第98話 我、復活

 ゆっくりと剣が抜かれる。


 その瞬間、鮮血が火花のように散った。


 すでにフィーネルさんの意識はない。


 綺麗な萌葱色の色の瞳は、雲に隠れた太陽に急速に光が失っていった。


 そしてフィーネルさんは倒れる。


 彼女を受け止めたのは、自身が満たした鮮血だった。


 嘘だろ……。


 ひどく現実感のない光景だった。


 人の死に立ち会ったのは、これまで何度もある。


 けれど、これほど深い失望に襲われたのは、父さんを亡くした時以来だ。


 頭の中でぐるぐると記憶が回る。


 そのどれもが、あの日だまりのアパートメントで獣人の子どもたちと戯れるフィーネルさんの姿だった。


 やめろ……。


 まるでフィーネルさんの死を認めたみたいじゃないか!


 僕は何度もその光景を振り払おうとしたが、蘇ってくるのは、フィーネルさんの笑顔ばかりだった。


「嘘……」


 エイリナ姫も口を手で覆い、ショックを隠せない。


 同じ姫君というのもあるのだろう。


「――――ッ!」


 最初に気配に気付いたのは、アストリアだった。


 もうその時に遅い。


 鉄靴と、具足を慣らす音が聞こえてくる。


 現れたのは、宮中近衛隊だ。


 あの隊長の姿は見えなかったが、士気は高い。


 ざっと見回しても、300名近いエルフがいて、社の外を見ればさらに倍の人数の近衛たちが、武具をかざしていた。


 すっかり囲まれている。


 おそらくだけど、宮廷を混乱させるために放った魔物たちはすべて討伐されたのだろう。


「ちょ……。まずくない」


「撤退しようにもこれでは……」


 もはや逃げ場はない。


 僕たちは追い詰められたのだ。


 けど、僕には関係ない。朱に染まったフィーネルさんを抱き起こす。


 すでに血色は失われ、真珠のように白い肌は青くなっていて、ピクリとも動かない。かろうじて、そのぬくもりを感じられるという程度だった。


 悲しみ、さらに怒り……。


 そこに付け加えるなら疑念だった。


 フィーネルさんには僕の鍵魔法がかかっていたはず。


 何人たりとも近づけないはずだった。それは剣も魔法も同じであることは、先のアパートメントでの宮中近衛隊との争いで証明されている。


 なのに、何故…………?


