第24話 姫勇者、帰参
すでに空は茜色から墨を塗ったような闇夜に変わっていた。
その中で、謁見が行われる。
本来、王への謁見は昼間のみだ。
しかし、相手が相手、さらに至急となれば、王も玉座に着かねばならなかった。
重々しい扉が開く。
コツッと鉄靴が赤い絨毯を叩く音が、静かに響いた。
全身を覆った鎧から、金属がこすれるような音が聞こえる。
重そうな鎧の上にあったのは、見目麗しい少女の顔だ。
両サイドで結び、先を軽くカールさせた金髪を揺らしながら、王の前で拝跪する。
子どものようなあどけなさがまだ残るが、黄色の瞳は良く研がれた剣のように鋭かった。
「国王陛下。エイリナ・ゾル・ムスタリフ、只今帰参いたしました」
ムスタリフ王国の王女にして、その類い稀な力を持つことから【姫勇者】と讃えられる少女は、父クリュシュを前にして硬い挨拶を交わした。
一方、その国王陛下は「ほほっ」と興奮した様子で声を上げる。
自分の娘が無事に帰ってきたことを喜ぶあまり、やや前のめりになる。
ともかくエイリナの帰りを歓迎した。
「よく戻ってきた、エイリナ。つつがなく務めを果たしたか? 第7層はどうであった? 女王陛下は息災であったかな?」
矢継ぎ早に話題を持ち出す。
しかし、エイリナの表情がほぐれることはない。
また父である国王陛下の質問に答えることもなかった。
「それはまたこの後で……。その前に、確認したいことがあります、陛下」
「ん? お主が至急というから何か第7層であったのかと思ったが、違う用件なのか?」
クリュシュ陛下は1度玉座に深く腰掛け、白髭を撫でた。
「単刀直入にうかがいます。ユーリ・ヴァリ・キーデンスを解雇したというのは本当ですか?」
紅蓮の瞳が光る。
娘の目の中で燃やされている自分の姿を見た国王は、思わず顔を青くした。
たまらず手を振る。
「待て待て、エイリナ……。余も報告は聞いておるが、詳しいことは知らぬ。聞きたいのであれば、内大臣に尋ねよ」
「内大臣?」
早速、内大臣ドラヴァンが呼びつける。
少し酒を飲んでいるのか。
鼻が赤い。
だが、意識ははっきりしており、正装も整っていた。
入った時はやや不機嫌そうであったが、【姫勇者】の姿を見て、たちまち鼻白む。
「エイリナ王女殿下……」
ははあ、とばかりに内大臣は膝を突いた。
その前に静かに怒りを燃やしたエイリナが、立ちはだかる。
「内大臣……。どういうことか?」
「ど、どういうことかと申しましても……」
「ユーリ・ヴァリ・キーデンスは国にとって、いや地層世界エドマンジュにおいて必要な人材だった。それを解雇するとはどういうことだ?」
「落ち着いてください、エイリナ姫」
「そうだ。エイリナ、抑えよ」
王も会話の間に入り、怒り狂う我が娘を抑える。
だが、一向に【姫勇者】の怒りが収拾される様子はない。
帯剣をしていれば、今すぐここでドラヴァンの首を刎ねかねないほど、その気色は極まっていた。
「余が聞いた話によれば、ユーリは封印の予算の一部を横領していたと聞いている。本来であれば処断されるのを、これまでの功績を加味し、解雇とした、と……。内大臣は実に温情ある沙汰を下したと思うが……」
すっかり震え上がってしまったドラヴァンは、国王陛下の言葉に、必死に首を振って肯定した。
だが、エイリナは――――。
「あり得ない!」
一刀に処す。
「彼はそんな横領するような男ではない。そもそも器用な生き方ができるぐらいなら、とっとと宮廷を辞めている。それでも、彼はたった1人、この世界で1人だけ魔王と戦っていたのだ。何故、皆それをわかろうとしない!?」
エイリナの言葉に、謁見の間の空気が震える。
国王もドラヴァンも圧倒され、ただただ【姫勇者】の前で固まるしかない。
エイリナは興奮した闘牛のように息を吐き出すと、国王に向き直った。
「陛下……。今地下は大変な状況です。はっきり申し上げて、今すぐ魔王が復活してもおかしくない状況といってもいいでしょう……」
「な! まさか! 内大臣からはうまくコントロールできていると」
