第77話 神和

 気がついた時、僕はベッドに寝かされていた。

 硬いベッドだが、以前住んでいた宿の床よりは快適だ。

 見知らぬ天井と、燦々と降り注ぐ陽光とともに、窓の向こうにはアパートメントが見える。

 恐らくだけど、野原の上にポツンと立っていた家の中だろう。


 部屋の中には、子どもが作ったと思われるアクセサリーや、フィーネルをえがいたと思われる絵が飾っていた。


 顔を倒すと、アストリアの顔――ではない。


「え? フリル?」


 小さな女の子の姿に、ついつい妹の名前を呟いてしまった。

 だが、それも違う。

 そこにいたのは、真っ白な絹地を着たミーキャだった。


 大きな赤い瞳をこちらに向けて驚いている。


「おきた?」


 ミーキャの問いに、僕は頷く。


「ありがと」


「え?」


「お姉ちゃんまもってくれて、ありがと」


 ミーキャは黄色の花を1輪、僕に差し出す。

 あまり花に詳しくないから名前はわからないけど、可憐な花だ。

 鼻を近づけてみるといい匂いがした。


「これ、お礼。たすけてくれた」


「そう。ありがとう」


 そう言って、ミーキャは部屋を出ていく。

 すると入れ替わるようにフィーネルさんが入ってきた。

 部屋にミーキャがいたことに驚いたのか。

 呼び止めようとするも、ミーキャはそのままどこかへ行ってしまった。


「お加減がどうですか、ユーリさん?」


「すみません。ベッドまで貸してもらって」


「いいえ。そんなこと……。丸1日眠っていたのですよ」


 丸1日か……。


 まあ、仕方ないかな。

 魔力も十分ではないのに、【時間停止ロック】を使ったんだから、当然と言えば当然か。

 サリア、怒ってるよなあ。

 あとアストリアも心配してるはず。


「アストリアは?」


「今、周囲の警戒に当たってもらっています。また襲撃のある可能性があるので」


 ああ。そういうことか。

 さすがアストリア、いい判断だ。

 寝起きで彼女の顔が見られないのは、ちょっと残念だけど。


「あの……フィーネル王女殿下。で――いいのですね?」


「はい。わたくしの名前はフィーネル・ラー・カリヴィア……。カリビア王家当主“おおきみ”ユーハーンの娘になります」


 フィーネルは背筋を伸ばして、挨拶した。


 何故か姫君の知り合いが多い僕だけど、フィーネル王女はまた何か違った印象がある。

 エイリナ姫のようなおてんばさや、ルナのようなおっりとした感じもない。

 1番王女然としていると言えば、他の2人には申し訳ないけど、何か強い芯のようなものを感じた。


「この度は子どもたちを助けていただきありがとうございます」


 フィーネルは深々と頭を下げた。


「あなたも――ですよ、王女殿下。一体、どうして?」


「出来れば、フィーネルとお呼び下さい。その名前は少々目立つので」


「では、フィーネルさん。事情を教えてもらえますか?」


 フィーネルさんは少し考えてから言った。


「事の発端から話すのは難しいのですが、わたくしは元々孤児となった獣人の子どもを引き取る慈善事業をしておりました」


「慈善事業?」


「はい。恥ずかしい限りですが、この神都には限られた獣人しか住むことを許されていません。それでも獣人の多くが、不法滞在をしていていて、毎年のように処罰されています。わたくしは両親を処罰され、路頭に迷った子どもを一時的に預かる事業をしていました」


「それって……」


「察しの通りです。これは違法です。故に、この孤児院はここに建てられました。わたくしの考えに、賛同していただいたエルフの方にも手伝ってもらって」


「じゃあ、このアパートメント群は?」


「そもそもは人口増加に対応したものですが、手伝っていただいてる方の中に設計士の方がいて、うまくここが隠れるようにしてくださったのです。……ですが」


「僕たちが来たことで場所がバレてしまった。……すみません」


 フィーネルは頭を横に振る。


「いえ。最初に言いましたが、わたくしには予測ができる神仙術があります。つまりは【未来視】ですね」


「その力を使って、逃げることができたんじゃ」


「過去、現在、未来は複雑に絡み合って共存しています。わたくしが見えるのは断片だけ。バラバラに千切られた未来に起こる絵の破片から、推測するだけです。そしてその中から、わたくしがもっとも最善と考えたのは、あなた方と出会うこと。それがミーキャが担うこともわかっていました」


