10. 走れエリーズ

  結局リルは、朝礼が始まる五分前に戻ってきた。

  様子を見るに、特に何もなかったらしい。


(可能性があるとすれば、昼休みか、もしくは放課後か?授業の間の休憩だったら、時間が足りないだろうし……)


  先生が淡々と朝礼を進める中、うーん、と頭を悩ませる。十分休憩(授業と授業の間の休憩)には、リルはほとんど教室から出ない。そんなリルを迎えに、わざわざ上級生が教室まで押し寄せたら、それなりに目立つだろう。

  消去法から昼休みか放課後が怪しいのは、火を見るより明らかだった。


(後は、上級生が、どうやってリルを呼び出すか、なんだよなぁ)


  たぶん教室まで来るか、下駄箱とかに手紙とかを入れておくか。その二択だと思うのだが、他の方法を思いついているかもしれない。


(まぁ、とにかく、リルを要観察ってことか)


  結局リルをマークしないとどうにもならなそうだった。





 そしてついにその時がやって来た。





  いつもは教室でご飯を食べるリルが、お弁当も持たずに、教室から出た。その姿を見届けると、エリーズは素早く後を追った。もちろん、変装グッズ諸々を入れた鞄も忘れずに。


  どうやらリルは、北校舎に向かっているらしい。彼女が歩く方向を見て、確信する。

  エリーズは近くのトイレに駆け込むと、急いでウィッグを被り、メイクを施した。

  イメージは、渋谷とかに居そうな軽そうな男子、だ。

  この学校では、女子が喧嘩なんてふっかけるととんでもなく目立つ。

  女子はおしとやかに、男子は女子を守るべく紳士であれ。そういう学校なのだ。

  制服のズボンなど持っていなかったので、体操服を着た。ここでは男子と女子の体操服が同じなのだ。初めて、この学校の謎ルールに感謝したかもしれない。

 

  トイレを飛び出ると、リルの姿はもう無かった。当たり前だ。今ごろきっと、北校舎裏に着くか着かないか、というところだろう。


  エリーズは自分を叱咤して走った。黒い風のように走った。急げ、エリーズ。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、今こそ知らせてやるがよい。


  ゼーハーと肩で息をしながら、どうにか北校舎裏まで辿り着いた。予想通り、目の前でリルが上級生に絡まれている。


「私が、何したって言うんですか!」


  壁まで追い詰められたリルが高い声を張り上げた。それにつられたように、周りにいる六人の男子がにやりと、嫌な笑い方をした。


「決まってるじゃないか。お前がだからだよ。学校側の手違いのくせに」


「それはそうだけど……」


  泣きそうなリル。それを見てニヤニヤとただ気持ち悪く笑う男子に、反吐が出そうな思いで、エリーズはおい、と低い声をかけた。実はエリーズ、前世で習得した男声が出せるのである。


「何やってんだ、嫌がってんだろ」


  何か漫画とかに出てきそうだなぁ、と思いつつ続ける。


「やめろよ」


  男子達は一瞬びっくりした後、三人ほどこちらにずんずん近付いてきた。


「あれぇ、正義のヒーローごっこですかぁ」


  彼らの中でもリーダー格なのか、一番身長の高い男子が話しかけてきた。どうやらこちらが小柄でひ弱そうなため、見くびっているらしい。


(せいぜい油断しとけよ)


  エリーズはそっと手を懐へとのばした。



 


 

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