隼人=恐怖〈 煩悩

「海斗先輩、この扉って……」

「まず間違いなくボス部屋の扉だ。中に階層主がいると思う」

「これがボス部屋の扉ですか。話には聞いたことがあるんですけど」

「ここをクリアすれば、たぶんこのフロアから抜けることができると思う」

「そうなんですか? よかった〜」


野村さんたちは俺の言葉を聞いて一様に喜んでいるようだ。

気持ちはわかる。わかるけど、それが難しい。


「不安にさせたいわけじゃないけど、しっかりと意思統一しときたいから言っておくよ。みんなもよく聞いてくれ。俺の今までの経験から言って、おそらく階層主を倒せば戻れる。だけど階層主は普通のモンスターよりも遥かに強い。正直勝てるかどうかわからない」

「でも『黒い彗星』さんは今までも階層主を倒してきてるんですよね」


女の子の一人が声を上げた。


「確かに倒してきてはいるけど、それは俺のサーバントがいたからなんだ。今はメインのサーバントとはぐれて喚び出すことが出来ないから、このメンバーでやるしかない」

「サーバントがいないとそんなに違いますか? ティーターニアちゃんも十分強いように見えるんですけど」

「残念だけど、全く違うんだ。だけどこのままここにいても飢え死にするだけだ」

「そんな……」


女の子たちの表情が一気に暗くなる。


「ボス部屋では、なにが起こるかわからないからみんな一緒に入るしかない。俺と隼人だけ戻れても意味ないから。それに扉が一度閉めたら開かなくなる可能性だってあるから」

「海斗先輩、それしかないんですよね」

「ああ、ないと思う。それと階層主との戦いの最中は全く余裕は無いと思うから、自分たちの身は自分で守ってほしい」


俺の言葉に緊張が走ったのがわかる。

しばらく間があって野村さんが声を発する。


「みんないいよね。それしかないんだから覚悟を決めようよ」

「うん」

「そうだね」


どうやら彼女たちの覚悟も決まったようだ。

あとはやるしかない。

作戦を立てるために隼人に声をかようとすると、小さな声で隼人が話しかけてきた。


「海斗〜俺も不安しかないんだけど」

「いや隼人は戦力に入ってるからしっかり戦ってくれないと困るぞ」

「だよな〜。正直言うと武者震いっていうか、膝が笑ってるんだよな〜」


女の子ばかりに気を取られていたが、隼人だってボス部屋は初めてなんだ。不安があって当たり前だ。

昔俺が一人でゴブリンに挑んだ時の心境に近いのかもしれない。


「女の子にいいところを見せるチャンスだぞ」

「だよな〜ここで活躍すれば補正がかかってリアルハーレム築けるかもしれないよな」


さすがにそれはないと思うが、ここでやる気を削ぐのは得策ではないと思いぐっと言葉を飲み込む。


「そうだな。吊り橋効果があるかもしれないしな。何しろ女の子五人もいるし、隼人の活躍次第では一人ぐらい、な!」

「そうだったな。俺はそのためにここまできたんだった。ここでやらなきゃ俺の残り少ない高校生活に春

がこない。一度でいいから彼女とイチャイチャしてみて〜。あ〜やる気が出てきたかも。なんか足の震えも止まってきた!」


やはり、人間の欲望はすごい。いい方向に向けば恐怖をも凌駕するのをまざまざと見せつけられている。

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