第64話 オークがセットされました

「鍵師だと……」


 シュバイセルの眉間に皺が寄る。

 眼鏡越しに僕を睨み、警戒するような仕草を見せた。

 だが、直後聞こえてきたのは、第2層の空にまで響く大笑だ。


「くははははは……。鍵師だと。鍵魔法の使用を許可された平役人ではないか?」


 と、馬鹿にする。


「どんな身分のものかと思ったが、単なる平役人とはな。片腹痛い。さて、“小臣ことど”のオレにここまで逆らった者は珍しい。どうしてくれようか?」


 そして笑みは一転して、邪悪な殺意に変化する。


 だが、僕は1歩も退かない。

 逆に睨み返してやった。

 冒険者たちが命がけで獲得した物を、横からかっさらおうとする輩がいる。

 それを黙ってみているほど、僕は大人じゃない。


 それにこういう輩を見ると、ディケイラ家の親子を思い出す。

 あの人たちの匂いがする。

 権力を凝り固まった――いや、それ以上のよこしまさを感じるんだ。


「さっきから“小臣ことど”とか、それは何ですか?」


「なんだ、小僧……。冠位十二階グランド・トゥエルブも知らずに、第2層に来たのか?」


 冠位十二階グランド・トゥエルブ

 そういえば、ソロンさんは第2層特有の身分制度だと言っていたな。


「ふん。話にならん」


 シュバイセルは鼻を鳴らす。

 すると、騒ぎを聞きつけた衛兵たちが続々と駆けつける。

 黒こげになった2人の衛兵を見て、一瞬おののいていたが、すぐにシュバイセルを守護するように隊形を取った。


「オレのことはいい。それよりも、そのデカブツを宮廷へ運べ。“おおきみ”への良い贈り物になりそうだ」


 そう指示を出して、シュバイセルはその場を立ち去ろうとする。

 すでに迎えの馬車が来ていた。


「待て! まだあなたにやるとは一言も――――」


 シュバイセルは立ち止まり、首だけを動かし、僕を睨む。


「オレに対する無礼を、このオーク1匹で勘弁してやると言っているのがわからんのか?」


 眼鏡越しに見た目は血走り、殺人鬼のような顔をしていた。

 あまりに明瞭な殺意。

 本当にその気になれば、僕を消すなど容易い。

 そんな気配を、シュバイセルから感じた。


 それ以上何も言わず、シュバイセルは馬車に乗り込む。

 その後ろを、オークを積んだ荷車がサーベイに引かれ、付いていく。

 残ったのは、第2層に吹いた砂塵だけだった。


「ちくしょう! これでただ働き決定かよ!!」


 ソロンさんはパチリと拳を鳴らす。

 他の冒険者はしゅんと項垂れていた。

 一番落ち込んでいたのは、ハーレイさんだ。

 冒険者の前に進み出て、頭を下げる。


「すみません、皆さん。せめて消耗品だけでも、ギルドが補填できるようにギルドマスターに掛け合ってみますので……」


「ハーレイさんは悪くないですよ。全部、シュバイセルが悪いんです」


「坊主の言うとおりだ。落ち込むな。まあ、消耗品だけでも補填してくれると有り難いけどな。こういう事が続くと、やりにくくて仕方ねぇ」


「はい。ギルドの信頼にも拘わることなので、必ず――――」


 ハーレイさんはギルドの中に入っていった。


 その後ろ姿が随分と小さく感じる。

 マーレイさんと同じく、責任感が強い人なんだろ。


「引きずるなよ、坊主。冒険者を長いことやるとな、こういうことはたまにあるんだ」


「でも、ひどすぎませんか?」


「ああ。ひどい。だが、それがまかり通るのが、この第2層『森宮』テネグであり、カリビヤ神王国なんだよ」


冠位十二階グランド・トゥエルブって、一体何ですか?」


「私が説明しよう」


 ほぼ無言でやりとりを見ていたアストリアだった。

 こっちも落ち込んでいる、というよりは、何か申し訳なさそうな顔をしている。

 その表情を見ているだけで、悲しくなるほどに……。


