第109話 静かな称賛

地震、大丈夫でしたか?


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


「わっ……」


 サーゲイが引く客車から降りると、僕は思わず声を上げた。


 第3層へと向かうダンジョンの前に広がっていた光景を見て、目を丸くする。


 集まっていたのは、エルフさらに獣人だ。


 こんなにも多くの獣人がいたのかと思う程、僕の視界の半分を埋め尽くしている。しかも、その傍らには同じく多くのエルフがいるのだ。


 第2層に来て、全く見られなかった2つの種族のツーショットに、僕は息を飲まざるえなかった。


「待っていたよ、2人とも」


 進み出てきたのは、ユーハーン王だ。


 側にはレキとレニが、会った時と同じ服装のまま控えていた。


「陛下……」


「ユーハーン陛下、どうしてここに?」


 アストリアと僕は目を瞬かせる。


 すると、よく知る訛りが入った声が横合いから響いた。


「んなもん、決まってるやろ。お前らを見送りに来たに決まってるやんか!」


 ロクセルさんが近づいてくる。


 その背後にはリッピーさんも見て、機嫌良さげに尻尾をクルクルと振っていた。


 驚いたことに、2人ともエルフの“小臣ことど”が着るような正装をしている。きちんと獣人用にアレンジされていた。


「2人とも、その恰好は?」


「むふふふ……。いいでしょう!」


 リッピーさんは、くるりとその場で回転した。


 機嫌が良いのはそういうことらしい。


「リッピー、はしゃぐなや。これはエルフが着るもんやぞ。けったくそ悪い!」


 ロクセルさんは胸の辺りの布地を、爪の先で引っ張った。


「そんなこと言って! ロクセルもさっき鏡を見ながら、鼻唄歌ってたやないの?」


「げっ! お前、聞いてたんか!? あ、あれはな――――」


 早速、2人は夫婦漫才を始める。


 その絶妙な掛け合いを見て、エルフ・獣人問わず、ドッと受けていた。


「2人には宮廷で働いてもらうことになった」


 ユーハーン王は説明する。


「オルロさんから聞きました。でも――――」


 2人の漫才は依然として続いている。これなら兵武省ではなく、何か喜劇省でも作って、国民を笑わせるような舞台を作る方がいいじゃないかって思う。


 大丈夫かな……。ちょっと心配になってきた。


「何……。私は心配していないよ。オルロとともに、私を支えてくれるだろう」


 ロクセルさんも、リッピーさんも元は反政府組織の人間だった。


 不安がないと言えば、嘘になるだろう。


 でも、無茶なことは絶対しないはずだ。


 ロクセルさんはずっとこの国を正そうとした。


 多分これからも、国が乱れた時、みんなが間違った方向に行こうとした時、都度道を正してくれるはずだ。


 ユーハーン王もそれを望んで起用したのだろう。


「ユーリ殿……。アストリア殿……。改めてありがとう」


 突然、ユーハーン王は頭を下げる。


 彼だけではない。


 レキも、レニも、そしてロクセルさんや、リッピーさんも。


 後ろに控えたエルフや獣人たちが、僕たちに向かって頭を下げていた。


「陛下……」


「アストリア殿、これは感謝の礼だ。立場や身分などではない。人が自然と頭を垂れることを、私はそこまで禁止するつもりもない」



 そんな国にもしようとは思わない……。



「ありがとう。君たちがいたからこそ、カリビア神王国は長い悪夢から脱することができそうだ」


 称賛することに、時に万雷の拍手で讃えることもあるだろう。


 この第2層テネグでは違う。


 ただ皆が静かに頭を垂れた。


 エルフも、獣人も関係ない。


 ちょっと皮肉なのかもしれないけど、今この時互いの種族が1つになったような気がした。


 静かな称賛だ。神樹がそびえ立つこの第2層において、それは相応な感謝の仕方のように思えた。


 しかし、今2つの種族が肩を並べる光景を、多分誰よりも待ち望んだ人の姿はいない。


「フィーネルがこの光景を見れば、喜んだだろうな」


 呟いたのは、アストリアだった。


 ユーハーン王の顔も、ロクセルさん、リッピーさんの顔も曇る。


