第1話 仮面の少女

 10層からなる地層世界エドマンジュ。

 その第1層を統治するムスタリフ王国の宮廷が、僕の職場――だった。


 鍵師の仕事は幅広い。

 国の金庫の開け閉めから、重要武具・遺産の管理。

 そして何より重要なのが、宮廷の地下にある魔王の封印の維持だった。


 何故、1000年前勇者によって成し遂げられた魔王の封印が、よりにもよって宮廷の地下にあるのかというと、これには訳がある。


 エドマンジュに満ちた魔力は、一番底にある第10層が濃く、そこから階層が上がる度に薄くなっていく。


 第1層ともなると、スッカスカだ。

 これでは魔法技術が、他の階層にある国と比べ遅れてしまう。

 そこである時、勇者が捕らえた魔王をこの地に封印し、その無限に沸き出る魔力を使って、他の階層に対抗したのだ。


 おかげで第1層から魔法文化は廃れず、それどころか全盛を迎えていた。

 空を見れば、人が飛び交い、竈に火を入れるのにも魔法が使われている。

 ムスタリフ王国にとって、魔王は生活になくてはならないものなのだ。


 とはいえ、そんなことをされて大人しくしている魔王ではない。

 封印が解かれるのを虎視眈々と1000年経った今でも狙っている。

 その封印を維持するのが、キーデンス家の役目であったのだけど……。


「えっと……。これは…………」


 家に帰ってきて、僕は絶句した。

 そこには何もなかった。

 家財道具はもちろん、服や本、妹のぬいぐるみまでなくなっている。


 あるのは、母さんの内職用の造花ぐらいだった。


「おかえり、にぃにぃ」

『ひゃん!』


 僕を出迎えたのは、妹のフリムと愛犬のケーシュだった。

 まだ5歳の妹は、ちぱぱぱとケーシュと一緒に走ってくると、僕にひしと抱きつく。

 ケーシュも僕の足に纏わり付きながら、勢いよく尻尾を振っていた。

 いー子いー子と頭を撫でてやると、フリムは満足したように「むふぅ」と鼻を鳴らす。

 フリムはお兄ちゃん子で、とても甘えん坊だ。


 ただ今日はぬいぐるみまでなくなって、さぞ落ち込んでいるかと思っていたが、特に変わった様子はなかった。


「あら、おかえりなさい」


 遅れて母さんが奥から僕を出迎えた。


「話は聞いたわ。宮廷を追放されたんだって」


「え? なんで知ってるの?」


「うちの家財道具一式持っていった役人さんから聞いたの。あなたが横領したって」


「僕は横領なんて……」


「わかってるわ。ユーリはそんなことをしないぐらい」


「ありがとう、母さん」


 僕は涙が出るほど嬉しかった。


「にぃにぃ、泣いてるの?」


 フリムは心配そうに見つめる。

 そして僕の頭を撫でた。


「にぃにぃ、げんき出して」


「ありがとう、フリム。でも――――」


 そんな風に励まされると、本当に涙が出ちゃうよ。


 僕は堪えきれなくなり、何度も涙を拭う。


「ごめんね……。至らないお兄ちゃんで」


「にぃにぃ、わるくない。だいじょうぶ。にぃにぃはすごいから、おしごとクビになっても、すぐにおしごとできる」


 ありがとう。

 でも、誰かな。

 クビなんて言葉を、5歳児に教えたの……。


「母さんもごめん」


「いいのよ。ふふふ……。こういうこともあろうかと、お金を隠してあったの。今日明日のご飯ぐらいのお金はあるわ」


「いざとなったら、ケーシュをひじょーしょくにする」


『ひゃん?!』


 言葉が通じたのか。

 ケーシュはピンと立てていた尻尾を垂らす。


「ケーシュを非常食にしても、おいしくないよ」


『ひゃん!』


 え? なんか怒った?