「僕たちと……。じゃあ、ミーキャが衛兵に捕まるのも」


「わかっていました。ミーキャには、とても悪いことをしてしまいましたが……」


 フィーネルは沈痛な面もちで俯く。

 見ているだけで心が痛くなるような表情だった。

 そんな葛藤を抱えながらも、フィーネルさんは僕たちに会いたかったってことだろう。


「先ほどの黒装束は、フィーネルさんを宮廷に連れ戻すように言われてきたと考えていいですか?」


「あるいは、殺害しに来たのかもしれません」


「え? フィーネルさんは王女ですよね? 何故、殺されなければならないんですか?」


「宮廷にわたくしの活動を疎ましく思っている者が多いということです。大っぴらにはしていませんでしたが、噂で知る者も多い。超法規的に見逃してもらっている状況でした」


「でも、宮廷が王族を殺すなんて」


「あり得ない話ではないのです……。何故なら、今宮廷は小さなクーデターに見舞われています」


「クーデター?」


「革新派と保守派が2つに別れ、その内の1つ革新派はこの国を変えようと動いているのです」


「失礼ですが、それはいいことでは?」


 深い事情は知らない。

 けれど、冠位十二階グランド・トゥエルブというの身分制度は、どう考えていき過ぎている。


 上の者が、下の者の命を取ることに躊躇しないなんて、僕には考えられない。

 それは僕は第1層で生まれ育ったからそう思うのかもしれないけど。

 それでも、この国が変わることには賛成だ。


「つまり、革新派のフィーネルさんを保守派の誰かが狙った、と?」


 すると、フィーネルさんは再び首を振った。


「いいえ。そうではありません。わたくしはどちらの派閥に属すると明言したことはありませんが、どちかと言えば保守派の人間なのです」


「え? てっきり革新側だと……」


 驚いた僕の顔を見ながら、フィーネルさんは話を続けた。


「そして革新派を率いるのは、わたくしの父……」


「え?」


 僕は布団の中で凍り付く。

 まるで鍵魔法をかけていないのに、思わず身を固めてしまった。


 それって……。


「はい。おそらくわたくしを殺そうとしたのは、わたくしの父ユーハーン。先ほど申し上げたとおり、カリビア神王国の“おおきみ”です」


「実の父が、娘を殺そうとするなんて」


 信じられない……。


「父は冠位十二階グランド・トゥエルブを変えようとしている。それが獣人との共栄を促進するものであったなら、わたくしも賛同ができたでしょう。ですが、父ユーハーンのやったことは、違いました。それは神職の解体です」


「“おおきみ”の上にいる神職を解体して、自分が国のトップになるということですか?」


「父は恐れ多くも、“しん”を廃位させるつもりです。そして自分は本当の意味で“神王”となると……」


「でも、待って下さい! まだ僕の中で、フィーネルさんを殺す理由が見つからないのですが……。そんな大それた考えを持っている人が、獣人の慈善事業をしているぐらいで、実の娘を殺そうとするなんて」


「ええ……。そうですね。アストリアさんには、お話していなかったのですが、あなたにはお伝えしておきましょう」


「何をですか?」


「わたくしの階位です」


「階位――」


「わたくしは“おおきみ”ユーハーンの娘として生まれました。同時に、わたくしはある方の言葉を聞くことができたのです」


「ある方?」


「神です」


「まさか――――」



 そう。わたくしはエルフの最高位である“神和かんなぎ”なのです。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


昨日盛大にネタバレしておりましたw

この話で「神和」だとばらす予定だったのにw

作者は正直者だから仕方がない……。


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