第51話 謁見式
やばい……。
ドキドキしてきた。
宮廷の廊下を歩きながら、僕は気が気でなかった。
心臓が痛いほど、胸を打つ。
キュッと胃が締まり、吐き気がこみ上げてきた。
もしかして、死ぬのかな、僕。
今から会う人のことを考えると、頭がいっぱいになる。
だって、国王陛下だよ。
平の家臣だった僕からすれば、神様みたいな存在なんだから。
お姿を拝見したことは、何度かある。
宮廷に3年もいたのだから……。
でも、面と向かって言葉を賜るとかそういうことは1度もない。
今から行われるのは、そういう儀式だ。
国王陛下が僕に会いたいなんて……。
あ、また吐き気が……。
もう1度吐いてこようかな。
すると、突然手に柔らかいものが当たった。
いや、手を握られた。
何事かと思い、横を見ると、アストリアが笑っていた。
「ユーリ……。緊張しすぎだ」
「だ、だってぇ……。国王陛下ですよ。今から王様に会うんですよ。アストリアは緊張してないんですか?」
というか、アストリアぐらいになると、謁見を賜ったことはあるのだろうか。
「緊張していないというと、嘘になるかな。私も国王と呼ばれる人に会うのは初めてだよ」
なのに、こんなに落ち着いているのか。
さすがはS級冒険者だ。
僕が落ち込んでいると、アストリアはさらにキュッと僕の手を強く握った。
「大丈夫。何も心配することはない。私が横にいる」
「アストリア……」
僕たちは見つめ合う。
「ちょっと! 何を2人で盛り上がってるのよ」
割って入ったのは、先導するエイリナ姫だった。
凜々しい戦装束から、今は淡い青色のドレスを着ている。
鎧を纏っている時のエイリナ姫も凜々しいけど、今のお姫様然とした恰好もよく似合っていた。
「何よ、ユーリ。ジロジロ見ないでくれる」
エイリナ姫は僕の方を睨む。
その頬は赤くなっていた。
「そんなジロジロなんて見てませんよ」
そんなに見てたかな……。
そもそもエイリナ姫って昔からよくわからない人だった。
最初出会った時から、こう僕にツンケンしてるというか。
常に怒っているような人だった。
なのに、度々公務の合間を縫って地下にやって来たり、ご飯が余ったからとお弁当を差し入れてくれたり、風邪で僕が寝込んだりすると、わざわざ屋敷まで来て、お見舞いにやってくる。
優しいのか、怖い人なのか。
よくわからないお姫様だった。
「そもそもあたしだって王族なのよ。あたしに会っても、全然緊張しないくせに、どうしてお父様に会うのに、そこまで緊張するのよ」
「それはエイリナ姫が、お姫様っぽくないというか……(小声)」
「なんか言った?」
エイリナ姫はトレードマークのツインテールを靡かせて、振り返る。
目尻を釣り上げ、僕を睨んだ。
「な、なんでもないですよ!」
うん。
やっぱエイリナ姫は、怖い人だ。
それもめっちゃ怖い人だ。
「ふふふ……」
アストリアは口元を押さえて笑った。
その姿もまた雅だ。
女性であるアストリアも、ドレスで正装するかと尋ねられたけど、彼女は拒否した。
冒険者である自分は、鎧姿こそ正装であると。
言葉は勇ましいけど、僕としてはおしい。
見てみたかったなあ、アストリアのドレス姿。
その彼女は、謁見の間に辿り着く前に、最後の一言を漏らした。
「君たちは随分と仲が良いのだな」
「仲良くない!」
「仲良くないですよ……」
エイリナ姫は力をいっぱい否定し、僕もまた賛同した。
だが、図らずも僕たちの声は重なる。
その様を見て、アストリアはジト目で僕を睨むのだった。
えっと……。僕、何かしたかな?
◆◇◆◇◆
いよいよ謁見式が始まる。
玉座へと続く重厚な扉が開いた。
しかし、そこにあったのは、その扉以上に重厚な空気、荘厳な雰囲気だ。
白亜の柱が何本も立ち、天井から何点ものシャンデリアが吊り下がっている。
シャンデリアは光魔法を反射させて、様々な形の光を見せていた。
絨毯は赤く、踏みしめてみると思ったよりも柔らかい。
その左右には家臣をはじめ、有力な貴族がそれぞれ正装して、僕たちを待ち構えていた。
その場にいた全員が、入ってきた僕とアストリアの方を向く。
一瞬、息を呑み身構えたけど、直後僕たちに降り注いだのは、拍手であった。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……。
柔らかな音は、謁見の間に響く。
ひどく温情に満ちた拍手に思えた。
間の奥を見ると、国王陛下もまた手を叩いている。
まるで周囲の貴族を煽るように、雄大に拍手を送っていた。
その拍手の輪の中に、僕たちは進む。
玉座の前で止まり、膝を突いた。
「アストリア・グーデルレイン……」
国王がまず名をあげたのは、S級冒険者アストリアだった。
やはり国王もアストリアと会うのは初めてだったらしい。
彼女が最年少S級冒険者であることと、その美貌に驚いていた。
そして今回の騒動を鎮圧したことを讃える。
事の顛末はどうやらエイリナ姫から直接報告を受けたようだ。
聖剣について、国王は興味を持たれていたが、現状お見せすることはできないことを知ると、少し目尻を下げて、がっかりされていた。
こうやって、国王陛下が長々と誰かと喋るのを見ることすら僕には初めて経験だった。
2人のやりとりを聞いていると、国王陛下は温情味があるお方のようだ。
そういう方だとは耳に入れていた。
だが、こうして話してみると、その言葉の意味がよくわかる。
そんなクリュシュ陛下の下で、ドラヴァンのような内大臣が、宮廷内で専横していたのは、嘆かわしい限りだ。
そして話はついに、僕へと向けられた。
アストリアのように座ったままお話しになるとか思いきや、そうではない。
突然、陛下は玉座から立ち上がると、僕の方に近づいてくる。
周囲も驚いていた。
エイリナ姫もだ。
おそらく予定外のことなのだろう。
一方、僕はコカトリスの石化睨みを食らったように動かなくなっていた。
動けないというよりは、手足が勝手に震える。
同じく唇も、胃どころか魂すら抜けてしまいそうだった。
やがてクリュシュ陛下は、僕の前に立ち止まった。
少し目を細め、やや哀れみの瞳を見せながら、思わぬ行動に出る。
「ユーリ、申し訳なかった……」
国の王は、元宮廷鍵師の僕に向かって、頭を下げたのだ。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
今日はここまでになります。
引き続き★のレビューをいただきありがとうございます。
お読みになった方、是非★★★の評価をよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます