第14話

「未だ着かないのか。遠いな」

 茂利は車窓の風景を見つめながら呟いた。

「ええ。今日は人里離れた森林になりますから」

 暮亜は事務的に茂利の問い掛けに回答した。

 旅館を出てから数時間近く。例のしつこい工作員は、公安の面々がうまく対処したのか、それとも昨夜の衝撃シーンの余波で立ち直れないのか、俺達の前にはまだ姿を現せてはいない。

 車で最寄りのヘリポートにより、そこでヘリに乗り換えての大移動だった。

 気晴らしにスマホでニュースを見ると、どのサイトも昨日現れた島の話題で持ちきりだった。島と言っても四国と同じくらいの大きさで、当然日本の領海内だから日本の領土なのだが、某国が極秘且つ強引に潜水艦で接近し、上陸を試みたらしい。だが新島にはその時既に空自、海自の面々が既に上陸しており、更には小高い丘に掲げられた薄汚れた日の丸が誇らしげに所有権をアピールしていたのが、全世界に放映され、それがダメ出しの決め手となった。

 空から降って来た、あの日の丸だ。

(今日はどうなるんだろうな)

 三度目の正直となるのだろうか。

 昨日の苦悩の時間も途中から苦悶に変わり、理性が煩悩を駆逐するのにエネルギーを使い果たしてしまってしまい、結局結論は出ていない。

「茂利さん、もうすぐです。準備してください」

「あ、ああ」

 茂利はスマホの画面を閉じた。服装はもう着替えている。ステージが森林だけに、ガチの迷彩服に底の厚いブーツだ。

 ふと車窓に目を向けると、なじみのある巨大な山が姿を現していた。

「戦いの場の森林って、ひょっとしてあれなのか?」

「そうです。あれです。昨日から散策コースを規制して、一般人は入れなくしています」

「あれったって・・・・・・大丈夫か? 例のあれ、自殺の名所だろ。正規の散策コースを規制しても、そこから入るとは限らんぞ。もし戦いの巻き添え喰らってみろ、まず助からないぜ。あ、まあ本人は願ったり叶ったりなんだろうけど。否、ごめん、不謹慎発言撤回する。やっぱそれはまずいな」

「大丈夫です。みんな保護しましたから」

「保護? まあ、それならいいけどさ」

 茂利は言葉を濁した。彼の心配はそれだけではなかった。

(戦闘の余波を受けて、万が一あの日本一の御山が噴火したらどうしたものか)

 有り得る事だった。

 もし噴火したら、溶岩が周囲の原生林を飲み込み、空に吐き出された火山弾や火山灰が広範囲に広がったら、甚大な被害が出るだろう。

 キルンと茂利が形振り構わず戦ったら、恐らく〇〇山は簡単に平地となり、厥すそ野に広がる原生林は跡形もなく焼け落ちるのは確実だ。

(どう戦う? 島はそれ以上の島となって復活したが、今度もそううまくいくとは限らない。

 最悪は天変地異の引き金になりかねないリスクを孕んでいる。

「着いたぞ」

 御嵩のロートーンの声が海鮮開始を告げた。

 だが、ヘリはホバリングしたまま、一向に着地しようとしない。

 それもそのはず。眼下にはヘリが着陸できるような平地が全くないのだ。

「茂利さん、降りて下さい」

 暮亜が茂利にそう促すと、茂利はぎょっとした面持ちで彼女を見据えた。

「降りて下さいって、ヘリはまだ着陸していないしーー」

「飛び降りて下さい」

「飛び降りてって、此処から?」

「はい、此処からです」

「ここからってーーおいおい、どう見ても地面まで百メ―トル以上は有るだろ! パラシュートはあるのか? 」

「そんなの無くったって、茂利さんなら大丈夫!」

 暮亜は超真顔で茂利に親指を立てて見せた。

 確かに。

 彼ならここから裸で飛び降りたところで、何のダメージも受けない。

 彼もそれが分かっているからか、何か言いたげながらも反論せずに黙って頷く。

「いつでもどうぞ」

 御嵩がゴーサイン。暮亜は頷くと、ヘリのハッチを開けた。

「じゃあな、行って来る」

 暮亜に囁くと、茂利は躊躇する事無くハッチから身を躍らせた。

「ご武運をっ! 」

 暮亜の声が、幽かに茂利の耳に届いた。

 後ろ手で軽く合図すると、茂利は身を反転させながら、着地点を追った。

(なるべく木々の隙間。出来れば岩肌が露出していない箇所がいいな)

