閑話 オークはどこへ行った? Ⅲ(後編)

「(ちょ……。何をするつもりだ……?)」


 ラバラケルは急に予定のないことをやり始めた。

 だが、もうお披露目会は始まっている。

 すでに“おおきみ”もお出ましになられた。


 ここで些細な争いをすれば、シュバイセルにとってもラバラケルにとっても恥になる。


 立ち上がりたい気持ちをぐっと堪え、とにかくラバラケルの様子を見守っていた。


 ラバラケルは剣を持つ。

 ヒュン、と空を斬り、演武を見せる。

 顔は猿のパワハラ上司は、あれで一応武の心得はある。

 とはいえ、人並み程度を脱出できず、決して洗練されたものではなかったが、普段刃を握らない“大臣おとど”や、王族方を騙すには十分だった。


 やがてラバラケルは共に手伝ってもらいながら、オークの腹の上に乗る。


「来賓の方々、そして王族方。どうぞご笑覧あれ! 今ここで俺がこのオークを倒してご覧に見せましょう。はあああああああああああああ!!」


 ラバラケルは裂帛の気合いを放つ。

 高々と剣を構えると、思いっきりオークの心臓付近に突き立てた。

 ヤバい、とシュバイセルはついに立ち上がる。

 直後――――。



 キィイィィィイイイイィイイィイィィィィイイイ!!



 硬質な音を立てる。

 すると、ヒュッと音を立てて、剣が白砂に刺さった。


 オークの硬質な肌に弾かれて、ラバラケルの手から離れてしまったのだ。


 しん……。


 静まり返る。

 ラバラケルは身動きもできない。

 ただ大猿の顔が真っ赤になっていた。

 恥ずかしすぎて、大衆にもさらせないのだろう。


 やがて動揺が広まっていく。


「ラバラケル閣下の剣を弾いたぞ」

「そんな……」

「なんて硬い」

「いや、ラバラケルの剣が鈍った可能性もある」

「あり得るな。何せあの男は……」

っず!」


 同じ“大臣おとど”から陰口まで叩かれる始末だった。


 やがて聞こえてきたのは、笑い声だ。

 それはラバラケルだった。

 段々と声が大きくなる。


「(笑って誤魔化すつもりだ……)」


 さしものシュバイセルも呆気に取られる。


 ラバラケルは背筋を伸ばし、精一杯虚勢を張った。

 自分は傷ついていないという風に、笑顔を見せる。


「はっはっはっはっ……。いや、醜態を見せましたな。失礼……。しかし、皆様ご安心あれ。私がここまで強く打ち込んでも、オークは身じろすらしません。ご心配なく……。ささっ! 気になる方はどうぞ近くで、ご覧下さい」


 他の貴賓方に勧める。


 だが、シュバイセルはさらにハラハラだった。

 仮にオークがまた動き出したら……。

 その時王族の方に傷でもできたら……。


 タダではすまない。

 一族郎党、打ち首だってあり得る。

 不幸中の幸いは、このお披露目会の責任がラバラケルにあって、彼もまた死罪を免れないことであろう。


 オーク近くで見ようと、席を立つ者が現れる。


 その時だった。


「ラバラケル!!」


 声が挙がった。

 一瞬誰の声かわからなかった。

 シュバイセル以外も首を傾げている。

 声をかけた意図よりも、その声を上げた人物の方が気になった。


 それが“おおきみ”であると気付いた時、シュバイセルは目撃する。


 オークの腹の上に立ったラバラケルに向かって、巨手が伸びようとしていた。


 周囲から悲鳴が上がる。

 我先を逃げる者も現れた。

 急に御簾の奥の“おおきみ”の気配が消える。


 気付いていないのは、ラバラケルだけだった。


「ん? 何だ?」


 その瞬間、巨躯のラバラケルを影が飲み込んだ。


 振り向いた直後、ラバラケルは猿のような悲鳴を上げる。


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!」


「ラバラケル様」


 シュバイセルが横合いから現れる。

 上司にタックルする。

 ずんと音を立て、手がオークの腹に叩きつけられる。


 もし、そのままいたらおそらくラバラケルは、開いた魚のようにぺちゃんこになっていただろう。


 ついに動くか……。

 シュバイセルはラバラケルを守りながら、巨手の行く末を見守る。

 第2撃目を予想して、構えたが、それ以上動くことはなかった。


「(と、とりあえず大丈夫か?)」


「は、ははははは……」


 乾いた笑いが後ろから聞こえてきた。

 当然、ラバラケルである。

 その声を聞いて、阿鼻叫喚だった周囲の動きも止まる。

 猿顔の“大臣おとど”の声に耳を傾けた。


「や、やるではないか、シュバイセルよ」


「は?」


「隠さずともよい。まさかこんなギミックを用意していたとはな」


 ぎ、ギミック???


 シュバイセルは未だ上司が何を言いたいのかわからなかった。


「オークを生きているように見せかけるとは……。今のも神仙術で、どこからか操っていたのだろう」


「え? ええ……」


 もう乗るしかない。

 この勘違いに。


 シュバイセルは肚をくくった。


「そ、その通りです。あー、あー、さすがはラバラケル様。よもや私が説明する前に見抜いてしまうとは。さすがのご慧眼でございます」


「ぐはははははは!! 甘い! 甘い! お前の顔を見て、気付いたわ。この仕組みを組むために、寝ずに考えたのであろう」


 バンッとラバラケルは、シュバイセルの肩を叩く。


 肩が外れそうな力で……。

 遠慮がないのはいつも通りだ。


「良い余興だ! これぐらい刺激がなくてはな! がははははははは!」


 ラバラケルは再び高笑いを響かせる。


 すると、やりとりを聞いていた来賓が戻ってくる。


「な、なんだ……」

「余興か」

「確かに刺激的だった」

「最高!」

「まさかお芝居だったなんて」


 先ほどまで顔を引きつらせていた者たちが、一転して拍手を送る。

 称賛の言葉を、オークの腹の上の上司と部下に投げかけた。


 ラバラケルはお捻りをねだる猿のようにパフォーマンスをする一方、何故か横のシュバイセルの顔は変わらず青かったという……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


笑ってすませてくれるなんて、ラバラケルって意外と良い上司説。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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