 ケーシュって小型犬だし、あまり肉付きがよくないから。

 それとも食べてほしいのかな。


 でも、良かった。

 母さんも、フリムも元気そうで。

 僕の前だから無理してるのかもしれないけど、なら余計に僕が落ち込んでちゃダメだ。


「僕、行ってくるよ」


「え? どこ行くの、ユーリ」


「仕事を探しに」


「今から? 宮廷から帰ってきたばかりなのに?」


「フリムの顔を見たら、元気出たよ。行ってくる」


「にぃにぃ、がんばー!」


『ひゃん!』


 家族のエールを受けて、僕は再び外出した。





「見つからない……!」


 数時間後、仕事を探しにいった僕は焦っていた。

 色々な店や現場を回ったけど、どこも人手は足りているという。

 面接にこぎ着けても、宮廷の平役人、元貴族という肩書きが恐れ多いのか、それとも何か曰くありげな空気を察したのか。

 断る経営者が続出した。


「こんなはずじゃ……」


 僕は公園のベンチに座ると、天を仰いだ。

 空は暮れなずみ始めている。

 もう数時間すると、夜になるだろう。


 そうなれば多くの店が閉店作業を始める。

 開いているのは、酒場か娼館ぐらいなものだ。

 探さなければならないのに、棒になった足が動きそうにもなかった。


「父さん、ごめん」


 父デムールは、3年前に突然亡くなった。

 以来、僕が大黒柱となり、キーデンス家を支えている。

 昔から父さんに言われていたことだけど、僕には鍵師としての才能があったらしい。

 父さんが死んでからぶっつけ本番みたいな形で、鍵師業務を引き継いだ。

 今日まで維持できていたということは、父さんの見立ては間違っていなかったのだろう。


 思い返せば、僕みたいな素人同然の子どもでもできたのだ。

 ゲヴァルドというディケイラ家の子息でも、なんとかなるのかもしれない。


「はあ……。ダメだな。もうやめたのに。前の仕事のことばかり考えてしまう。これも職業病っていうのかな……」


 僕はそろそろ仕事探しを再開しようと立ち上がる。

 そこにぬっと人影が現れた。


 現れたのは、奇妙な仮面を付けた少女だ。

 襤褸を纏い、手には木の器のようなものが持っている。

 器には50ルド硬貨が1枚、寂しく入っているだけだ。


 まるで目の前の少女そのものだった。


 公園にいる物乞いであることはすぐにわかった。

 でも、僕は気になったのは仮面だ。

 もしかして怪我した顔を隠しているのか。

 すっぽりと覆っていた。


「でも、これって……」


 多分呪いの武具だ。

 宮廷書庫の書物には載っていない物だけど間違いない。

 禍々しい気配を感じるし。


 僕がしげしげと観察していると、少女もまた僕の方を見つめた。

 おそらくこの呪いの仮面のせいで、誰からも相手をされず、僕と同じく人から拒絶され、物乞いをするしかなかったのだろう。


 そう思うと、彼女が僕の未来の姿のように思えた。


「ちょっと待って」


 ポケットを探る。

 だけど、財布は見つからなかった。

 そう言えば、宮廷を追放される際、宮廷の通勤許可証とともに、全部取られたんだっけ。


 まさか目の前の物乞いよりもお金を持っていないなんて。


「ごめん。持ち合わせはないんだ」


 僕が言うと、少女は下を向いた。

 50ルドじゃパン1個だって買えないからね。


「その代わり、その呪いの仮面を外してあげるよ」


 少女は1度顔を上げた。

 だが、諦めたように顔を振る。


 取って欲しくないというわけでもなさそうだ。

 おそらくだけど、これまで様々な人が挑戦してきて、誰も外すことができなかったのだろう。


 その証拠に仮面には斬ったような痕がある。

 首筋にある傷は、無理矢理少女から外そうとした証拠だ。


「大丈夫。ちょっと特殊に見えるけど、これぐらいなら問題ないから」


「――――ッ?」


 えっ? とまた少女は顔を上げた。


 僕は仮面に手をかける。

 そして鍵魔法を起動した。

 両手から魔力を送る。

 仮面の中にある呪いの構造を覗いた。

 その中の骨子を解明し、年代を測定する。


 そして擬似的な鍵を、魔法で編み出した。



開けリリース】!



 簡略詠唱を響かせる。

 その瞬間、公園内は白い光に包まれた。

 同時に音が鳴る。


 からん……。


 乾いた音とともに、仮面が割れた。

 刹那現れたのは、綺麗な銀髪だった。

 勢いよく伸ばした翼のように髪が広がっていく。

 その下から現れたのは、見目麗しい少女の顔だった。


 真っ白な絹地に、緑の宝石を2つ置いたような双眸。

 唇は薄く、無垢な淡い桃色をしている。

 鼻筋は通り、最後にエルフ特有の耳がピンと左右に伸びていた。


 その目に涙が浮かぶ。

 たったこの一瞬を喜ぶように、少女の顔は涙とともに輝く。


 思わず息を呑んだ。

 もはや感動的な美しさだった。

 だから、自然と言葉が口に出ていた。


「綺麗だ……」


 そう言うと、目の前の少女の顔はみるみる赤くなっていく。

 特有のエルフ耳まで赤くなると、持っていた器を放り出して、走り出した。


 つまり、僕の前から逃げ出したのだ。


「え? ちょっと……」


 僕が手を伸ばした時には、謎の少女はその場からいなくなっていた。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


あと1話投稿します。

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