 茂利は冷静に落下点を見極めた。

 戦闘も三日目となり、自分に与えられ特殊能力の幅広い可能性に市への恐怖は完璧に払拭されていた。

 木々の間をすり抜け、彼は降り積もったの落ち葉の上に着地した。上空を見上げると、僅かな木立の隙間からヘリが立ち去っていくのが見える。

 そろそろキルンが到着する頃だが、これだけ木々が生い茂っていると茂利を見つけるのも一苦労だろう。

 彼にとっては好都合だ。

 場合によっては手合わせしないうちにタイムリミットを迎えることも考えられる。

(何とか、話し合いの場が取れないものか。確か戦闘は奴らが遠隔で監視しているんだったな。そうなると、タイムリミット後の迎えが来るまでの間しかない)

 不意に、頭上が明るくなる。

 白色の発光体。キルンのUFOだ。

(くそっ、全てお見通しかよ。時間稼ぎは無理か)

 白色に輝くそれは、茂利の消極的な企みを全否定するかのように、忌々し気に見開いた彼の視界いっぱいに埋め尽くしていた。

 光体の中央部から人影が現れる。キルンだ。

 キルンは放たれた矢の様に中空を駆ると、茂利の目前に降り立った。

「待たせたな」

「ああ。それよりその恰好は何だ」

 茂利はキルンのコスチュームを凝視した。

 白い羽織に赤い袴。

 いうまでもなく、巫女の格好だ。

「今回のステージが、お前達日本人にとって神聖な場所らしいからな」

 キルンは意味深な笑みを浮かべながら、親指を立てて杭っと背後を指さした。場所が特定されてしまうので、はっきりとは言えないが、彼女の指す方向には、間違いなく多くの人々が崇高する日本一高い山がどでんと控えている。

「後ろの山、更地にするんじゃねえぞ」

「極力」

 その言葉が戦闘の合図となった。

 キルンは地を蹴ると地面すれすれを跳躍。茂利との間合いを一気に詰める。

(今日はどんな獲物を使うつもりか? )

 まるで茂利の思考を読んだかのように、彼女の手の中で闘気が形状化していく。

 やがて輪郭を成したのは細長い金属光沢。日本刀じゃない。剣だ。細身の刀身

は西洋の両刃の者ではないが、装飾とフォルムは遠い古の倭を彷彿させる何処か懐かしくも荘厳な風貌を秘めている。

(見た事は無いが、ひょっとしたら草薙剣? )

「おいこら、そいつを振り回すんじゃねえっ! お前の獲物、重要な神器だぞっ」

「心配ご無用。私の気で作り上げた復刻版だ」

 キルンは茂利の質問に的確な回答を返していた。地球の、と言うよりも日本の

歴史や文化、風俗――と言ってもあちらの意味ではないーーを掌握し、対戦相手

に畏敬の念を払うのが彼女なりの礼儀らしいが、その知識と造形の深さには舌を

巻く程だ。

キルンの回答通り、まあ、本物じゃないのは分かる。本物は瀬戸内海の底に眠

っているのだから。

 とは言え、茂利の置かれている状況は、決して安心できる状況ではなかった。

 茂利は迫り来る刃をかわしながら木々の間を疾走した。

 キルンは進路を妨げる木々を片っ端から切り倒しながら突き進んでくる。

 昨日までの戦法を思い返してみると想定内の攻撃だった。

 雑なのだ。

 力任せにガンガン突き進むタイプ。作戦もへったくれもない。それでも今まで全戦全勝を誇るのは、そのパワーの凄まじさ故にだろう。

 理不尽な伐採はものの数分で埼玉アリーナ一個分に広がり、その進行に衰えは

感じられない。

(そろそろ何とかしねえと、無駄に自然破壊が進んじまう)

 茂利は足を止めると真っ向からキルンと対峙した。

 間髪を入れずにキルンの刃が茂利の首を狙う。

 刹那、剣は冷たい金属音と共に動きを止めた。人一人すっぽりと覆い隠す位の

巨大な一枚岩が、キルンの前に立ちはだかっていた。

「どうだ。これぞ有名な天の岩戸だ。復刻版だが、いくらお前でも簡単には切れ

ねえぞ」

 茂利は得意げにキルンを挑発した。 

 が、その表情は瞬時にして消失すると、戦慄の咢にすっぽり飲み込まれていく。

 巨石に横一文字の亀裂が走り、上下に分断されると、上半分がずりずりと滑り落ちる。

 その向こうに、勝機に喜悦するキルンの姿が。

「切りやがったかっ!」

 茂利は立て続けに岩戸を生み出し、キルンの進路を閉ざした。

 だがまるで青竹を斬るように、キルンは岩戸を次々に切り崩していく。それはまるで二人の軌跡を形どるかのように巨大な石畳を原生林の間隙に築いていく。

(防戦ばかりじゃ駄目か)