 無念さを滲ませていた。


冠位十二階グランド・トゥエルブは、文字通り12階位に別れた身分制度だ。


最高位『しん』を筆頭に、

人の最高位である『神和かんなぎ』『』と続き、

政治権力の最高たる『おおきみ』、『大臣おとど』、『小臣ことど』『つかさ』、

神都に住むエルフを示す『ぴん』、

獣人族の最高位『亜獣あじゅう』、『しもべ』、『こり』、

そして最後の『外民げみん』だ」


 複雑に見えるようだが、この12階位は4つのグループにわかれているらしい。


 すなわち、『神』『神和』『巫』は神やそれに仕える神職のグループ。

 『王』『大臣』『小臣』『士』は、国王とそれに仕えるグループ。

 『平』は、もっとも数が多いエルフの平民たちのグループ。

 最後に『亜獣』『隷』『樵』『外民』は、獣人たちのグループという具合だ。


「『神』は滅多に人の前に現さない。いわば概念に近い存在だ。『神和』や『巫』も滅多に人前に現れない。彼らは神に仕え、その言葉を言語化する者たちだ。実質、この国を仕切っているのは、その下の『王』に仕えるグループだな」


「獣人はエルフの平民より下なんですね」


 僕は周りを見る。

 すでに野次馬は解散していたが、あの中にも獣人の姿はいなかった。


「獣人族の最高位『亜獣あじゅう』でも、宮廷の参内や宮廷内にある神域への参拝を許されていない。その下の『隷』となれば、ほとんど人権もないに等しいと思っていい」


「それにしても過激すぎませんか? シュバイセルは、ただ1つ身分が違うだけで、衛兵を殺していたんですよ?」


 今思い出すだけでも、邪悪すぎて吐き気を覚える。

 たかが身分が違うというだけの理由で、シュバイセルは部下をあっさり殺した。

 ディケイラ親子がまだ可愛く見えるほどだ。


冠位十二階グランド・トゥエルブを、ムスタリフ王国の爵位と混同しない方がいい。冠位十二階は別次元だ。……故に、この国の病巣みたいなものだがな」


 アストリアは下を向く。

 彼女にとって、自分の故郷の制度に対して、病巣と表するのは本意ではないのだろう。

 それでも言わなければならないほど、この国は腐敗している。

 ムスタリフ王国では、内大臣の周囲の人間が虐げられてきた。

 だが、この国は違う。


 冠位十二階グランド・トゥエルブによって、獣人全員が被害に遭っているのだ。


「あっ……」


 僕は声を上げる。

 ふと思い出したのだ。

 それもかなり飛んでもないことを……。


「どうした、ユーリ?」


「ん? 何か忘れ物か、坊主?」


 ふと顔を上げた僕を、アストリアとソロンさんは覗き込む。

 がっくりと項垂れていた冒険者たちも、僕の方を見た。


「どうしよう……」


「何が、だ?」


「その……。非常に言いにくいのですが」


「なんだよ。もったいぶるなよ、坊主」


 どうしよう……。

 言うべきだよな。

 でも、言ったところでもうどうしようもないのだけど。


 まあ、言うだけ言うか。


「あの…………オークなんですけど――――」



 生きたまま没収されましたね……。



 あっ……。


 とみんなの口が開く。

 すでにもうどうしようもない事態に、みんなは唖然とするより他なかった。


 大丈夫かな?

 鍵魔法も永遠というわけじゃないんだよな。

 宝箱とか扉とかならともかく……。

 あんな巨大なオークにかけたから、持続時間は普段の半分以下になってると思うけど。



 まさか宮廷のど真ん中で、大暴れしたりしないよね。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ええ……。第一部に続き、宮廷に爆弾がセットされたようですw

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