宮廷鍵師、【時間停止(ロック)】と【分子分解(リリース)】の能力を隠していたら追放される~封印していた魔王が暴れ出したみたいだけど、S級冒険者とダンジョン制覇を目指すことにしたのでもう遅いです~

延野 正行

第1部

プロローグ

新作始めました。

しばらくよろしくお願いします。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


「ユーリ、君はクビだ」


 その言葉は内大臣の豪奢な執務室に深く沈んでいく。

 内大臣は宮廷に於ける事務方のトップだ。

 対する僕は鍵師。

 宮廷の封印業務を司る、役職も何もない平の役人である。


 そんな僕からすれば、内大臣は雲の上の人と言ってもいい。


 直接の上司ではなく、内大臣のお呼びだし。

 きっとこの前申請した予算が通ったのだろうと思い、意気揚々と部屋に入ってみると、告げられたのは解雇宣告だった。


「えっと……。ど、どういうことですか?」


 僕は動揺していた。

 唇を震わせながら、恐る恐る内大臣ドラヴァン・フォーン・ディケイラに質問する。

 ディケイラ公爵家の当主でありながら、国の内大臣を兼務するこの人に、黒い噂は絶えない。


 だけど、宮廷の権力闘争なんて僕には縁のない話だ。

 一応爵位こそ男爵だけど、社交界に呼ばれたことも、綺麗な服を着て着飾ったこともない。

 色々切り詰めて、母さんに内職してもらってなんとか食うに困らない生活をしている。


 何か内大臣が気に障ることでもしただろうか。

 あり得ない。

 そもそもディケイラ内大臣とこうして直接面と向かって話すのは、これが初めてなのだ。


 そのディケイラ内大臣は、おもむろに葉巻をくわえると、紫煙を僕に向かって吐き出した。


「言葉通りの意味だが?」


「納得できません!」


 自分でもビックリするほど、大きな声が出てしまった。

 僕はその勢いのまま話を続ける。


「僕は、いえ……僕の家――キーデンス家は代々宮廷鍵師として、国と王に仕えてきました。自分で言うのもなんですが、真面目に仕事を全うしてきたつもりです。もし何か至らぬ点があったなら仰って下さい」


「至らぬ点か……。ふん。そんなこともわからないのかね?」


 先ほどまで静かだった内大臣の語気が荒くなる。

 鋭い視線を走らせると、僕を睨んだ。


「君たちキーデンス家が司る魔王の封印が、外れかかっていると聞いている。魔王の封印維持は君たち鍵師の役割だ。なのに、封印が外れかかっているというのは、実績が示されていないということではないかね?」


「そ、それは確かにそうです。ですが、封印の維持には多量の魔法石が必要になったり、触媒とする高価な魔導具が必要です。だから、僕は予算の増額の申請を……」


「ああ。知っている。だが、こうも毎年毎年、予算予算と良いながら、いまだに封印の安定維持からはほど遠いではないか」


「そ、それは――――」


「元々魔王封印には莫大な予算をあてがっている。なのにいまだ安定した封印が実現できていない。それはどういうことだね? ん? 答えてみよ、ユーリ・ヴァリ・キーデンス」


 ディケイラは机を叩く。

 そしていくらも吸っていない葉巻を磨りつぶすと、組んだ手に顎を置いて、卑しい目を僕に向けた。


「正直に話せ、ユーリ。君はあの予算の一部を横領したのではないのか?」


「横領!? 僕はそんなことをしません!」


「男爵と言っても、生活が苦しかろう。魔が差したなんてことがあってもおかしくない」


「僕は真面目に……」


「横領罪は死罪だ」


「――――ッ!」


 それまで反論していた僕の口が、ついに閉まる。

 そんな僕を見て、ディケイラは楽しそうに笑った。


「君のいうとおりだ。キーデンス家は鍵師として、国と王によく仕えてくれた。君の亡父にも大変お世話になった。それを引き継いだ君も、15歳から働きに出て、忠実に職務を遂行してくれたと聞いている。宮廷役人の鑑だ。そんな人間を私は死罪にしたくない。君の母親と幼い妹の前で首を切るなど私は望んでいないのだよ」


 まるで練習してきたように内大臣は、滑らかに長台詞を言い切る。


「これは温情だ、ユーリ。宮廷の追放、爵位と私財の没収で手を打つというのだ」


「爵位と私財の没収!? あんまりです! せめて――――」


「なら君は死ぬしかない。それでも良いかね。病弱の母親と妹を残して……」


 横領なんて濡れ衣だ。

 けれど、内大臣ならいくらでもでっち上げることができる。

 僕は平役人。向こうは国の事務方のトップ。

 どっちの言葉を信じると聞かれれば、後者と答えるのが普通だろう。


「わかりました……。では、次の鍵師の人に引き継ぎが終わるまでは、仕事を続けさせて下さい。それまでは――――」


「その必要はない」


「え?」


 すると、まるで僕の言葉を待っていたかのように、ノックが響く。

 内大臣が入るように促すと、若い――といっても、僕より年上だけど――男の人が入ってきた。

 目が痛くなるような赤いスーツに、首や指には宝石が輝いている。

 髪の毛はこれでもかと髪油で固められ、ニッと笑った歯の一部が金になっていた。


「親父ぃ……。待ちくたびれたぜ」


「お、親父?」


 僕は内大臣を見つめる。


「ゲヴァルド、宮廷の中では親父ではなく、大臣と呼べ」


「うーす。んで? こいつがオレの先輩か?」


「ああ。もっとも元先輩になるがな」


「内大臣のご子息様ですか?」


「そうだよ、先輩。ゲヴァルド・フォーン・ディケイラだ。よろしくな」


 僕の背中を遠慮なく叩く。


 内大臣は改まって、こう言った。


「君の後任は、我が息子ゲヴァルドだ。こう見えて天才でな。魔法学校を首席で卒業している。難しい鍵師の免許も取得した」


 鍵師になるには、まず魔法学校で鍵魔法を学び、さらに鍵師になるための免許を取る必要がある。

 特に鍵師は内大臣の言う通り、非常に難関だと言われていた。


 ただ魔法自体は簡単で、鍵をかける対象物に関する法律面が複雑で、それを覚えるのに苦労する人が多いのだ。


「そう言うわけなんで、先輩の役目はここでさよならってわけっすわ。短い間でしたけど、さようなら~」


 ゲヴァルドはハンカチを取り出し、ヒラヒラと僕に向かって振った。


「あ、あの……。一応お伺いするのですが、鍵師としての職務歴は?」


「職務歴? はっ! そんなのあるわけないじゃん。オレ、ピカピカの新人だぜ」


「待って下さい。新人の鍵師が魔王の封印なんて」


「誰だって初めてはあるって。君だって、父親の跡を継いだ時は、新人だったんだろう?」


「それはそうだけど……。僕は父さんから――――」


「ああ! もう、うるせぇなあ!!」


 ついにゲヴァルドは僕を突き飛ばす。

 さっきまでの人を嘲るなような態度は一変し、顔を赤くしている。

 さらに僕を部屋の扉の前まで追い込む。


「男爵風情が調子に乗ってるんじゃねぇ。死罪になりたくなかったら、とっとと出てけ」


 バタン……。


 そして僕は執務室を……いや、宮廷から追放された。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


本日は3話投稿の予定です。

主人公の力の片鱗が見えるところまで一気に行きます。

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