第47話 勝利の女神

 ああ……。まただ。

 また僕の前に天使がいる。


 朝露で編んだような銀色の髪。

 林檎みたいに赤くなった頬。

 澄んだ空のような青い瞳からは、天気雨のようにポロポロと涙が落ちている。


 また泣かせてしまった。

 弱ったな。

 泣き虫な彼女を泣かせないようにするには、どうしたらいいのだろうか。


 決まっている。

 多分、僕はもっともっと強くなればいいだけだ。


 アストリアと一緒に、ダンジョンの最奥を目指すために……。


 でも、ああ――――。


 どうしようもなくこう思ってしまう。

 綺麗だ。

 泣いていても。

 本人が聞いたら、怒るかもしれなけど。


 でも、どうしようもなく僕は……。



 君のことが好きなんだ。



 ◆◇◆◇◆



「とっとと起きなさいよ、ユーリ」


 やや乱暴な声に僕は叩き起こされた。

 ハッと我に返る。

 すぐ目の前に泣いているアストリアがいた。

 その後ろでは、エイリナ姫がムスッと頬を膨らましている。


「ひ…………め………………」


「ユーリ!!」


 アストリアは抱きしめる。

 泣き顔は一転し、歓喜を爆発させた。

 僕の胸に顔を埋めて、「良かった」とホッとした様子を見せる。

 けれど、涙が止まることはなかった。


「全く……。君は相変わらず無茶をしすぎだ」


「すみません。またアストリアを泣かせてしまいました」


「いや、すまない。私こそ、その…………取り乱してしまって」


「でも――」


「でも――――なんだ?」


「泣いているアストリアも、綺麗で好きですよ」


 ぼひゅん……。


 変な擬音を響かせ、アストリアは顔を赤くする。

 いや、焼けた鉄のように真っ赤になっていた。


「ば、バカ! ユーリのバカ!!」


 ポカポカ、と僕を叩く。


 痛ッ! イタタタタタタタタタタ……。

 アストリア、手加減してほしいなあ。

 タダでさえ、アストリアは普通の女の子とは違うのに。


 それに、今回も僕の身体はボロボロだ。

 しかもホブゴブリン戦後よりも遥かに身体が重い。

 僕の上に乗ったアストリアをどかせることができないほどに……。


 ゲヴァルド――って、あえて言うけど、正直あの攻撃によるものじゃない。


 僕の身体にたまっていた魔力を一気に開放したことの余波だ。

 すっからかんになるまで魔力を使ったことによって、激しい倦怠感に襲われていた。

 おかげで、目の前にアストリアがいるのに、その涙を拭うことすらできない。


「あの…………アストリア………………」


「あ、すまん! もしかして痛かったか」


「それもだけど……。あの僕の告白を聞いてた?」


「告白…………――――ッ!」


 アストリアは「あっ」と気付く。

 やや収まりかけていた頬の紅潮が、再び灯った。

 むしろ先ほどよりも赤くなっている。


「聞かせてほしいんだ……。君の気持ちを……。君が僕をどう思っているのか……」


「私の気持ち……。それは――――」


 アストリアが目を開いたまま固まる。

 頬は紅潮したまま。

 緊張しているのがわかった。


 訊いた僕が言うのも何だけど、僕も同じだ。

 顔に血が上っていくのがわかる。

 心臓が無闇に胸を叩いた。

 相手に聞こえるのではないかと思えるほど、耳奥で脈動が聞こえる。


 これは僕の音なのだろうか。

 それとも…………。


「ユーリ、私は――――」



 ごほんっ!!



 咳払いが聞こえた。


 僕たちはハッとなって顔を上げる。

 お互い顔を横に向けると、エイリナ姫が立っていた。


 あっ……。しまった……。


 姫の存在を忘れてた。


「いい雰囲気のところ悪いんだけど……」


「すすすすすす、すみません、姫!!」


「す、すまん! エイリナ……」


 僕たちは慌てて離れた。

 びっくりしすぎて、動かない身体が動いちゃったよ。


「あんたたち、随分と仲が良さそうだけど……。どういう関係か、きっちり話してもらうわよ」


 僕は宮廷を追放されてからのことを話した。

 ゆっくりと、アストリアにも手伝ってもらいながら。


「なるほど。ルナミルが言ってた綺麗な女性って、アストリアのことだったのね」


 エイリナ姫はピクピクと眉を動かす。

 なんか怒ってる?

 やっぱり挨拶もなく宮廷を出て行ったのが悪かったのかな。

 でも、仕方ないよなあ。

 追放したのは、内大臣だし。


「でも、僕も驚きました。まさか姫とアストリアが知り合いなんて。ルナとも……」


「ええ……。あたしも地層世界の狭さを痛感してるところよ」


 エイリナ姫は額に綺麗な指先を置く。

 若干その眉間には皺が寄っていた。


「エイリナ姫とは、下層であってな。数少ない私の友達だ?」


「友達? ライバルでしょ? まあ、結局あんたたち『円卓アヴァロン』に先を越されちゃったけどね。でも驚いたわ。まさか『円卓アヴァロン』の中に裏切り者が出るなんて」


 そうか。

 下層でのアストリアを知っているってことは、その仲間のことも知っているのか。

 僕も興味がないといえば、嘘になる。

 アストリアがどんな人たちに囲まれ、下層へと向かったのか。


 そして裏切ったのか……。


 アストリアを見ると、沈痛な面持ちだった。

 先ほどまで、あんなに僕の無事を喜んでいたのに。

 今は何か痛みを堪えるような表情をしている。


 こういう時、少し彼女との距離をどうしようもなく感じてしまう。

 僕が『円卓アヴァロン』のことを知らないからだろう。

 そして、アストリアのルーツを知らないからだ。


 その時だった。

 すでに街に散らばった衛兵による復旧作業が行われる中、1人の兵がエイリナ姫に近づいてくる。


 何か耳打ちすると、うんと1つ頷いた。


「2人とも、積もる話は宮廷で聞かせてもらうわ。悪いけど、今からあたしに付いてきてもらうわよ」


「事情聴取か?」


「いいえ。それもまた後ほど。……特にユーリ。あんたは絶対立ち合った方がいいわよ」


「どこへ行くんですか? 早く宮廷に向かった方が……」


 おそらくこの惨状を見る限り、魔王の封印がうまくいってないのだろう。

 ならば、僕は一刻も早く宮廷に戻る必要がある。

 放っておけば、第二、第三のゲヴァルドが生まれておかしくないはずだ。


「心配するのもわかるけど、まだ時間はあるわ。それより興味はあるでしょ?」


「何がですか?」


 僕は思わず目を瞬かせる。

 エイリナ姫が言ってることが、さっぱり理解できなかった。


 そんな僕の心を見透かすように姫は笑う。

 目を輝かせて、こう言った。


「大捕物よ」



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


というわけで、もう1人の方もやっつけに行きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

本年も残すところ、明日1日だけとなりました。

引き続き皆様に楽しんでいただくため、更新を作成しております。

どうぞ楽しんでいただければ幸いです。

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