8. ダークマターの登場

  さんさんと窓から差し込む日光が、カレンダーの数字を照らし、一際目立たせている。いかにも特別な日ですよ、と言わんばかりの光景に、エリーズは頭を抱えた。


(ついにこの日が来てしまったか)


  別に何かでヘマをしたわけではないし、変な学校行事とかがあるわけでもない。

  リルとは適度な距離感のもと接しているように思える。それに、これから友達になれそうな子達もできた。アランとは相変わらずだ。まだクラスで浮いている感は拭えないが、そんなことも気にならなくなってきた。

 

(油断してたな……)


  エリーズは目の端に写る白い便箋を横目で見た。


(やつはダークマターだ)


  話は数分前に遡る。



 *****

  目覚まし時計が音楽を奏で、エリーズは飛び起きた。今は冬から春にかけての、丁度布団が恋しくなる時期だ。そのせいか、最近は目覚まし時計にお世話になることが多い。

 

(今日も寝ちゃった、か)


  カーテンの隙間から漏れる光が眩しくて、目を細める。

  エリーズはこの一週間あまり、ずっと手紙が来る瞬間を見届けようと夜更かしを頑張っていたのだが、朝まで起きていられるためしがなかった。


(神様の思惑通りって感じなんだろうな)


  エリーズはそのまま流れるような手つきで、手紙をとった。毎度毎度相変わらずベッドサイドテーブルの上に置いてある。『親愛なるエリーズ嬢へ』の文字も、シーリングスタンプも変わっていない。


(もうこの作業も慣れたな。最近はしょーもないことしか書かれてないし)


  今まで神様から受け取った手紙も、もう八つ溜まった。二つ目の手紙で、何やら物騒なものが送られてきたが、それ以降特に変わったことはない。

  七個目に関しては、『何もないけど、ノリで手紙送ってみたよ。さぁ今日も一日頑張ろう!』みたいなことが書かれていた。


(破り捨てたら、神様に呪われそうで、怖いんだよなぁ)


  癇に障るような、明らかに煽っているようなことが書かれているし、何回捨てようと思ったことか。けれど、エリーズは未だに一つも捨てられずにいた。神様からの手紙を破るなんて、不安しかない。


(さてと、今日は何があるんだ?)


  エリーズは特に期待もせず、手紙を開いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 親愛なるエリーズ嬢へ


  こんにちは、エリーズ嬢。春一番が吹き、寒さもようやく和らいで参りました。(日本じゃこうやって挨拶するんでしたっけ?)

  さてさて、今日は素晴らしい日ですね。少し暖かいし、梅の花のいい匂いがする。それに澄み渡るような青空。絶好の、お外日和です。

  ということで、ついにこの日がやって来ました。覚えていますか?

 ーーそうです。ナイフをつかう日です。

  一週間前の手紙で告知した通り、今日はナイフを使う日なんです。

  何でって? ここが乙女ゲームの世界だからですよ。

  確かに今まで貴女は大人しくしていました。けれども。現実は、元のストーリーに抗うことが出来ないんです。

  ま、そういうのはさて置いて、早速今日の話をしましょう。

  まずは元のストーリーから説明します。

 そもそも、貴女は悪役令嬢です。そんなわけで、リルが平民であることが気に食わず、とことん彼女をいじめるんですね。

  それで入学から一週間経った頃、あることをします。それは何か?上級生の男子学生に、リルに意地悪をされた、と泣きつき、彼女を懲らしめるよう、色々吹き込むんです。吹き込まれた学生達は、それを信じて、リルを校舎裏に呼び出し、殴ったり、蹴ったりしようとするわけです。

  さぁ、そんなこんなで何もしていないのに、訳も分からないまま危険に晒されたリル。もうダメだ!と思ったところで、王子様の登場です。

  アランがたまたまその場に駆けつけ、リルを守ります。そしてアランはその学生達から話を聞き、犯人がエリーズであること、ついでにリルからも話を聞き、エリーズがリルをいじめていることを知ります。

  それから、リルとアランの中が縮まっていくんです。


  さて、貴女にして欲しいことは、そのアランの役なんです。いや、そもそも学生達に変なこと吹き込んでないから、そんなこと起きないって?

  そんなことはありません。先程言った通り、この世界は、元のストーリーに抗うことが出来ないんですよ。

 というわけで、貴女にはアランの代わりとして、闘って頂く必要があります。あ、あとついでに、変装もお忘れなく。

  色々噂されたら、面倒臭いでしょう?

  さぁ、今日も頑張ってください。

  ご機嫌よう


  神様より

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(忘れてた……)

 

  エリーズははっとしてカレンダーを見た。日付けを確認する。

 丁度、ナイフが送られてきてから、一週間経っていた。


(まじか……)


  太陽光が真っ直ぐカレンダーの今日の日付けに降り注いでいる。

  そんなことさえ神様のしたセッティングのように思えて、エリーズは頭を抱えた。


(神様、楽しんでるんだろうなぁ)

 

  どこにいるかも分からない神様を見るように、天井を仰ぎみた。

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