第10話 天才の片鱗

 実質タダで手に入れたナイフを、アストリアさんは軽く振った。

 鋭い音が武器屋に響く。

 やるねぇ、とばかりに武器屋の店主は顎を撫でた。


 戦闘技術がわからない僕でもわかる。


 アストリアさんの振りは鋭く、速い。

 目が遅れる。

 やはり戦闘技術においても、彼女はS級なんだ。


「相当使い込んでいるようだが、悪くないな。ユーリ君、握ってみたまえ。気に入ったら、君の得物にするといい」


 僕にナイフを渡す。

 刃渡りは僕の二の腕ほどだろうか。

 全長は、僕の腕ほどの長さもない。

 どちらかというと、小ぶりな大きさだ。


「えっと……」


 武器を探しに来たというのだから、剣とか槍だと思っていた。

 だが、僕に渡されたのはナイフだ。


「ナイフでは不服かな?」


「いえ……。そういう訳じゃないんですけど」


「ナイフは案外馬鹿にできないよ。小回りが利くから攻撃にも防御にも使える。さらに料理道具から大工道具まで何でも使えるぞ」


「は、はあ……」


 まさかアストリアさん、僕に雑用を任せるつもりで仲間にしたんじゃないよね。

 まあ、僕は冒険者でもないんだし、仕方ないといえば仕方ないけど。


「それに他の武器を使いこなすのには、少々訓練が必要だ」


 アストリアさんは説明を続ける。

 剣にしても、槍にしても、日常とは違う動きが出てくる。

 故に型によって体系化する必要が出てくるため、長い習熟期間が必要になる。


 さらに――――。


「だが、ナイフは違う。殴るといった動作の中に、簡単に組み込むことができる。剣や槍よりも軽いから、筋力もいらない」


「初心者でも使いやすいってことですか……」


「あ~、その顔まだ疑っているね、ユーリくん」


「え? いや、その――――」


「仕方ないなあ。ナイフでも使えるところを見せて上げよう。……店主、試し切りをしたいのだが」


 アストリアさんがそう言うと、店主は店の奥から金属の塊を持ってきた。

 それを机の上に置く。


「悪いな、嬢ちゃん。こんなものしかねぇわ」


「十分です」


 アストリアさんは僕からナイフを受け取ると、構えた。

 逆手に持ち、腕に密着するように刃を立てる。

 タン、と1歩を踏みだし、拳打を放つように目の前の金属の塊を切り裂いた。


 ギィン!


 乾いた音が鳴る。

 その瞬間、金属の塊は斜めに切り裂かれていた。

 ずるずるとズレていくと、コォンと音を立てて木の床に落ちる。


「はあ……。すげぇ! その金属、ミスリルなんだぜ。それを一刀両断……しかも、ナイフ1本で……。すごい技術だな」


 店主は呆気に取られ、口をポカンと開ける。


 僕も息を飲んだ。

 ミスリルは魔法金属である。

 鉄、あるいは青銅などに、魔素マナを充填し作り上げる合成金属。

 故に普通の金属よりも硬く、特に魔法防御に優れていると聞く。


 それをナイフ1本で……。


「違う……」


 店主と僕が驚愕する横で、1番戸惑っていたアストリアさんだった。

 ナイフを握りしめ、その刃をじっと見て困惑している。


「アストリアさん?」


「さっき振った時と全然感覚が違う。それにそもそもいくら私の技量でも、ミスリルをナイフ1本で斬ることなど不可能だ」


「じゃ、じゃあ……。そのナイフが凄いってことですか?」


 何か掘り出し物を引き当てたってことだろうか。


 だが、僕の質問にアストリアさんは首を振る。


「違う。言っただろう。振った感覚が先ほどと違う、と……」


 すると、アストリアさんは僕を睨んだ。


「ユーリくん、何かしたのか?」


「え? あ――――」


 僕は思い出す。

 というか、僕自身も気付いていなかったことを思い出した。


「すみません。たぶん、そのナイフに【閉めろロック】がかかってると思います」


「君の鍵魔法が?」


「僕、結構おっちょこちょいで――」


 そう。あれは3年前だったと思う。

 母さんが大事にしていた陶器のティーセットを、誤って僕は壊してしまった。

 それは母さんにとって思い出の品で、母さんはその時何も言わなかったけど、こっそり泣いているのを見てしまったのだ。


「その事件があって以来、物に【閉めろロック】をかけるようにしたんです。そしたら、床に落ちても壊れることがないから。ずっとやっていたら、癖になっちゃって」


 【閉めろロック】は、物体の組成を極限にまで結合させる鍵魔法だ。


 1度かけてしまえば、どんな衝撃や魔法であろうとも、物体は形を保持し続ける。

 【閉めろロック】とは、そういう類いの魔法なんだ。


「すごいな……。魔法が発言した形跡もなかった。しかも無詠唱……」


 ほとんど手癖みたいなものだ。

 あれぐらいの大きさなら無詠唱、ほとんど魔力反応なしに【閉めろロック】ができる。


 鍵師だった父さんにそれを見せた時、大層驚かれたものだ。

 僕を天才だと褒めてくれたけど、これぐらいなら日頃努力すれば身につくものだ。


 アストリアさんは僕の説明を聞いた後、ナイフを掲げた。

 目を細め、ナイフの刀身を見つめる。


「ミスリルを斬ったのに、刃こぼれ1つしていない。呪いを解いた手際といい……。ユーリ君、君は本当に一体なんなんだ?」


 最後に僕の方を見て、アストリアさんは瞠目する。


 いや、何なんだって言われても……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


癖になってんだ……。

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