第84話 熱

 宮廷からたなびく黒い煙。

 当然、それはアパートメントを取り囲む宮中近衛隊にも見えていた。

 隊員たちの動揺は大きい。

 しばらく煙を見て、固まっていたほどだった。


 先ほどまで威勢のいい口上を口にしていた隊長も、口をあんぐりと開けたまま微動だにしない。


 最初に我に返ったのは、僕だった。

 このチャンスを逃す術はない。

 僕は魔力が空っぽになった身体を動かし、無理やり笑った。


「あははははは……。残念でしたね。こちらは囮です」


「なに? どういうことだ?」


 隊長は飛び上がった。


「まだわからないんですか? あなたたちをこちらに引きつけ、僕たちの仲間が宮廷を襲う算段になっていたんですよ」


「な、なんだとぉおぉぉぉおおぉお!!」


 天地がひっくり返るような声を上げる。

 なんだか、ちょっと面白くなってきた。


 勿論、嘘だ。

 けど、この嘘にアストリアは乗っかった。


「宮廷近衛隊は、まさしく宮廷防衛の要。それが出っ張ってくるのだ。この時を逃さずして、いつこの国に変革が起こるというのだ」


「そうです! みんな、聞いて欲しい。これが変革の狼煙です!!」


 僕がビッと宮廷を指差す。

 その瞬間――――。



 ドドォォォォォォォォオオオオオオオンンンンン!!



 再び爆発が起こった。

 今度は逆側だ。

 黒い煙がたなびき、その下では炎が燃えさかっている。


 あれ?


 思いっきりタイミングが重なってしまった。


「「「「うわあああああああああああああ!!!!」」」」


 阿鼻叫喚が隊員たちから上がった。


「なんだ、今のは?」

「あんな遠方から、宮廷を爆発させたぞ」

「魔法? それとも神仙術?」

「まずい! 宮廷をお守りしろ!」

「おのれ! 兵武省のヤツらは何をやっているのだ!!」


 なんか僕の魔法だと勘違いしてるらしい。

 完全にたまたまなんだけど。


 でも、まさか本当にそんな力が僕に宿ったとかじゃないよな。


 念のため、もう1回やってみるか。


「それっ――――」



 ズッッッドオオオオオオオンンンンンン!!



 あ、あれ?


 まさか僕――覚醒してる?


「こら!」


 アストリアが声を上げる。

 僕が叱られたのだと思ったが、違う。

 アストリアが叱ったのは、横にいたサリアだった。


「さ、サリア……」


「プ――――クスクス……。ユーリよ。まさか自分の力だと勘違いしたのではなかろうな」


「なっ! べ、別に……。それよりもダメだよ。あそこには事情を知らない人だって働いてるんだから」


「良いではないか。そら、宮中近衛隊という輩が帰っていくぞ」


 サリアは顎を振る。


 ホントだ。

 隊長が大声で「退却」の指示を出している。

 アパートメント群を囲んでいた全隊員が撤退しようとしていた。


「さて、我は疲れたから寝るぞ。どっかの誰かさんに、魔力を吸い上げられたからな」


「ありがとう、サリア」


「礼なら我に対する供物で示せ」


 そしてサリアは僕の影の中へと帰っていく。


 サリアって魔王なんだけど、なんだかんだ優しいんだよな。

 初めて出会った時は、かなりおっかなかったけど。


「ひとまずこれでなんとかなりましたね」


「ああ。今のうちに籠城の準備をしておこう。我々が反神王国同盟と接触するまでの時間の枷がないと……」


 僕らは一旦フィーネルさんの下に戻った。

 爆発音に随分と子どもたちは怯えていたようだったが、フィーネルさんがケアすることによって、落ち着きを取り戻していた。


 僕らは今後のスケジュールについて話すと、フィーネルさんの承諾を得た。


「お二人には迷惑ばかりをかけてしまって、申し訳ありません」


「迷惑じゃありませんよ、フィーネルさん」


「私たちが選択したことだ。気に病む必要はありません、“神和かんなぎ”殿」


「それより子どもたちは大丈夫ですか?」


「今は落ち着いています。ただ獣人の子どもたちは、非常に感覚が優れています。先ほどの砲撃の音だけで、精神的に参ってしまうことも……」


 僕たちはフィーネルさんと話していると、1人の獣人の子どもが入ってきた。


「フィーネル先生、ミーキャが!!」


 慌てて別室に向かうと、ミーキャが床に倒れていた。


「ミーキャ!!」


 フィーネルさんは見たこともないほど取り乱す。


 僕も驚いたけど、その中でもアストリアは冷静だ。


「突然倒れたのか?」


 横で泣く獣人の子どもに問いかける。

 子どもは「うん」と泣きながら頷いた。


「偉いぞ。ミーキャは大丈夫だ」


 アストリアはあまり頭を動かさず、ミーキャの体調を診る。

 少し医療の心得があるのか。

 手慣れた動きだった。


 そのミーキャだが、意識はあるようだ。

 何かぼうっとして顔は赤く、息を乱していた。


「熱がある。単なる風邪だと思いたいが、医者に診せた方がいいかもしれない」


「医者…………ですか…………」


 フィーネルさんの顔が曇る。


 確かに……。

 今の神都で不法滞在している“外民げみん”の子どもを診てくれる医者は、ほとんどいないと言ってもいい。


 市中は見回り組が目を光らせている。

 そんなことがバレれば、神都で診療することはできなくなるかもしれない。


「神都の外に連れ出すしか」


 幸い今なら問題ないだろう。

 だが、外に連れ出すまでミーキャの体力が持つかどうか。

 そもそも伝手がない以上、神都の外にきちんとした医師がいるかどうかすら、僕たちは知らない。


「今まではどうしていたんだ?」


「少し熱っぽい子どもには、薬を与えてここで養生していました。獣人は体力があるので……。でも、ミーキャのように倒れた子は初めてで」


「なるほど……」


 今までが幸運だったってことか。


 しかし、どうしたらいい。


「仕方ない。うちに連れていこう」


「うちって……。アストリアの家にですか?」


「他にどこにある? 幸い母上は元軍医だ」


「お医者さんだったんですか?」


「ああ。そこで父上と――――今は両親の馴れ初めはいい」


「大変有り難いですが、アストリアさん。ご迷惑をおかけするのでは?」


 フィーネルさんは心配そうに見つめる。


「大丈夫です、“神和かんなぎ”殿。それよりも他の子どもたちを見ていてください」


「アストリア、僕も行くよ」


「当然だ、ユーリ。お前には籠城のための買い出しを行ってもらいたいからな」


 こうして僕たちは、ミーキャを背負って、アストリアの実家へ帰ることになった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ここまで読んでいただきありがとうございます。

宜しければ★★★で、この作品の評価をお聞かせ下さい。


また2月10日に拙作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』が発売されます。こちらも合わせてよろしくお願いします。

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