 皆が、この時誰よりも改革を望み、勇敢にも魔獣王に1人挑んだ彼女のことを考えていた。


 僕にもっと力があれば……。


 そう思いながら、僕は拳を握る。


 確かにフィーネルさんが亡くなったのは、第2層に来る前だ。


 それでも、誰よりもエルフと獣人を望んでいたであろうフィーネルさんが、ここにいないのは、やはり納得できない。


 人を生き返らせることは鍵魔法ではできない。


 いや、どんな魔法でも難しいことだ。


 けれど、時間を停めることができる僕の鍵魔法が、ひと1人の命を助けることができなかったのは、ただただ悔いるしかなかった。


「そう気に病んでくれるな、ユーリ」


「そうや、坊主。王女さんも、草葉の陰で喜んでくれるって」


「せやせや……」


 皆が僕の背中や肩を叩く。


 そして、そこで僕は第2層で出会ったたくさんの人に別れを告げて、第3層へと向かった。





 ダンジョンの入口から数百メートル進んだところで、僕は立ち止まる。


 先導していたアストリアは、足音に気付いて振り返った。


「フィーネルのことだな、ユーリ」


 僕が言う前にアストリアは言った。


 驚きすぎて、何を言おうとしていたのか、僕は忘れる。


 かろうじて――――。


「なんでわかったの?」


 言葉を返すと、アストリアはふっと笑った。


「仮とはいえ、祝言を挙げた仲だぞ、私たちは。君が考えていることはわかる。……1つ訊いてもいいか?」


「え? う、うん……」


「君はフィーネル王女が好きだったのか?」


「へっ?」


 僕は思わず絶句したが、慌てて頭を振った。


「ち、ちが! 僕は君が――アストリアが大好きだよ!」


 僕の声はダンジョンの洞窟内に響く。


 暗がりだったが、アストリアの頬が少し赤くなるのが見えた。


「な、なら……。そもそも君が会ったフィーネル王女は、偽物だったのだ。君をその……籠絡しようと、過度に気味にすり寄った可能性だってあるんだぞ」


「うん。アストリアの言う通りだね」


「ならば……」


 僕たちはフィーネルさんを知らない。


 けれど――――。


「フィーネルさんをよく知る人たちは知っている。ユーハーン陛下、レキやレニ……」


 獣人の保護を始めたのは、フィーネルさんが亡くなる前だったらしい。


 ならばロクセルさんやリッピーさんも、生前のフィーネルさんを知っていることになる。


 そんな人たちが、言の葉に載せるだけで顔を曇らせるのだ。


 どれだけ彼女が慕われていたか、容易に想像が付く。


 その無念を思うと、僕は――――。


「わかった。で――――君は、その彼女を救う方法を思い付いて、足を止めた」


「すごい……。そんなことまでわかるの?」


「さっきと以下同文……。どうせ君のことだ。とんでもないことだろうが、止めるか止めないかは、方法を聞いてからにしよう」


「うん。その――――」



 時間を【崩壊リリース】させる……。



「はっ!? 時間を…………崩壊?」


「ユーリ、貴様……。またとんでもないことを考えおったな」


 影の中から、僕たちのやりとり黙って聞いていたサリアが顔を出す。


「どういうことだ、サリア? ユーリは何をやろうとしているのだ?」


「今言った通りだ。時間の崩壊よ……。時間という概念が崩壊させるのだ」


「そうすれば、どうなる……」



 世界が一時的に崩壊する。



「――――ッ! ちょ、それって……」


「案ずるな、一時的に崩壊するだけで、自浄能力によって時間が元に戻ろうとするだろう」


「そんなことをして、フィーネル王女を助けることなんて」


「お主にはできない。だが、鍵師じゅつしゃであるユーリは違う。【時間停止】を見るように、ユーリは時間という概念から括られた存在ではない。つまり、崩壊した時間の中でも、ユーリは移動することができる」


「は、話は見えないのだが……」


「時間とは始まりがあって、終わりがある。だが、崩壊はその概念が変わる。すべてがスタートであり、すべてが終息する。今まで積み上げた時間が、崩壊することによって1度煮えたぎった鍋の中に放り込まれるのだ。ユーリ、その鍋の中でフィーネルが生きている過去を見つけ、魔獣王の歯牙にかかる前に救いだそうということじゃろう」


