第7話 母の意外な秘密

「う~~~~ん! この鱈汁絶品だ!!」


 アストリアさんは母さん作ってくれた鱈汁を啜り、顔を輝かせた。

 木椀の中の汁を一気に飲み干し、残った具材をパクパクと食べ始める。

 気が付いた時には、椀は空になっていた。


「おかわり!」


 遠慮なく言ってから、我に返った。

 人の家の料理であることを、思い出したらしい。

 1度碗を引っ込めると、遠慮がちに「おかわりをいただけるでしょうか?」と質問を訂正する。


 最初の言葉よりも10倍小さな声だった。


「フリルもユーリも食が細いから、作りがいがあるわ」


 母さんはアストリアさんから木椀を受け取ると、奥の炊事場でよそって、戻ってきた。

 部屋には小さいながら、炊事場があって、そこでご飯を作れるようになっている。

 結構、高い部屋らしいのだが、母さんの知り合いがオーナーをやっているらしく、格安で借りることができたらしい。


 並々と盛られた鱈汁に目を輝かせたアストリアは、早速がっつく。

 さすがは3日間食べていなかっただけはある。

 すごい食欲だ。


「母さんの鱈汁はおいしいでしょ?」


「う最高ふぁいほうだ! こんなおいしいほんはほいしい鱈汁は初めてふぁらじるははひへへだ」


 口から鱈の骨をはみ出しながら、アストリアは言う。

 お願いだから、食べながら喋らないで。


「母上は料理上手なのだな」


「うちは使用人を雇うお金はなかったからね。家事全般は母さんがやっていたんだ」


「なるほど。そういうことか」


 ずずっ、アストリアは鱈汁を堪能する。

 またあっという間に、2杯目を完食してしまった。

 食い気もそうだけど、食べるのも早いなあ、アストリアは。


 僕は気を取り直して、話を続ける。


「それで、母さん。僕――冒険者にならないかって、誘われているんだけど……」


「あら? 冒険者になったらいいじゃない」


 さも当然のように母さんは言う。


「え? でも、僕だよ? 喧嘩だって、あまり強くないし」


「だいじょうぶ」


 突然、僕にお墨付きをあげたのは、フリルだった。


「にぃにぃならだいじょうぶ。にぃにぃ、つおい!」


 つおいの後ろに(確信)とばかりに、フリルは太鼓判を押した。


「確かに冒険者はとても危険なお仕事よ。でも、それってユーリ……。鍵師もたいしてヽヽヽヽヽヽヽ変わらないんヽヽヽヽヽヽじゃないのヽヽヽヽヽ


 うっ……。

 さすが母さんだ。

 とても痛いところを突く。

 伊達に鍵師だった父さんと連れ添っていないな。


「確かに…………そうなんだけど…………」


「むしろ私はね。あなたがその年齢で宮廷鍵師をやってることの方が心配だったぐらいよ。確かに冒険者も危険な職業だけど、宮廷鍵師と比べたら安全なぐらいに思えるわ」


「あの……」


 アストリアは鱈の骨ごと飲み込むと、手を上げた。


「私は宮廷鍵師がどんな職業かは知らないのだが、そんなに危険な職業なのか?」


「アストリアさんだっけ? 私も実は知らないの。でも、この子も、今お空に出稼ぎに行っているうちの人もそうだけど、時々大怪我して帰ってくる時があるのよ」


「怪我? 一体、何の怪我だ?」


 アストリアさんの純真な眼が僕を睨む。


「すみません。それは守秘義務があって何とも……」


「君は宮廷を追放されたんだろう?」


「契約で縛られているんです。退職後も、鍵師の仕事内容は話せないようになっていて」


「恋人の私にも……」


「そうです。家族も――――って、アストリアさんは恋人じゃないでしょ」


 ほら、そんなこと言ったら、フリルがまた……。

 僕はテーブルを挟んで目の前の幼女を見た。

 だが、向こうはアストリアさんよりも手強い相手と戦っているらしい。


 フリルはスプーンを持ったまま、首をカクカクさせて睡魔と戦っていた。


「おねむの時間かな」


「今日は屋敷からの移動だったり、ライバルのヽヽヽヽヽ登場だったり。大変だったからね」


 母さんは、フリルを抱き上げる。

 先ほどまで騒がしかったキーデンス家のマスコットガールは、うつらうつらしながら、夢の国に旅立とうとしていた。


「そう言えば、アストリアさんの服よね」


「ああ。母さんの服を貸してほしいんだけど」


「ユーリ、忘れたの? うちが家財道具一式と屋敷を持って行かれたの」


 あいたたたた……。

 忘れてた。


「でも、アストリアさんって、冒険者なのよね」


「はい。そうですが……」


「じゃあ、ちょっと待ってて」


 フリルを寝かしつけた後、母さんが持ってきたのは、古い鉄の装備一式だった。

 中にはショートソードまで入っている。

 所々、錆びているが、メンテナンスをすれば、まだまだ使えそうだ。


 問題はなんでこんなものがあったか、ということだろう。


「どうしたの、これ?」


「私が昔使ってたのよ」


「母さんが?」


「言ってなかったかしら? 私、昔冒険者だったのよ」


「ええええええええええええ!!」


 思わず大きな声が出てしまった。

 初耳も初耳だ。

 一応貴族に嫁いできたんだから、どっかの貴族の令嬢とかだと思ってた。

 でも、思い返してみると、病弱という設定以外、母さんに令嬢然としたところはあまりないんだよな。


 身体が弱いのに、うちの屋敷全部の家事とかこなしてたし。


「初めて聞いたよ! 病弱なのに、よく冒険者なんてやってたね」


「病弱になったから、冒険者をやめたのよ」


「え?」


「ダンジョンで珍しいものを見たら、とにかく食べてみたくなってね。そしたら胃が――」


 うわ~~。

 なんかあんまり聞きたくなかったよ、その家族の秘密。


 一方、アストリアさんはマイペースだ。


「おお……。悪くなさそうだ。早速、着てみるかな」


「ちょ! アストリアさん! 向こうで着替えてください」


「あっ……」


 すとん、と纏っていた襤褸が落ちると、再び僕の視界に芸術的ともいえる双丘の丸みが映し出されるのであった。


 家族の理解。

 母親が元冒険者。

 アストリアさんの装備。


 こうして着々と僕は退路を断たれようとしていた。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


役得、役得……!!


ガンガン更新するので、応援よろしくお願いします。

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