒いブーツを履いている。誰が見たって分かる。くのいちの定番コスチュームだ。

 球体は大きく二つに割れると、掻き消すように消え失せた。

「待たせたな」

 キルンの抑揚の無い声が響く。

「早速始めるか? 」

「御意」

 茂利が、キルンが、ほぼ同時に動く。

 茂利の右手に現れたナイフがキルンの喉元を襲う。

 が、キルンは両手に生み出した苦無でそれを挟み込むように受ける。

 弾ける金属音。

 瞬時に二人は後方に跳ぶ。と同時に手中の武器を投げる。ナイフと苦無が空中で接触し、弾け飛ぶ。だが、もう一本の苦無は茂利の元へ。

 茂利は即座に剣を生み出すと苦無を撃ち返した。弾き飛ばされ、舞い戻った苦無をキルンは軽々と受け止める。そのすぐ後を、剣を構え、空を駆る茂利の姿があった。

 キルンの手の中で、苦無が大きく伸長する。

 巨大な槍だ。全長三メートルは優に超えている。

 キルンは長槍を軽々振り回すと、刃先を茂利に向けた。

 茂利はそれを払うと大きく宙天し、後方に退く。

「その槍、ひょっとして日本号か! 」

「いかにも。貴様の獲物はなんだ? 」

「勇者の剣、エクスカリバーだ」

「べたな選択」

「お互い様だ」

 キルンはにやりと口元に笑みを浮かべると、砂煙を巻きながら一気に間合いを詰めた。

 彼女の槍先が茂利の足元を狙う。

 茂利は大きく跳躍し、中空に逃れた。リミッターが外れた全身の筋肉が生み出す強烈な推進力に身を委ねながら、彼は遥か上空にまで舞い上がる。

 茂利を討ち損じたキルンの一突きは、砂を大きく巻き上げて大地を大きくえぐると巨大な峡谷を作り上げていた。深さにして数十メートルはあるだろうか。底の方には金属光沢を放つ壁が見える。

(すげえ威力だ。でも、あの壁までは破壊出来なかったか)

 眼下を見下ろしながら、茂利は背後に迫る圧迫感に反転する。足に固い感触。空の果てまで来てしまったようだ。

 茂利は両足を空の壁に据え、キルンの姿を追う。

 いた!

 目と鼻の先!

 再び迫るキルンの槍。皮一枚でこれを交わす。と、後頭部近くでカツンと言う金属音が響いた。槍先が天井を撃ったのだ。が、地の底の壁同様、天井にも傷一つついていない。まあ、それは想定内の範疇だ。宇宙空間を航行するわけだから、強度は半端じゃないのは推測できる。そうでなきゃわざわざ自分達の母船内で戦闘なんかやらせる訳がない。

 茂利は空の壁を蹴ると、キルンに向かって剣を降り下ろした。キルンは槍の柄で受けると力任せに押し返した。

 体制を崩した茂利は真っ逆さまに落下し、地表に叩きつけられた。砂塵が舞い、キルンの視界を遮る。

 キルンは中空を漂いながら、地表の様子を伺った。今の攻撃で茂利が戦闘不能になる可能性が無い事位、彼女は今までの戦闘経験から十分熟知していた。下手に地上に降りれば、砂塵に紛れて茂利が彼女に奇襲をかける恐れがある。

 地球上の砂漠とは砂の比重が違うのか、砂の煙幕はすぐに沈静化し、元のクリアーな風景に戻った。

 地表には誰もいない。

(潜ったな)

 キルンは気配を伺いながら、じっと地表を凝視した。奇襲狙いで潜んでいるならば、そんなに深くは潜っていないはずだ。だとすれば、少しでも動きがあれば地表の砂の動きに顕著に表れるはずなのだ。

 不意に、キルンは獲物を捕捉した大型猛禽類のように地表目掛けて急降下。

 迷うことなく長槍を砂面に突き刺す。

 同時に、砂塵が舞い、弾ける様に茂利が砂の中から飛び出すと、キルンの槍の柄を駆け上がった。

 慌てて槍を抜こうとするキルン。だが柄の上を駆け上がる茂利の脚力に抑えられ、彼女の計り知れない強力な腕力を持ってしてでも槍はびくともしない。

「仕留めたっ!」

 茂利は勝機を確信した叫びと共に剣をキルンに降り下ろした。

 刹那、キルンの手から長槍が消える。

 足場を無くした茂利が体制を崩して地上に落下。が、間髪を入れずに跳躍し、キルンに襲い掛かる。

 キルンも着地すると、同時に再び槍を実体化。

 茂利の動きが止まった。

 彼は憎悪に顔を歪めながら、食い入るようにキルンを見据えた。

 キルンの槍は、茂利の左胸を貫いていた。槍先は背中を貫通し、鮮血に汚れた刃が天を突き上げていた。

 傷口から夥しい血液がしたたり落ち、黄色い砂面をどす黒い赤に染めている。

 キルンは槍を降ろした。茂利の体が、力無く地に横たわる。

 彼女は吐息をつくと、長槍を消去した。

 終わったのだ。それも、戦闘開始からたいして経過していない。

 あっけない幕切れだった。

 彼女の前に、登場時に搭乗してきた透明の球体が砂の中から現れる。球体の側面に楕円形の開口部が生じる。

 キルンは茂利を肩に担ぎ上げると、砂面を踏みしめながら球体に乗り込んだ。

 開口部が消滅し、球体はゆっくり砂の中へと消えていく。砂を押し分けて進行しているのではない。砂自体が流動し、球体を砂の中へと引き込んでいるのだ。

 球体はやがて砂の下にある外殻部に到達。すると、外殻の一部が円形に開き、球体を静かに飲み込んだ。

 不思議な事に、砂は一粒たりとも流れ込む事無く、球体だけが外殻を通過していく。

 漆黒の闇に包まれたトンネルだった。黒一色の壁からは時折低い駆動音の様なノイズが無機質な旋律を刻む。

 だがキルンにとっては聞きなれているのか、動じるどころか関心すら示していない。

 ほんの十数秒経過後、球体は鈍い白銀色の光に満たされた円形のフロアーで停止した。この球体の格納庫なのだろう。車のショールームクラスのそのスペースには、キルンが乗っている球体と同じものが十数台理路整然と並んでいる。外観と構造からして、宇宙空間に出るのではなく、母船内の移動用で使われているようだ。