「危険ではないのか?」


 僕は首を振る。


「正直、僕にもわからない。やったことがないからね。今の時間に……君との祝言をあげることができた時間に戻ってくる保証はない」


「なら、やめてくれ! そこまでリスクを背負う必要は無い」


 アストリアは銀髪を振った。


「君がフィーネル王女の無念さに心を痛めているのはわかる。それでも、私が君まで――――」


 僕はアストリアを抱きしめる。


 突然のことで驚いたのか。アストリアはそれ以上何も言わなくなてしまった。


「アストリア……?」


「いや、君のことだ。説得は無駄なのだろう……。1つだけ……」


「う、うん」


「絶対に私のところに戻ってきてくれ」


「うん。戻ってくるよ、必ず……」


 僕は早速、鍵魔法をかける。


 サリアにも手伝ってもらった。


 彼女の魔力がなければ、さすがに時間という概念を崩壊させるなんて無理だ。


 僕が集中する中、サリアは僕の心に声をかけてきた。


『言わなくても良いのか、ユーリ。この方法は、アストリアにもメリットがあるんだぞ』


『気付いていたんだね、サリア』


『お主が、会ったこともない少女にここまで執着するのはおかしいとは思っただけじゃ。お主、本当はアストリアを助けたいのではないか? フィーネルはついでであろう』


『そうじゃない。フィーネル王女も助けるよ。でも――――』


 仮にサリアの説明通り、僕が過去に戻り、改変ができるならば、おそらくアストリアが『円卓』メンバーに裏切られることも未然に防げるはずだ。


 そうすれば、結果的に彼女の悲願である『円卓』メンバーの救出が叶うことになる。


 同時に――――。


『お前とアストリアが出会わず……。アストリアはお前への思いをなくすかもしれぬぞ』


『…………そうだね』


 でも、これは必要なことだ。


 『円卓』が第9層で救出を求めるようになって、すでに1ヶ月以上が過ぎている。


 常に危険にさらされている状況であるなら、この1ヶ月というのはあまりに絶望的な日数だ。


 ならば過去に戻り、『円卓』メンバーの裏切りと、速やかな第9層からの脱出を促す。


 それが僕の真意だった。


『今なら思うよ。……彼女の幸せは僕の幸せだって。だから、僕は行くよ。過去へ――』


 僕は前を向いた。


 手を掲げ、集中する。


『よかろう。そこまで覚悟しているというなら、何も言わぬ。それに楽しそうだしな。魔獣王が度肝を抜かす顔が…………』


 サリアは影の中で、口角を上げた。


「ユーリ!」


「アストリア! ……大好きだよ」


「私も……。君が大好きだ」


 アストリアは笑う。涙が出るほど、美しく、綺麗だった。


「時間――――」



 【崩壊リリース】!



 その瞬間、世界の貼り付けられたすべての景色が、硝子のように剥がれ、粉々になっていく姿と音を聞いた。



 ◆◇◆◇◆



 唐突に扉が開いた。


 奥にいた獣は、薄目を開ける。


 久方ぶりに見た外の光を見て、目を細めた。


 ゆっくりと巨体を揺るがし、巨大な切り株ような足に力を込めて立ち上がる。


 扉には勇者の封印が施されていたはず。


 それをあっさりと開かれたことに、その魔獣は一部の驚きを見せず、扉の前に佇む青年を見つめていた。


『来たか、ユーリ・キーデンス……。初めましてと言いたいところだが、お前は俺を知っているのだったな』


 魔獣王ガルヴェニは、喉を鳴らしながら、青年を睨む。


『いや、初めましてというのもおかしいか……。お前はすでに我に会っているのだかな。正確には、未来の我だが……』


 ガルヴェニの未来を見通せる瞳が光る。


 未来視によってここに来ることがわかっていても、ユーリの決心も姿も、揺らぐことはなかった。


「ガルヴェニ、ここでお前を倒させてもらう」


 ユーリは力強く拳を握る。


 すでにその手には、己の限界を超えた膂力が込められていた。


『限界の【解放リリース】か。だが、過去の我が未来の我に劣る道理はないぞ、鍵師。貴様よりも先に、我は未来を視てやる』



 さあ、かかってくるがいい……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~



ラスト1話です。


ここまでお読みいただきありがとうございます!


拙作、書籍版『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』の方もよろしくお願いしますm(_ _)m

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