第82話 第三鍵魔法

 アパートメント群は宮中近衛隊にすっかり包囲されてしまった。

 その出方を探っていると、兜に羽根飾りを付けた男が進み出てくる。

 珍しくサーゲイではなく、馬だ。

 それもかなり馬体がいい。

 装備もしっかりしている。

 如何にも宮中に仕える近衛といった感じだった。


「先ほどの口上、お見事だった、冒険者殿。しかし、貴殿たちは包囲された。我らの目的はこのアパートメントにいる不穏分子の掃討だ」


「ここにいるのは、何の罪もない子どもです」


「それにここには“神和かんなぎ”様がおられる。お前たちは神の声を聞く神職に、弓を向けるつもりなのか?」


「“神和かんなぎ”? 何を言っているかわかりませんな。本来、神職のお方は宮廷の社に籠もっておるはず。こんな場所にいるはずがあり得ない」


 近衛隊は首を振る。

 その口元には嘲笑を浮かべていた。


「仮にもしそこに“神和かんなぎ”様がいらっしゃるというなら、当に我々は“しん”の罰を受けているでしょう。しかし、どうですか? 我々は何の問題もなく、ここに来られた。これが証拠です。そこにいるのは偽物の“神和かんなぎ”だ!」


 もはや取り付く島もない。


「近衛隊は“おおきみ”側のエルフ――――革新派の武力部隊なのです。例え、わたくしが出たところで、考えは変わらないでしょう」


「戦うしかないか……」


 ただ1つ気になることがある。

 僕やアストリアが戦うのはいい。

 だが、それによって僕たちがよく知る人が傷つかないか心配だ。


 今もなお第2層に滞在しているソロンさんやハーレイさん。


 それに一番心配しているのは、アストリアの両親だ。


「心配しなくていい、ユーリ」


「え?」


「父上と母上は優秀な方だ。うまく立ち回るはず。最悪、絶縁してでも身を守るはず」


「絶――――」


「所詮、書類上のことだ。それに両親には会えなくなるが、私には君がいる」


 アストリアはこちらを向く。

 僕を安心させるように、その顔は笑っていた。


 逆に僕は悲しくなる。

 それでもアストリアが笑う努力をしているのだ。

 僕が泣いていては、彼女の決意に泥を塗ることになる。


「思いっきりやりましょう」


「ああ。暴れてやろうじゃないか」


 僕はフィーネルさんとミーキャに退避するように指示する。

 一旦、中庭に戻ってもらった。

 このアパートメントを城で喩えるなら、あそこが王の間だ。


 たとえ、魔法や砲撃がされても、あそこまでには届かない。


 直後、それは見えた。

 魔法士が前面に立ち、詠唱をしている。

 その手に掲げられたのは、火属性の魔法だ。


「来る!!」


 アストリアは剣を抜く。

 高々と空に掲げた。


「風よ――――」


 瞬間、空気が急速に流れる。

 今いるアパートメントを中心に渦を巻き始めた。


「撃て――――ッ!!」


 これは近衛隊の号令だ。

 魔力が詰まった炎の弾が、魔法士の手によって放たれる。

 真っ直ぐこちらに向かってくる――――っが!



 ガガガガガガガガァァァァアアアアンンン!!



 爆裂音が鳴り響く。

 だが、屋上は無事だ。

 アストリアが生みだした風の結界に阻まれる。


 さらに次弾が装填され、炎の弾が放たれてもアパートメントは無傷だった。


 その風の強さに、逆に魔法士たちはおののき始める。


「馬鹿な!! 魔法士、40人分の魔法を弾くとは……」


 近衛隊の隊長とおぼしき男は、顎が外れるんじゃないかと思うほど驚いていた。


「この程度で驚かれて困る。聖霊ラナンの力はこんなものではないぞ」


「聖霊…………。ラナン…………?」


 ついに近衛隊隊長まで焦り始めた。

 自分が相手をしている者の大きさに、やっと気付いたのだろう。


「くそ! 聖霊使いか……。魔法戦ではダメだ。こうなったら、全軍出撃!! アパートメントの不穏分子を掃討しろ!!」



 おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!



 耳をつんざくような鬨の声が上がる。

 次々とアパートメントの細い路地に盾と剣を握り、鎧を纏った近衛たちが雪崩込む。


「来たか。ユーリ、二手に分かれよう。ここの狭い路地なら」


「大丈夫です。その必要はありません」


 僕は地面に手を突いた。


「サリア、また少し力を貸してもらうよ」


『だから、我は魔力タンクではないと――――』


「アパートメント立入――――」



 【禁止ロック】!!!!



 僕はアパートメント群全体に自分の魔力を広げる。

 勿論サリアに手を貸してもらってだ。


 すると、下から戸惑いの声が聞こえてきた。


「なんだ?」

「は、入れないぞ」

「これ以上、進めないぞ」

「どうなっている?」


 路地の中頃まで進んだ近衛たちが、立ち往生していた。

 何か見えない壁があるように動けなくなっている。

 剣で弾いたり、手を押したりしているが、ビクともしない。


 良かった。

 うまくいった。


 狼狽する近衛たちの声を聞きながら、僕は珍しく口角を揚げた。



 これが第三の鍵魔法だ……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


サブタイなんかごつい……。


ここまで読んでいかがだったでしょうか?

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