「それは嘘です。信じられないというなら、ご自身で地下の状況をご確認下さい」
「ドラヴァンの息子はどうした? 彼も鍵師ではないのか?」
狼狽する国王陛下を見て、エイリナはふっと息を吐く。
横目でドラヴァンを睨むと、シュンと下を向いた。
どうやら観念したらしい。
「その鍵師も、すでに3日無断欠勤している様子です」
「な、なんと――――ッ! 大臣、誠か!?」
ついに国王は玉座から立ち上がる。
クリュシュ陛下は温厚と知られる君主だ。
その王が玉座を蹴って立ち上がるなど、1年に1回あるかないかという出来事だった。
糾弾されたドラヴァンは、目を右往左往させながらしどろもどろに答える。
「じ、実はへ、陛下…………。息子は、いやゲヴァルドは、け、怪我をしまして…………。療養を……」
「先日の報告では大したことがないと言っていたぞ」
「た、た、た、大したことはありません。おそらく3日、いや明後日には……」
「遅すぎる! 今すぐ事態を収拾させよ」
「いえ。国王陛下、その必要はありません」
ヒートアップする国王の横で、エイリナが冷たく突き放すように断じる。
「その者が任務に戻ったところで事態は好転しません。足手まといです」
「足手…………」
ドラヴァンは絶句する。
国王は質問を続けた。
「ならば、どうする?」
「応急処置はこちらでしておきました」
「おお! さすが我が娘……。【姫勇者】と讃えられるだけはある」
「聞いていませんでしたか? あくまで応急処置です。1日、あるいは2日持つかわかりません」
「では、どうすればいいと思うかね?」
「ユーリ・ヴァリ・キーデンスを復帰させてください」
「ユーリを? それは構わぬが……。彼は一介の宮廷鍵師であろう? 鍵師の力では抑えきれないのではないのか?」
「その一介の鍵師が、3年近く封印を維持し続けていたことをもうお忘れですか?」
「それは――――」
「彼は天才です。おそらく100年……。いや、1000年に1人の逸材でしょう」
「なんと……。100年に1人の逸材と呼ばれ、かつての勇者の力を色濃く引き継ぐそなたが、そう認めるのか?」
「陛下、わかりませんか? 【姫勇者】と讃えられるこの私ですら、1日持たせるのがやっとなのです。それなのに、彼は3年間も維持し続けた。しかも、彼は父親からほとんど手ほどきを受けなかったと聞きます。これを天才と言わずして、なんと呼ぶべきでしょうか?」
「た、確かに…………」
国王は息を飲む。
ようやく自分が何をし、何を侮っていたか理解したらしい。
ポンと再び玉座につき、顔を青ざめさせた。
「お、お待ち下さい!!」
慌てたのはドラヴァンだった。
「か、仮にユーリを復帰させるとするならば、王は……王は…………あの予算をお認めになるつもりですか?」
「予算?」
エイリナは眉を顰める。
「ユーリが提出した封印の維持に必要な予算だそうだ」
「1000万ルドですよ! そんな大金……」
「その話は後ですればいい!」
またエイリナは一喝する。
「とにかく彼に戻ってきてもらえ。出来る限りの誠意を尽くせ。失礼があれば、このエイリナ・ゾル・ムスタリフが叩き斬る!!」
さらに空気を震わせ、謁見は終わった。
部屋を出ていくと、エイリナは誰もいない廊下の真ん中で立ち止まる。
外を見ると、月が出ていた。
青白い光を浴びながら、エイリナはこれまで見せたことがなかった悲壮な表情を浮かべ、こう言う。
「ユーリのバカ! あたしに相談もなく出ていくなんて……。許さないんだから」
ふんと、ツインテールを揺らすと、エイリナはその場を後にした。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
本日はここまでです。
明日はいよいよホブゴブリン戦。
第一部中盤のボス戦をどうぞお楽しみください。
面白ければ、是非★★★もよろしくお願いします。
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