 茂利は一際大きな岩戸を打ち建てると、上空へと跳躍した。

 茂利の動向を瞬時に察知したキルンも、岩戸を紫電一閃した直後に跳躍。

 無防備な茂利に容赦なく剣を突き立てる。

 刹那。

 茂利の手に形状化した大振りの剣がそれを払いのけた。

 刃と刃の間に溶岩の様な厚く焼きただれた闘気が炸裂する。

 二人は弾かれたように間合いを取ると、中空を浮遊しながら対峙した。

「ラグナロクだ。レプリカだがな」

 茂利は精悍な表情でキルンを見た。北欧神話の神が最終戦争に用いた究極の

神器だ。地球を熟知している彼女なら、その武器の謂れを熟知しているはずだ。

「いいのか? レプリカとは言え、その神器は人類を滅亡へと導くぞ」

 キルンが恐ろしく無表情のまま、淡々と語った。茂利の生み出した武器に決して臆している訳ではない。むしろその神器の背景を理解した上で、無謀にも扱おうとする茂利を諫めているようにも思える。

「扱い方次第だ」

「お前が人の道を外さずに使いこなせると?」

「やってみなきゃ分からん。神話上、どう解釈されているのかは俺は知らん。只昔やったゲームの中に出てきたすげえ武器だって事位しか分からないからな」

「ふざけた奴め」

「いんや、至ってまじめだ」

 茂利は大きく剣を薙いだ。空に刻んだ軌跡が熱い気の波動となってキルンを襲う。

 キルンは落ち着き払った剣さばきでそれを一閃。彼女の一振りで巻き起こった静の波動が熱く焼ける茂利の波動を次々に打ち消していく。

 茂利の剣からおびただしい紅蓮の闘気が迸る。己の攻撃を一蹴したキルンへの報復に狂う剣の性だった。

 剣の魂に同調したかのように、茂利は憤怒に顔を見にくく歪めながら、キルン目掛けて中空を滑空した。

 同時に、迎え撃つキルンも動く。

 灼熱と静寂。

 それぞれ相反する気の噴流が空間御真っ二つに分断し、激しく渦巻きぶつかり合う。

 組み合う剣と剣。

 互いの力に優劣は無く、拮抗した状態だった。

 茂利は殺気に満ちた目で目前のキルンを見据えた。

 彼の目に、昨夜までの迷いは無かった。それは手にした剣の意志に魂を乗っ取られたかのようにさえ見える。だが剣は彼の思考の産物に過ぎない。剣に操られるなどありえないのだ。

 キルンはそんな茂利に動じる所作は一切見せず、むしろ嬉しそうな表情すら浮かべている。

 繰り返される剣技の応酬に、途切れることの無い緊張の中、周囲の空気はピリピリと震え、他者を寄せ付けない神々しくも戦慄に満ちた結界を築いていた。

 隙の無い接近戦が繰り返される都度、金臭い匂いが辺りに立ち込める。互いの剣が空を裂く都度、摩擦熱で大気が焼け付くのだ。

 キルンが茂利の剣を振り払い、一刹那後に剣先を茂利の胸元目掛け突き入れる。 

 同時に。

 茂利は剣を引くと脇を固め、まっすぐ剣先を立てるとそのまま突き入れる。

 互いの剣先が、ぴたりと制止した。

 二人の剣は、剣先の一点で接触し、微動だにしない。

 力は五分五分。

 隙が出た方が敗者となる。

 時が。

 風が。

 何もかもが完璧に停止していた。

 微かに聞こえるのは二人の呼吸音だけ。

 それも一糸乱れる事無く見事にシンクロしている。

 二人は互いの剣先を凝視していた。

 生きる為にどう動くか。

 勝つためにどう動くか。

 二人は共に同じ思考を張り巡らせ、次の動きの選択に全神経を注いでいた。

 静と動――二つの相反する闘気の噴流は、太陽のプロミネンスの様に大きく揺

らめきながら、二人を包み込んで行く。

 二人の刃が接点を離脱すると、その延長線上から大きく身を交わし、剣を薙ぐ。

 流れるように空を走る剣筋に導かれるように、激しく燃え上がる紅蓮と蒼炎の

気の渦が、二人を境に交差する。

 再び刃と刃が接触。

 刹那、二つの気はひときわ大きく燃え上がり、木々を、大地を、空を容赦なく

焼き尽くしていく。

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