 人影は全く見えない。セキュリティーから運用に至るまで、恐らくは別室で集中管理されているようだ。

 キルンは球体を降りると、格納庫の壁の一部に手を翳した。すると、壁の一部に人一人通れるくらいの開口部が生じた。隠し扉の様だ。生体識別のセンサーが仕込まれているらしく、未登録者の侵入をここでシャットアウト出来る仕組みになっている。

 扉の向こうは通路がまっすぐ伸びており、突き当りは行き止まりになっていた。距離にして百メートルくらいか。壁、床、天井ともに真珠光沢に満たされており、通路の両端には見た目上ドアはないものの、恐らくは関係者しか立ち入れない部屋が隠されているに違いなかった。

 キルンは躊躇することなく通路を進み、突き当りまで訪れた。と、タイミングを見計らったように壁が消失した。

 キルンは特に驚くわけでも無く、表情一つ変えずに次のエリアへと足を踏み入れた。

 彼女にとっては見慣れた光景だった。むしろ戦いが終結する都度に繰り返されたルーティーンと言っても過言ではない。ただいつもと違うのは、彼女にとって今日は記念すべき100回目のセレモニーだという事だろう。契約では彼女がここを訪れるのは今日が最後になる。

 彼女が足を踏み入れた空間――そこは、いくつものコンソールと無数の巨大なモニターが設置されていた。コンソールの前には二十名程のグレイと呼ばれている宇宙人が静かにモニターを確認しながら何かしらのやり取りをしており、そのモニターには同様のグレイや爬虫類のような顔つきの宇宙人達やその他諸々宇宙人達がの犇めき合う姿が映し出されいた。その表情は明らかに二分されており、ある者は歓喜に酔いしれ、またある者は深い悲しみに沈んでいるようにも見えた。

 キルンは吐息をつき、露骨なまでに嫌悪の表情を浮かべた。

「ようこそ司令室へ。百勝目おめでとう」

 彼女の前に、一人の異星人が現れた。背丈は彼女の腰ほどまでしかなく、毛髪も眉毛も無い。白目の無い真っ黒な瞳だけの目が、キルンを見据えていた。容姿はグレイタイプなのだが、何故か体色はくすんだ黄金色に近い。体色というより衣服を身に着けていると考えれば、色の違いはそう不思議ではないことなのだろう。

 キルンは息絶えた茂利の体を静かに床に下した。

「君はいつもここに来ると不機嫌になるな。勝利の喜びに歓喜してよいものを」

 異星人は眉間に皺を寄せた。

「喜べるものか。命懸けの戦いを賭け事の対象にし、余興や娯楽としかとらえていない輩を見ると反吐が出そうだ」

「相変わらず話す言葉に可愛げがないな。容姿はヒューマノイドじゃトップクラスの美形なのに、もったいない話だよ」

 異星人は口元を歪めると皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「総督、約束だ。私の故郷をお前達の隷属から解け」

 キルンが異星人――総督を見据えた。彼に浴びせた台詞同様、その瞳には奴に恩赦を乞い媚び諂う素振りは微塵も宿っていない。

「勿論だとも。だがその前に君に施術した『魔法』を解こう。普通の生活に戻った時には必要の無いスキルだからな」

「解放が先だ。今すぐ私の故郷に駐在している全ての席捲部隊を退却させ、この場で今後二度と我々に干渉しないと書状を書け」

 キルンが強い口調で総督に詰め寄った。

「君は懸命だ。何を言いたいのかはよく分かる。『魔法』を解除したら私が君を消し去り、約束を破棄しようと企んでいるとでも思っているのだろうが、それはない。これでも私はいくつもの惑星を束ねる統治者だ。力だけでなく、それなりに常識をわきまえた人徳者だと自負している。利害関係はあったとはいえ、君と共に歩んでここまで来たのだ。今まで構築した信頼関係を破棄するような無慈悲で愚かな事案は望まない」

「・・・」

「むしろ、恐怖に震え警戒しているのは我々の方だ。君とそこの地球人に施術した『魔法』は我々にとって脅威でしかない。しかも、君達は想定レベルを超え、百パーセントどころか、それを上回る覚醒を発現している。もし強靭化した君が我々に反旗を翻したらどうなるか。惑星返還調停の場で殺されるのではないか――そんな不安があるのでね。どうかその辺りは理解してほしい」

 総督の横に、バスケットボール位の虹色に輝く球体が現れた。

「断る。お前の話はどうも腑に落ちない」

 キルンは表情一つ変えず、静かに彼の申し出を拒否した。が、次の瞬間、忌々し気にかっと目を見開くと顔を憎悪に歪めた。

 彼女の腕が、足が、小刻みに震える。

 それは決して恐怖からではない。動かそうとする彼女の意思に反し、体が硬直しま動かないのだ。

「拒否しても無駄だよ。この医療システムは既に君を捕捉している。時空の位置を固定したから逃げ出すことは出来ない。あと一分で解除の施術を開始する」

 総督は肩を揺すりながら笑声を上げた。

 刹那、鈍い破壊音と共に医療システムは床に転がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る