第92話 樵との出会い(後編)

 紡錘形の耳をくるくると動かし、黒い鼻をヒクヒク動かしている。

 パッチリと開いたカーキ色の瞳は綺麗で、すでに僕の方を向いていた。


 そしてその頭には立派な角が生えている。


「ごめんなさい。怖がらせるつもりなかったんです。客車から外を眺めていて、あなたが神樹を切っているのが見えて」


「客車……。エルフじゃないな。もしかして、冒険者か」


「は、はい」


「そうか」


 ふっと鹿頭の獣人は息を吐いた。


 そして持っていた大きな斧を地面に下ろし、首にかけた手ぬぐいで汗を拭う。


 だが、驚いたのは神樹につけられた断面だ。

 10人ほどの大人が手を広げてやっと囲めるぐらいの太い幹。

 そこにパックリと刃を入れた痕が開いていた。


 この人、1人でやったのだろうか。


「君、名前は?」


「ユーリ、と言います。かけ出しの冒険者です」


「俺はググリという。この近くに住んでいる“こり”だ」


 確か神都の外に住み、神樹を切ることが許された身分だっけ?


「これ、全部ググリさんが?」


 僕は作業中の断面を指差しながら、目を輝かせる。


「ん? ああ……」


「すごいですね。これで、どれぐらい時間がかかってるんですか?」


「半日ってところか……」


 は、半日?


 すごい。

 断面をよく見ると、すでに幹の半分近くまで来ている。

 僕が頑張ってやっても、果たして1週間でここまで切れるだろうか。


「興味あるなら、やってみるかい?」


「お仕事の邪魔になりませんか」


「もう十分邪魔になってるよ」


「す、すみません」


「ふははははは……」


 突然ググリさんは大きく口を開けて笑い出した。


 僕はただただ首を傾げるだけだ。


「素直だねぇ、君は。とにかくやってみなさい」


 斧を渡される。

 お、重ッ!

 思ったよりもずっと重い。


 それでもなんとか振りかぶる。

 やばい。

 持ってるだけで一苦労だ。

 これじゃあ半日持つのだって難しい。


 ちょっとだけズルしよう。


 僕はしっかりと斧を握ると、鍵魔法をかけた。


「手と斧――――」



 【閉めろロック】!



 よ、よし。

 これで斧が自分の手から離れることはない。

 すっぽ抜けて、ググリさんに当たったら大変だしね。


 僕は腰を落とし、とりあえずありったけの力を神樹に叩きつけた。


 ゴンッ!


 空気が震える。

 同時に神樹の先の枝が揺れた。

 葉がヒラヒラと落ちてくる。

 まるで抗議するかのように、騒がしい野鳥の鳴き声が聞こえた。


「痛っぅぅぅぅぅぅぅ~」


 僕は鍵魔法を解除して、蹲る。

 思いの外腕に走った衝撃が強かった。

 手を固めていたからだろうか。


 でも、こんな大変な仕事をしているググリさんには、改めてすごいと思った。


「なかなかやるね」


「全然です……」


「いや、斧を落とさなかっただけでも十分すごいよ。普通の人は、全力で振ると手を離してしまう」


「それだけ、この樹が強いってことですね」


 獣人であるググリさんでなければ、切るのは難しいだろう。


 神樹は第2層の特産だ。

 寝具や家具、あるいは木細工など、様々な加工がされて、各層に出荷される。

 高値でも、貴族がこぞって争うほどだ。

 いわば、神樹の家具は金持ちのステータスなのである。


 でも、「神の樹」って書いて、神樹なのに……。

 崇めているのか、そうでないのか僕にはよくわからない。


 質問してみると、ググリさんは少し笑ってから言った。


「神樹は魔力を吸う樹でね。成長も早いんだ。この樹でどれぐらいだと思う?」


「え? 500年ぐらいですか?」


「たった10年だよ……」


「えええええええええええ!!」


 僕の絶叫が、静かな森に響く。


「だから、早く切らないと神樹だらけになってしまう。それに神樹というのは、魔力を嫌ったエルフが名付けたそうだ。昔、魔力は邪な力だとエルフは思っていたらしくってね。エルフからすれば、神樹は魔力を吸収してくれる神様みたいな存在だったんだろうね」


「詳しいですね」


「もう5世代に渡って、木こりをやってるからね」


「5世代……。他の仕事をしようとは思わなかったんですか?」


「うちは“こり”だよ。木を切ることしか許されていない」


「じゃあ、自由に職業が選べるとしたら」


「それでも“こり”を選んだかな。他の職業のことはあまり知らない。それに家がずっと続けていたことだからね。むしろ誇らしく思うよ」


 家がずっと続けていた、か……。


 少しわかるかな。

 僕もキーデンス家の宿業に倣って、鍵師になったんだから。

 でも、誇らしいと思ったことはないかな。


 毎日大変だったし。


 でも、ずっと続けていれば、そう思う日もあったのだろうか。


「ググリさん、1つ質問させてもらってもいいですか?」


 僕は質問を投げかけるのだった。


「質問? どんなことかな?」


「エルフとこの国に対して、どういう思いがありますか?」


「漠然とした質問だね」


「すみません」


「明確に答えるのは難しいかな……」


「フィーリングでも構いません。頭に思ったことをそのまま答えてくれませんか?」


「そうだね……。初めに思うのは――――」



 怖い、かな……。



「それはエルフ、それとも国?」


「それもあるけどね。けれど、もう1つある」


「何ですか?」


「我々自身だよ」


「あっ……」


「俺はこの生活を気に入ってるし、手放したくない。でも、獣人の中には不満を持つ者も、少なからず存在する。だが、また昔のような戦争になるんじゃないかって思う時がある」


 さらにググリさんは、こう言った。


「エルフにはそうした民衆を押さえる力がある。きちんとした政府があるからね。けれど、獣人にはいまだにないんだよ。もちろん、俺たちは神王国政府の下にある獣人だ。けど、そう思っている獣人がほとんどいない。何かの弾みで暴走した時、それを止める指導者もいない。それが怖い……」


「…………」


「ユーリくん?」


「あ、すみません。ちょっと考え事を。ありがとうございます。とても貴重な意見でした」


「どう致しまして。それよりも君の仲間が、君を捜してるみたいだよ」


 ググリさんは耳をピクピクと動かす。

 僕もよく耳を澄ますと、アストリアとエイリナ姫の声が聞こえた。


「そのようです。じゃあ、ググリさん」


「ああ……」


 そう言って、僕はググリさんと別れ、ダンジョンへと目指すのだった。




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