 その気持ちを、まま目の前にいる男に眼光とともに叩きつけた。


「離れたまえ……」


 その男は厳かに言った。


 緩やかに背中まで伸びた銀髪。まるでお手本のように綺麗に伸びたエルフ耳。男とは白い肌と、引き締まった筋肉。


 神王国特有の着物を何層にも重ね着し、厚底のブーツのような靴を履いた男は、剣を僕の眉間に向かってかざしている。


 答えなくても雰囲気でわかる。


 この人こそ“おおきみ”だ。


 顔に仮面を付け、容貌こそ確認できないけど、顎のラインと唇の形は、フィーネルさんとそっくりだった。


 だから、僕は余計に目の前の“おおきみ”がしたことが許せなかった。


「何故……。何故ですか?」


 僕が呟くと、“おおきみ”は口の端をぴくりと動かす。


「それは君の鍵魔法の庇護にありながら、フィーネルの身体を貫けたことか。それとも実の父親である私が、どうしてフィーネルを殺せるのだということかな?」


「両方です!」


 僕は噛みつく。


 “おおきみ”は持っていた剣の刀身を見せる。そこには様々な僕の知らない呪字が書かれていた。


「これは我が国の刀匠に打たせた『退魔の剣』だ。あらゆる魔法、もちろん神仙術をも否定キャンセルできる能力を持っている」


「退魔の剣……。まさか僕との戦いを想定して」


「ムスタリフ王国に優秀な鍵師がいることは伝え聞いていた。だとしても、私は君と戦うつもりなどない」


 じゃあ、一体……。


 あ。そうか。


「あなたはしんと戦うつもりだったのか?」


「本当を言えば、そうした事態を避けたかった。だが、事ここに至っては、こうするしかなかった」


「フィーネルさんは、あなたの実の娘ですよ! それを手にかけるなんて」


 なんなんだ、この人は。


 実の娘を切り、悲しむそぶりすらみせず、淡々と喋っている。


 憎い……。この人が……。


 着ている着物の白さにすら、怒りが湧いてくる。


「その子が本当の娘であれば……。私もこんなことはしなかったのだけどね」


「え?」


「さあ、ユーリくん。離れたまえ」


「やめろ! これ以上、フィーネルさんをどうするつもりだ!!」


 すると、“おおきみ”は息を吐く。


「レキ! レニ!」


 先ほどの“”が踊り出る。


 レキが【神足通】を使い、風のように襲いかかってきた。


 僕もまたナイフを構える。レキが振るうショートソードをなんとか捌いた。だが、その影に隠れていたレニが、僕の脇腹に蹴りを見舞う。


「全身――――」



 【閉めろロック】!



 鍵魔法をかけて、防御する。


 だが、その前に蹴りはヒットし、僕は吹き飛ばされた。


 【閉めろロック】できたおかげで、外傷はほとんどない。


「フィーネルさん!!」


 彼女との距離ができてしまう。さらにレキとレニが、行く手を阻んだ。


 その間に“おおきみ”は、フィーネルさんに近づく。さらにとどめを刺そうというのか。退魔の剣の切っ先を彼女に向けた。


「やめろ!!」


 こうなったら、サリアに力を借りるしかない。


「サリア! 魔力を借りるよ。時間――――」



「待て、ユーリ」



 サリアが叫ぶ。


 次の瞬間、“おおきみ”が持つ退魔の剣は下ろされた。


 実子の胸をさらに貫かれる


 ――――そう思ったが違う。



 パンッ!!



 何か空気が弾けるような音が聞こえる。


 事実、突如生まれた衝撃波によって側にいた“おおきみ”や、背にしていたレキとレニが吹き飛ばされた。


 3人に特別な外傷はない。


 “おおきみ”は退魔の剣を杖代わりにしながら、すぐに立ち上がる。


「遅かったか……」


 忌々しげに唇を噛む。


 レキとレニも僕ではなく、フィーネルさんの方を向いて構えた。


「え?」


 僕も気付く。


 その禍々しい気配に……。


 同時にふわりと甘い匂いが漂う。大きく吸い込めば、それだけで気が遠くなりそうな甘い、甘い匂い。


 最初はお香の香りだと思っていた。


 だが、違うのだ。


 そもそもその発生源は、先ほどまで大量に血を流していたフィーネルさんにあった。


「そろそろ正体を現したらどうだ、“しん”よ。私はいい。だが、フィーネルを信じてくれた、そこの青年に対して私は忍びない気持ちでいっぱいなのだ」


 “おおきみ”は僕を剣で指し示しながら、言った。


 僕は全く事態を飲み込めていない。


 未だに頭の中でフィーネルさんとの記憶が錯綜している。


 混乱の最中にある中、それはゆっくりと起き上がった。


『ぐふフふ……。もう少シ茶番を見テイたかったのダがな』


 フィーネルさんだ。


 そして、禍々しく歪んだ声もフィーネルさんから聞こえてくる。


 すると、その口が大きく裂けた。


『愚ははハはhaは刃はは破ハはhaハははハハは覇はは!!!!』


 歪んだ笑声をまき散らす。


 その瞬間、僕が【開けリリース】した封印の扉が開いた。


 バンと大きく開け放たれるが、そこには何もない。


 その直後起こったのは、赤黒い魔力を纏い、同じく目を赤黒くさせたフィーネルさんの姿だった。


『復活、ダ……。われ、復活!!』


 再び哄笑をまき散らすのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ぐぐ……。ご、ごご……。


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